1. トップ
  2. 恋愛
  3. 「本質を大切にする世界が、自然体でいられる場所」松本莉緒が選んだ、死ぬ間際になっても後悔しないと思える道

「本質を大切にする世界が、自然体でいられる場所」松本莉緒が選んだ、死ぬ間際になっても後悔しないと思える道

  • 2021.8.21
  • 185909 views

DRESSの『運命をつくる私の選択』は、これまでの人生を振り返り、自分自身がなにを選び、なにを選ばなかったのか、そうして積み重ねてきた選択の先に生まれた“自分だけの生き方”を取り上げていくインタビュー連載です。今回のゲストは、ヨガインストラクターの松本莉緒さん。

11歳で芸能界デビューしてから、女優としてさまざまな話題作に出演し続けていた松本莉緒さん。現在はヨガインストラクターとして活動をしています。10代から長年身を置いていた芸能界から少し距離をとり、30代からヨガのインストラクターとして向き合っている背景には、どんな葛藤や決意があったのでしょうか。松本さんの“人生の選択”にまつわるお話を伺いました。

取材・文 :仲奈々
写真 :高橋祐樹
編集 :小林航平

20210715 dress0154 min

■人前に出るのが苦手。松本莉緒の内気な子ども時代

20210715 dress0178 min

――松本さんは小学生の頃から芸能界で活躍していますよね。芸能界に入るまでは、どのような幼少期をすごしたのでしょうか?

小さい頃の話を母に聞くと「実はうちは貧乏だったんだよ」と言うんです。たとえば、夕飯のおかずは小さな魚を半分にして、私と兄で分けて食べていたとか。

でも、私自身は貧しい思いをした記憶はないです。母が子どもたちに貧しさを感じさせないよう、すごく気遣ってくれていたのだと思います。夕飯のお魚の話にしても、きっと母はいつも我慢をして、私たち兄妹にだけ出してくれていたんですよね。

物心ついた頃から父親はいませんでしたが、父親不在の寂しさを感じさせないくらい母の愛情を感じて育ちました。ただ、私たちをかわいがるだけではなく、自立したひとりの人間として生きていけるように育ててくれたことにも感謝をしています。

――「自立したひとりの人間として生きていけるように」とは、具体的にどのように育てられてきたのでしょう?

まだ小学校にあがる前から、自分のことはなんでも自分でできるように教えられてきました。朝は目覚まし時計をかけてひとりで起きて、自分で登園準備をして。芸能界に入ってからは早朝の撮影も多かったのですが、そんなときは朝4時にひとりで起きて支度をしていました。

母子家庭で貧しかったからこそ、「将来どんなことがあってもいつでも自立して生きていけるように」と母が叩き込んでくれたのだと思います。幼い頃からそのような環境で育ったので、自然と「自分のことは自分で考える」習慣が身につきました。

■11歳で芸能界デビュー。納得できる働き方を模索した道

20210715 dress0105 min

――松本さんは11歳のときにスカウトを受けて芸能界に入ったのですよね。でも、芸能界に興味がなかったと伺っています。なぜ興味がなかった芸能界にチャレンジしてみようと思ったのでしょうか?

小さい頃の私はすごく内気な性格で、友達はひとりかふたりくらいでした。だからスカウトを受けても断っていたのですが、母から「人前に出る仕事は、内気な性格にいい刺激になるんじゃないか」と勧められました。

――芸能界入りしてからは、話題のドラマやCMに引っ張りだこでしたよね。もともと関心が薄かったとはいえ、いざ芸能界に入ってからは気持ちの変化があったのではないでしょうか?

演技の仕事は楽しかったです! でも、芸能界自体は「合わないかも」と思うことも多かったですね。幼い頃から、自分のことは自分で決めてきました。だからこそ、自分が納得できないことに対しては、誰になんと言われようと譲れない頑固な性格で。中学生のとき、グラビア撮影のために衣装部屋に入ったら、水着が置かれていたことがありました。マネージャーから「今日は水着の撮影があるから着替えてね」と言われたのですが、どうしても水着に着替えることに抵抗があって。結局、マネージャーに頼んで別の衣装を用意してもらいました。

このときは周りの大人が理解を示してくれましたが、子どもながら自分の意思がしっかりしすぎていたため、スタッフさんからは「少し癖のある子だな」と思われていたかもしれません。

――「自分のことは自分で決める」性格は芸能界の中でも発揮されていたんですね。芸能界に入ることが決まったとき、所属事務所の社長に芸能活動時期をあらかじめ伝えていたんだとか。

芸能界に入る契約を結ぶときに、「芸能活動は中学3年間限定でお願いします」という内容の手紙を社長に渡しました。活動期間も、社長に手紙を渡して伝えることも、すべて私ひとりで考えて決めたことでした。今考えると変わった12歳ですよね(笑)。

――なぜ芸能活動は中学3年間限定と決めていたのでしょうか?

普通の学生として学校生活を楽しみたかったためです。普通に授業も出たかったし、普通に部活も参加してみたかった。学校生活に「芸能界」を持ち込みたくなかったのです。「中学卒業のタイミングで一時的に距離をとること」を条件に芸能活動を始めました。

――“普通”の学校生活と芸能活動を両立させていた中学時代はかなり忙しかったのではないですか?

そうですね。授業に出て、部活に参加して、それから仕事に行っていたので睡眠時間は毎日3時間とかでした。この生活を維持できていたのは、学校の友人たちのおかげですね。私が「普通の学生生活を送りたい」と望んでいることを察して、芸能界でのお仕事には触れないでいてくれたのです。中学の体育祭でマスコミが私の様子を隠し撮りしにきたことがあったのですが、「みんなで莉緒を守るぞ!」とカメラに映らないように守ってくれて。中学時代の生活は同級生たちのおかげで本当に楽しい思い出ばかりです。

――中学を卒業後、松本さんは宣言どおりに芸能活動から少し距離を置いていますが、高校卒業を機に再開していますよね。なぜ再スタートしようと思ったのでしょうか?

芸能界と少し距離をとれば、公私ともに普通の生活に戻れると思ったのですが、バイトを始めると「あのテレビに出てた人!」と騒がれたり、ファンだった方からいやがらせを受けたりすることもあって。

元々、母が私への教育面でたくさんの人に触れ、いい刺激になるのではないかと背中を押してくれた芸能の道、その後は自分で判断をさせてくれた事に感謝していますし、「決断力」がそのときから養われていったような気がします。だから今度は、自分の意思を持って、納得できる働き方を模索してみようと決めました。そのため、心機一転、芸名も「松本恵」から「松本莉緒」に変えて再スタートしました。

■「本質を大切にする世界こそ、私が自然体でいられる場所」

20210715 dress0256 min

――高校卒業後、新たな気持ちで芸能活動をスタート。中学生の頃は「芸能界が合わないかも」とおっしゃっていましたが、再スタートしたときはどうだったのでしょうか?

自分の意思で再スタートさせたものの、やはり「自分の居場所はここではないかもしれない」と思うことが多かったです。「自分らしくいられる場所かどうか」と考えながら、自分自身と向き合う日々でした。

「やっぱり戻らない方がよかったかな」と思い悩むことも多かったです。その一方で、「自分で芸能界に戻るって決めたのだから、もうちょっとがんばった方がいい」と思う自分もいて。自分に自信が持てなくなっていたタイミングでヨガに出会いました。

――ヨガと出会ったきっかけはなんだったのでしょう?

当時趣味だったサーフィンをやっていたとき、海に入る前の準備体操として太陽礼拝を教えていただきました。その頃は今ほどヨガは流行っていなかったのですが、なぜか周りから「莉緒ちゃんにはヨガが合うと思う」と勧められることが多く、気にはなっていました。実際にヨガを始めたところ、体と心にまっすぐ向き合う状態がすごく心地よくてすぐにはまってしまいました。ヨガの正直で透明な世界観が、「納得しないと前に進めない」「自分の気持ちに正直でいたい」という私の価値観にピタッとはまったのです。

――松本さんは2014年にはヨガの国際ライセンスも取得し、ヨガインストラクターとして本格的に活動を始めています。しかし、当時はまだ芸能活動も精力的に行っていますよね。両立は大変だったのではないでしょうか?

ヨガの国際ライセンスを取得したころは、ちょうどドラマの撮影がありましたね。ヨガと芸能活動を両立させるため、マネージャーにスケジュール調整をお願いしました。ライセンスを取得してからは、ヨガのイベントを自主企画して、チラシを作ったり集客も自分でしたり。このときには、ヨガインストラクターを中心に活動していきたいと思うようになり、所属していた大手の芸能事務所を退所し、個人事務所を立ち上げました。

20210715 dress0237 min

――その後松本さんは芸能活動を控え、ヨガインストラクターとしての活動を広げていきますよね。芸能界からヨガと、まったく異なる業界へ転身することに迷いはなかったのでしょうか?

これまでのヨガの活動を通じて「本質を大切にする世界こそ、私が自然体でいられる場所だ」と確信が持てていたので、迷いはありませんでした。

芸能界は、「CMランキング」や「好感度ランキング」など、順位がつくことでやる気が出て、その世界でこそ輝く人もたくさんいます。でも、順位のために「周りが求める自分」を演じ続けなければいけないことに、私は違和感を抱いていました。誰かの目線で決められる順位や肩書きや有名かどうかではなく、一人ひとりの輝きがあると思うので、そういったところにフォーカスを当てていきたいと思っていたのです。

ヨガの世界に足を踏み入れて驚いたことがあって、少なくとも私が出会ってきた人たちは、私のことを“芸能人”という色眼鏡で見ることはしなかったですね。私が芸能活動をしていることを知っても「テレビに出るお仕事しているなんて、大変だねぇ」というほどよい距離感で接してくれる(笑)。それがすごく心地よかったです。“普通”の生活に戻りたくても戻れなかった高校生のときと違って、本質を大切にするヨガの世界では自然と“普通”でいられました。

――現在は、インストラクターとしての活動のほか、マネジメントもされているそうですね。これまで芸能人として管理される立場だった松本さんが、今度は人を管理する立場になっています。こうした変化も大きいのではないでしょうか。

そうですね。「私が関わることで、この人にプラスになることってなんだろう」ということを考えるようになりました。上司とかマネージャーみたいなポジションは、その人の人生にすごく関わっていく立場だと思います。

マネージャー業は未経験から始まりましたが、裏方としてサポートするのは実は好きですね。芸能界ではマネージャーさんの動きを日頃見ていたし、小学生の頃は学芸会で衣装係や主役を引き立てるコーラス隊をしていたので、表に立つプレーヤーも裏のサポートもどちらもできるのかなと思っています。

■人を信頼して、任せる。アップデートされた価値観

20210715 dress0186 min

――ヨガと出会ってからの松本さんは、時間をかけながらも自分のやりたいことにまっすぐに向きあってきた印象を受けます。プライベートでは2020年に出産されていますが、お子様がいるとどうしても時間の制約ができてしまいますよね。やりたいことへの向き合い方に変化はありましたか?

息子を出産してから本当にジェットコースターのような毎日でしたので、自分のやることに向き合うためには、人に頼るということが必要不可欠でした。それまでは自分自身が納得しないと前に進めない性格だったので、「人を信用して任せる」ことがどうしても苦手でした。これまでは、自分のことは全部自分でやってきたのですが、家族という時間ができたことで、これまでやっていた時間を調整せざるを得ませんでした。ヨガの時間も、事務所の社長としての責任も、どちらも大切ですので、両立するために人に頼るという方法を受け入れることが必要でした。

そんなときに、私の活動に共感してくれて「サポートしたい」と言っていただける方が現れて。最初のうちは人に任せることが怖かったですが、実際にお願いするとみなさん私よりしっかりしているんですよね(笑)。私が書いた書類のミスを発見してくれたり、うっかり忘れていたメールを代わりに返信してくれたり。

「私のやりたいことに周りを巻き込んで、迷惑をかけてはいけない」とずっと気を張っていたのですが、いい意味で肩の力が抜けた瞬間でした。それまでは心のどこかで他人を信用できていなかったのですよね。子どもを出産して時間の制約ができたことで、誰かに頼らざるを得なくなって。人に信頼して任せることができるようになって、「本質を大切にする」という考え方もアップデートされました。自分にとって大切なことを、大切にしていくための方法に気付きました。

■死ぬ間際に、きっと自分の人生が一本の線になる

20210715 dress0208 min

――これまでお話しを伺ってきて、松本さんはとても決断力のある方だと感じました。松本さんがなにかを選択するときに指針にしているものはありますか?

まずは、後悔しないこと。次に、私も含め所属講師やレッスンに来ていただける生徒さんにとって楽しめることか、幸せなことか、優しいか、平和であるかどうかです。
女優とヨガインストラクターの両立をしたとき、「松本莉緒は芸能界から逃げた」と思った人もいたはずです。口には出さないけれど、冷ややかな目で私を見ている人もいました。でも、ヨガインストラクターへの転身は私がとことん考えて、納得して選択したこと。私はヨガの世界に身をおいたことで自然体でいられるようになったし、思いを共有できる仲間にも恵まれました。納得しながら選択を積み重ねてきたことで、今では自分のやりたいことを大好きな人たちと取り組むことができています。

今、私が置かれている環境は、中学の頃と似ているなと思います。文化祭とか、部活とか、ひとつのことに向かってみんなが純粋な気持ちで楽しんでいる環境。大人になってからもこんなに純粋な気持ちで物事を楽しめると思わなかったので、この道を選択して本当によかったなと思います。

――年齢を重ねると、それまで積み上げてきたキャリアや生活にとらわれて「自分らしさ」がわからなくなってしまう女性も多くいると思います。松本さんのようにこれまでの経験に縛られず、「自分らしい道」を見つけるにはどうしたらいいのでしょうか?

自分自身の心に向き合い、問いかけ、心身共に縛りのない自由な状態かを意識的に生活の中で見つめ、その時間を重ねていくことだと思います。今の場所で笑えているならOK、環境を変えたとしても、自分の見る目線がマイナスな部分だったりするとどこに行っても変わらない。自分の見る部分を変えていくことも自分らしさに出会う方法のひとつで、大切なことだと思います。

とはいえ、こういう「自分の本質ってなんだろう」という問いは、生きている間はずっと模索し続けるものだと思うんですよね。「自分はいったい何者なんだろう」「自分らしさってなに?」と悩むのは、人間として当然のこと。長い人生をかけてじっくり自分と向き合って、死ぬ間際に「あぁ、これまでの私が一本の線でつながった」と思えるような生き方をこれからも広げていきたいです。

松本莉緒プロフィール

女優・ヨガインストラクター。1982年10月22日生まれ。代表作はドラマ『聖者の行進』『ガラスの仮面』『エースをねらえ』『東京フレンズ』『モテキ』など。数多くのドラマや映画、CMに出演する。2014年、ヨガの国際ライセンス「RYT200」を取得し、ヨガの講師として活動をスタート。日本最大のヨガイベント「オーガニックライフ」や「YOGAJAPAN」、JTB主催の「世界遺産ヨガイベント」、ピースフルな祭典「旅祭」など大きなイベントにレギュラー出演し、2017年1月にOAされたトレインチャンネル「BeauTV~VOCE」では初のヨガコーナーを担当する他、同年2月第1回プレミアムフライデースタートイベント(JTB主催×サントリー協賛)にて講師を任され、オリジナルのプレミアムポーズを参加者と行い会場を盛り上げた。

2018年4月にはウブドで開催されるヨガの祭典「バリスピリットフェスティバル」に日本代表講師としてクラスを開催。ヨガ講師以外にも、神戸マラソンや、ホノルルトライアスロン、かすみがうらマラソンのゲストランナーとして参加。2019年2月16日に長年夢であったヨガスタジオ(アットヨガライフ府中)を自身の地元府中市にOPENする。瞬く間に「夢が叶うスタジオ」として人気スタジオに成長した。昨年10月にヨガインストラクター事務所「PeacebergStyle」をリスタートし代表を勤め輝くインストラクターの教育、活動マネージメントを自ら行っている。「今後も日本の健康を応援するヨガティーチャーとして社会貢献につながる活動を精力的に行って行きたいです」とヨガ講師として邁進していく。

元記事で読む