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バブル時代のパワー全開! 映画『彼女が水着にきがえたら』の明るさをコロナ禍の今こそ学ぶべきだ

  • 2021.8.26
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コロナ禍で鬱屈した現在の東京。そんなときこそ、人々が明るかった時代の作品を見ませんか? 今回紹介するのは『彼女が水着にきがえたら』。20世紀研究家の星野正子さんが解説します。

ホイチョイ作品2作目

夏といえば海。しかし東京には島しょ部を除けば泳げる海はありません。そのため、東京人に最も近い海は湘南であり、鎌倉や江ノ島あたりの海岸はかけがえのない存在といえるでしょう。

ただ残念ながら、今夏はコロナ禍で湘南に行くことがためらわれます。東京の自宅にいながらにして、景気よくノリノリで、湘南の海を感じる方法はないものでしょうか――。

『彼女が水着にきがえたら』(画像:ホイチョイ・プロダクション、フジテレビ、ポニーキャニオン、小学館)

そう思って筆者が見つけたのは、1989(平成元)年に公開された原田知世主演の映画『彼女が水着にきがえたら』です。本作は、クリエイター集団のホイチョイ・プロダクションズが手がけた作品で、

・私をスキーに連れてって(1987年、原田知世と三上博史、テーマ:スキー)・彼女が水着にきがえたら(1989年、原田知世と織田裕二、テーマ:スキューバダイビングなどのマリンスポーツ)・波の数だけ抱きしめて(1991年、中山美穂と織田裕二、テーマ:ミニFM)

は、「ホイチョイ三部作」と呼ばれ、バブル景気を話題にするときには絶対に欠かせません。

ホイチョイ・プロダクションズは、馬場康夫と松田充信らによるクリエイター集団です。1981年から『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載が始まった『気まぐれコンセプト』は、今やトレンドを網羅できる「歴史資料」といっても過言ではありません。

ホイチョイのルーツは武蔵野市

馬場と松田は成蹊学園(武蔵野市吉祥寺北町)の小学校時代からの遊び仲間で、『見栄講座 ―ミーハーのための戦略と展開―』(小学館、1983年)や『極楽スキー』(小学館、1987年)などの著作で文化史に名を刻んでいます。

武蔵野市吉祥寺北町にある成蹊学園(画像:(C)Google)

彼らの本分は映画で、高校生の頃には8mm映画を撮り始め、大学に入ってからはメンバーのひとりが「オヤジをだまくらかして」購入したという16mmで自主映画を制作しています。このときに完成した『イパネマの娘』は『彼女が水着にきがえたら』を中心に、三部作の原型となりました。

JR東日本で『私をスキーに連れてって』が注目される一方、『彼女が水着にきがえたら』は作品発表後に言及されることが少ないものの、『私をスキーに連れてって』がスキーを一大ブームにしたのと同じく、『彼女が水着にきがえたら』はマリンスポーツをメジャーにしました。

公開後、わずか1か月でダイビング人気に

物語の舞台は湘南。アパレルメーカーに勤めるOLの田中真理子(原田知世)が同僚の石井恭世(伊藤かずえ)に誘われて、参加した相模湾のクルーザーパーティー……そこでスキューバダイビング中にはぐれてしまった真理子が、吉岡文男(織田裕二)の乗るヨットに救助されたのが物語の始まりです。

ここから物語は宝探しへと展開し、水上バイク(ちなみにジェットスキーはカワサキの登録商標です)や潜水艇などのギミックを交えて物語が進みます。

テーマ曲はサザンオールスターズの『さよならベイビー』ですが、ほかにも『C調言葉にご用心』『鎌倉物語』などヒットナンバーが次々と流れ、見ている人を湘南へ、マリンスポーツへと誘います。なお舞台は湘南ですが、水中シーンは沖縄の慶良間諸島でロケを行っています。

スキューバダイビングのイメージ(画像:写真AC)

この映画の反響はすさまじく、1989年6月の封切りから1か月後には早くもスキューバダイビングにチャレンジする女性が急増しています。

『読売新聞』1989年7月14日付朝刊に掲載された「女性ダイバー急増 水に身を任せる浮遊感覚の楽しさ 基礎訓練から海洋実習へ」では

「一か月前に封切られた映画「彼女が水着にきがえたら」が引き金になって、女性のダイバー志願者が急増している」

とその影響について言及しています。

マリンスポーツのその後

当時、誰もが余暇に投資を惜しまなくなったなか、マリンスポーツはスキーの次に来ると期待されていました。ただそこで危惧されていたのは、スキーに比べて機材をそろえる初期費用が高額なことです。もっとも人気だったスキューバダイビングでも、ライセンスを得るためには講習が必要です。

それでも映画公開1年前の1988年頃からは水上バイクがブームになり、多くの企業が参入。船舶免許を取得する人の数も急増しています。そうしたブームがまさに盛り上がっている最中に公開されたのが『彼女が水着にきがえたら』でした。

『ACROSS』1989年8月号では、渋谷宝塚前でまさに映画を見終わったばかりの人たちに取材。

「サイパンでダイブしたい」「ウエットスーツがカッコイイ」「グアムで挑戦します」

という声を拾って記事にしています。

映画を見ただけで、サイパンやグアムでスキューバダイビングをしようという気分になっているあたりが、まさに時代。取材した人たちのなかには、『私をスキーに連れてって』を見て、映画のなかのワンシーンをまねて、列になってスキーをやったり、トランシーバーを買ったりした人もいました。

東京(画像:写真AC)

1990年代に入り、バブル景気の崩壊後も、スキーは比較的安く楽しめるレジャーとして定着したため、『私をスキーに連れてって』も言及される機会の多い作品になりました。

それに比べて『彼女が水着にきがえたら』は、費用が高額なことに加えて、優れたダイビングスポットが東京などの大都市圏から近い場所に少なかったため、「気軽に試せるレジャー」になり得ませんでした。

とはいえ、『彼女が水着にきがえたら』がマリンスポーツを普及させたのは事実。湘南で泳げない今年は、せめてこの映画で夏のワクワク感を楽しみたいものです。

バブル期に作られた作品は、どれも登場人物にパワーや底抜けの明るさがあります。コロナ禍の鬱屈した今こそ、当時に学ぶべきことは多いのかもしれません。

星野正子(20世紀研究家)

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