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「この経験をFP業に活かしてみせる」がんサバイバーFPが目指す、患者に寄り添える社会とは

  • 2021.8.19
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万が一大きな病気などにかかった時――身体のことはもちろんですが、治療費がいくらなのかという不安も頭をよぎるのではないでしょうか。かといって誰に相談していいのか分からず、結局支払い時になって総額を知ったという経験を持つ読者の方も少なくないでしょう。

「患者やその家族がお金の悩み相談をできる相手として、FPの存在感を高めていきたい」そう語るのは“メディカルファイナンス”をテーマに、病気に対する経済的備えの大切さを伝えてきたFPの黒田尚子氏。「おさいふリング」や「がんと暮らしを考える会」など、病院やNPO法人で開かれる無料相談会への参加や、同じがん経験者としての立場で問題を分かちあうピアサポートを続ける黒田氏に、自身の取り組みに対する思いやFPが存在感を発揮するための課題について伺いました。

お話を伺ったのは…

CFP®︎ 1級ファイナンシャルプランニング技能士
CNJ認定乳がん体験者コーディネーター

黒田尚子(くろだ なおこ)

立命館大学法学部卒業。日本総合研究所に入社してシステム開発に関わりつつ、在職時にCFP®の資格を取得。退職後、1998年から独立系FPとして活動を始める。個人相談のほか、セミナーや講演の講師、新聞・書籍・Webサイトなのでの原稿執筆を行うなど、幅広い活動を行う。2009年に乳がん告知を受けてからは、医療に関する資金計画を立案・提案する「メディカルファイナンス」を提唱し、その活動に尽力する。乳がん体験者コーディネーターの資格も取得し、標準治療などの治療法をはじめとしたエビデンス(科学的根拠)のある乳がんの医療情報にアクセスし解決できるスキルも学んでいる。聖路加国際病院では、がん患者が経済的な問題を気軽に相談できるグループプログラム「おさいふRing」のファシリテーターを務め。NPO法人「がんと暮らしを考える会」の理事としても活動している。

FP資格を取得したきっかけはキャリアに対する不安

——FPになったきっかけについて教えてください。

元々、私はシステムエンジニアとしてまったくの異業種で働いていました。仕事にやりがいを感じていましたし、自分が担当している業務に欠かせない存在だという自負もありました。

ところが、入社4年目のとき、子宮筋腫で1ヵ月ほど入院した際、自分がいなくても滞りなく仕事が進んでいることに気づいてしまったんです。頭では分かっていたことですが、会社にとっての私は代わりのきく歯車でしかなかったという事実を突きつけられて、本当にショックでした。病院のベッドに横たって天井を眺めながら、「今仕事を辞めたら自分には何が残るんだろう」とそればかり考えていたのを覚えています。そんなこれからの人生を模索しているとき、自己啓発の目的で取得したのがFP資格だったんです。

結局、仕事に復帰したあとも入院中に感じた虚しさが残り、いったん人生をリセットするつもりで、27歳の頃に退職しました。

——退職後はどのような活動をされていたのですか?

退職後は、しばらく海外をまわって色々な国を訪れました。帰国後もすぐに求職活動はせず、FPを取得した際に資格スクールなどで知り合った仲間が主催する勉強会に頻繁に参加していたのです。その頃はFPとして独立しようなどとはまったく考えておらず、またシステムエンジニアとして働くつもりでした。

そんなとき、暇そうな私を見かねてか、FPの先輩が金融系雑誌の仕事を紹介してくれたんです。2~3ページ程度の原稿執筆でしたが、それがFPとしての初仕事でした。自分の名前がFPとして雑誌に掲載されたのを目にしたとき、とても嬉しかったです。

以降、セミナー講師や原稿執筆の依頼を紹介してもらう機会が増えていきました。定期的に相談業務もこなし、可能な限り断らないスタンスで仕事を続けているうちに、再就職どころではなくなり、正式に独立FPとして開業することにしたのです。28歳のときでした。

生きている時間が限られているのであれば、なおさら社会貢献がしたい

——2009年に乳がんの告知を受けた際は、どのような心境でしたか。

乳がんと告知されたのは40歳のときです。結婚して活動拠点を関西から関東に移し、子どもも生まれて、家事や育児と仕事の両立で、毎日四苦八苦していた頃です。当初の診断結果はステージⅡb期。5年後の生存率は5割と言われました。

まず考えたのはまだ幼い子どものこと。そして、生きている時間が限られているのであれば、なおさら社会のために活動したいと思ったんです。もちろん、突然がんと言われ「どうして私がこんな目に?」という怒りややりきれない気持ちも強かったです。

とにかく、「ただでは転ばない、この経験をFPとしての活動に活かしてみせる」と決意しました。

——まず何から取り組まれたのですか?

最初に、自分の体験を基にした『がんとお金の本』を書こうと考えました。

当時はがんとお金に関する情報は全然なくて、自分の病気について調べているときも「がんはこんなにお金がかかるのに、どうしてこんなに情報が少ないんだろう」と感じていたんです。ネット上で検索しても、がんの治療法の説明の後に少しだけ高額療養費や医療費控除の説明がある程度。でも、私のように情報を必要としている人はいるはず。その人たちのために、私がFPとして情報を発信していかなくてはならないと強く思いました。

この本の出版が活動の転機でしたね。

——黒田さんが活動のメインに据えている「メディカルファイナンス」について教えてください。

例えば、三大疾病といわれる「がん」「脳血管疾患」「心疾患」は、医療の進歩によって、死亡率は改善しています。しかし、死ななくなった代わりに、再発・転移や重症化のリスク、仕事と治療の両立、治療期間の長期化、医療費の高額化など、社会経済的な問題が顕著になっています。そこで、医療に関する資金計画を立案・提案していきましょうという、私の造語です。先ほどお話しした通り、私が乳がんと診断された当時、医療についてお金の面から説明やサポートをしている媒体や人物は多くありませんでした。

しかし、お金がなければ治療はできませんし、不安を抱えたままでは治療に集中することも難しいと思います。

お金の問題って細分化が難しく、家計全体で見る必要があると思うんです。治療費で貯金を使い果たして、住宅ローンや毎日の出費を見直す必要が出てくるかもしれません。また、治療を通じて現在加入している民間保険に過不足を感じることもあるでしょう。

医療機関によっては患者さんやその家族を社会福祉の立場から援助する、医療ソーシャルワーカーが在籍していますが、彼らの得意分野は公的支援制度の活用や退院後の支援です。

人生を横断するお金の相談はやはりFPの仕事。医療とお金の悩みを抱えている人にこそ、私たちのような専門家に頼ってほしいと思っています。メディカルファイナンスは私のテーマなんです。

——今後、「メディカルファイナンス」はどのように変わっていくと思いますか?

最近は、シングルマザー・ファザーなどひとり親世帯、非正規雇用、高齢単身者など家庭やライフスタイルが多様化してきており、問題やお悩みも複雑化、個別化しています。すると、病院のなかだけ、あるいは1人の専門家だけでは解決できないようなお金の問題が増えています。

だからこそ、私たちFPを始め、医療ソーシャルワーカーや各種士業、カウンセラーなどが一緒になって総合的に支援していく必要があります。そういった体制は、ようやく整いつつある印象です。私のように医療機関でのFP相談を定期的に行うFPはまだまだ少ないですが、今後増えていってほしいと思います。

聖路加国際病院での「おさいふリング」や「就労Ring」、「がんと暮らしを考える会」など“(通常の相談業務を行っている)オフィス外”での活動を積極的に行っているのも、頼れる生活の専門家たちが病院にいつでもいるような社会作りの一環なんです。

FPはゼネラリストであり、スペシャリストであるべき

——「お金にまつわるアドバイザー」と言える存在は士業を含め多くありますが、そのようななかで、FPはどのような存在であるべきだとお考えですか?

FPは幅広い知識を持ったゼネラリストであると同時に、専門分野に特化したスペシャリストであるべきと考えています。

例えば相続の相談を受けた場合、複雑なタックスプランニングを行うなら税理士に、相続で揉めそうなら弁護士というように、個々の難しい課題について専門家を紹介する。いわば交通整理の役割があります。

どんな問題があり、誰に相談するべきなのか。最適なアドバイスを行うには広い分野に精通したゼネラリストでなくてはなりません。

もちろん、活動を続けていくためには他のFPとの差別化も必要です。そのためには、スペシャリストとして胸を張れる、自分の得意分野をつくることが大切。私の場合は医療や介護、消費者問題などでしょうか。

ゼネラリストとスペシャリストの両面を保つには、知識のブラッシュアップが欠かせません。私の場合、専門分野について分からないことがあったらすぐに相談できるよう、士業の方とのネットワークを大切にしています。

——一方で、FPの資格を取得して満足する方も少なくないようです。

現在、私は東京都内の大学でFP論を教えていますが、学生もFP資格の取得には高い関心を寄せています。ただ、私が独立して20年以上経っても、独立系FPはそれほど増えていない印象があります。もちろん、FP資格の取得目的はさまざまですが、やはり、FPとして共に活躍してくれる仲間が増えてくれることを切望しています。

ある地方のベテランFPの方とお話しした際、「若い世代はFPをツールだと思っている。資格をどう使っていくかしか考えてない」とおっしゃっていたことがあるんです。では、FPとは何ですか? と聞いたところ、「哲学である」という言葉が返ってきました。

FPに限らず、資格はそれを使って、何をするか、何をしたいかが肝心なのですが、たしかに、知識や技術をどう使うかよりも、自分なりの哲学を持って活動することがFPには重要だと思います。

——黒田さんのように20年のキャリアを持つFPが少ないことも課題だと感じます。FPによる「お金の相談」業がより成り立ちやすくするには、何が必要だと思いますか?

やはり、社会のなかでのFPの存在感を高めていく必要があります。相談にお金を支払う、支払わないという問題もあるかと思いますが、私としてはあまり深刻に感じてはいません。

というのも、FPの相談料について、いくらまでなら支払うかというアンケートを取ったことがあるんです。その結果、意外にも無料が絶対条件という方は少なく、自身に合ったアドバイスがもらえるなら有料でも構わないという人が多かったんです。

つまり、我々FPが相談料のあり方について懸念を抱く一方で、世の中には自分が求めるものにお金を支払うという考えが、すでに広まりつつあるのではないでしょうか。そのうえで相談メインのFPとして活動するのが難しいのだとすれば、FPという存在自体が知られていないこと、相談して良かったという成功体験をした人が少ないことに原因があると思います。

FPの役割がもっと多くの人に認知されて社会的評価を受けることができれば、今以上に活動しやすくなると思います。そのため私の“オフィス外”での病院やNPOでの活動は、とにかく1人でも多くの人にFP相談を体感していただいて、「FPってすごいんだ」と知ってもらいたいという目的もあるんです。

ちなみに、日本FP協会にも「くらしとお金のFP相談室」という無料相談サービスがあり、私もセミナーなどでよく紹介しています。ただ、予約枠は限られていますので、各支部が実施するフォーラムなどで、FPが提供できることをもっと多くの人に知ってもらえればと思っています。

——最後に、FPとしての今後の目標を教えてください。

私の最終的な目標は、がんの経験を活かして社会をより良い方向へ変えることです。具体的には、がんなどの病気のお金で悩む患者さんやご家族が、経済的問題について、気軽にいつでもFPに相談できるよう環境を整備していきたいと思っています。

がんに罹患してから『ペイシェント・アドボカシー』という考え方があることを知りました。これは、病院から独立した第三者などが、その患者さんの権利を擁護し、支援することを言います。近年では日本でも、医学会などでペイシェント・アドボカシー・プログラムが行われ、罹患後のQOLを維持・向上するための支援を行っており、私もFPとして参加することがあります。

参加のきっかけは、がん治療中に、あるがん専門医に言われた「何か社会を変えたい、今の社会を良くしたいと思ったら、自ら声を上げて強く訴えるべき」という言葉です。私はしがない1人のFPで、何の力もありません。それでも社会を変えられる可能性があると自分の背中を押してくれたと思っています。

がんとお金は私のライフワーク。医療に関する経済的な悩みを抱えている人へのサポートを通じて社会貢献をしていきたい、社会を変えたいという気持ちはずっと変わりません。とくに、同じがん経験者として患者に寄り添い、問題解決を助けるピアサポートは、どんな形であっても続けていくつもりです。

インタビューを終えて…

家計を包括的に見ることができ、一方で他のプロフェッショナルとも連携ながら生活者に寄り添うことができる――唯一無二の動きを取れるFPの魅力がより広く伝わる方策として、黒田氏が取り組むような“オフィス外”の活動は1つのアンサーと言えるでしょう。
そうした活動の背景には、独自の個性(黒田氏の場合は自身の経験も)、得意分野を持っているという点も示唆に富んでいます。
FPが自身の個性を活かせる社会のさまざまなシーンで活動し、生活者と接点が増え、「FPってすごいんだ」と感じられる成功体験が積み上がれば、日本に“お金の相談”が真に根付くのはそう遠くないのかもしれません。

取材・文/笠木渉太(ペロンパワークス)

Finasee編集部

金融事情・現場に精通するスタッフ陣が、目に見えない「金融」を見える化し、わかりやすく伝える記事を発信します。

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