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家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.35 ブルースリーの心得

  • 2021.8.19
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クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。26歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は vol.34 隠れていたもの

vol.35 ブルースリーの心得

海に行きたい、と思った。砂浜を駆けて行って痛いくらいの青に洋服のままじゃぶじゃぶ入る。海底に足がつかなくなってから、やっと頭のスイッチが切れる。体が自然に自分から動き始め、肩から大きく腕を回し、水を掻き、手が空の方に伸びている瞬間、すばやく息を吸う。息継ぎで顔を上げる右側は水で塞がれている耳も同時に解放され、その一瞬、足首が軽やかに水面を叩く音がぐんと自分に近づくのが分かる。

時間も忘れてただひたすらに泳いでいると、あぁこれだ、というタイミングが来る。肺が酸素を欲しがって、だから大きく息を吸って、手足を動かし、泳ぐ。クロールで何処までも、何処まででも泳ぐ。本当に生きるってことをじんわり思い出してくる。

泳ぐのに疲れたら体の力を抜いて波間を漂う。大海原に浮かぶたった一人の自分。閉じた瞼の裏に惜しみない黄金の雨を感じながら怖がらずに泳ぐのをやめる。そのうち、塩でベタベタになった頬が陽に照らされ痛みだし、また海の底まで潜っていってその熱を冷まし、もうひと泳ぎしたくなるから。生きるってそんな風な軽さなのに、聳え立つビル、点滅してる青信号の中にいると、そんなことが難しい。

雑踏で渦巻いているそれぞれが抱える人間模様、自分への優しい諦めとやっぱり答えを出し渋っている今日。生まれてからずっと考え続けているような人生。ここじゃないところに行きたい。でも未来が素晴らしいものなのか分からない。分からないけど、今よりは良い気がしてしまう。信じたい、は自分勝手な希望的観測。それが俗に言う現実逃避だと気づかないふりをしてる限り何も変わらないと自分を苛めても始まらない。何処に行けば良いのか分からないけど、ここじゃないってことだけは分かるような夜。心が未来のその先の先に行きたがり、だけど身体はここにしかとどまれない、現在から未来にワープすることなんて出来ないから、魂と体の輪郭がズレてくる。渋谷からの帰り道。7秒間の思考回路。

そんなの大した事じゃない。と言えるようになったのは、頭が重くなった時は、体を動かすと感覚を取り戻せると知ってからだ。考えない、はとても難しく、特に新曲制作で地下のスタジオに籠もっていると気持ちがどうしても揺れやすくなる。そんな時は、頭で全体を捉えすぎないように、体を動かすことを心がけていて、大抵それはランニングなんだけど、洗濯物日和の今日は、海に行って泳ぎたいと思った。

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