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作家で人気バンドメンバー。「順風満帆」に見えた彼女の本音とは。

  • 2021.8.12
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「ねじねじと悩みながらも、前を向くのだ」――。

SEKAI NO OWARIメンバーで作家の藤崎彩織(Saori)さんのエッセイ集『ねじねじ録』(水鈴社)が刊行された。音楽家、作家、母、妻として、文章でしか出せなかった本音やエピソードを丁寧に綴っている。

2017年に刊行された初小説『ふたご』が直木賞候補となり、同年に男児を出産。そして今年、SEKAI NO OWARIはメジャーデビュー10周年を迎えた。

活躍の幅を自在に広げ、いずれも高い評価を得ている藤崎さん。公私ともに順風満帆にしか見えないが、当の本人は「疲れていた」し、「酷く落ち込んでいた」し、「心が追い詰められていた」という。

「こんな面倒くさい自分のことを心底嫌になることもあるけれど、そうでなければ、音楽を作ったり文章を書いたりする必要はなかったのかもしれない」

「くよくよ」でも「うじうじ」でもなく

タイトルの「ねじねじ」が、目にも耳にも新しい。これはある日のライブを振り返っていた藤崎さんに、バンドメンバーの深瀬慧(Fukase)さんが言ったもの。

「サオリちゃんって、いつもねじねじ悩んでるよね」
「ねじねじ?」
「そう、なんかいつも難しい顔しててさ。ねじねじ悩んでるって感じするじゃん」

「ねじねじ」という言葉から「ああでもないこうでもないと、前に回ったり後ろに回ったりする歯車。上手くかみ合わずに何度も止まりながら、何とか回ろうとする歯車」が浮かんだという。

「確かに深瀬くんの言う通り、私の悩み方は、『くよくよ』でも『うじうじ』でもなく、『ねじねじ』である気がする。(中略)ねじねじ。まるで自分の頭から聞こえてきそうな音だと思った」

「ねじねじ」と何気なく発した深瀬さんといい、「ねじねじ」のイメージを言語化してしまう藤崎さんといい、感性が魅力的だ。

深瀬くんの話

「2020年は特にねじねじした年だった。音楽制作も行き詰まったけれど、小説家としての活動はもっと行き詰まっていた」

音楽を作って悩み、文章を書いて悩み、子育てをして悩み......。それでも前を向こうとする藤崎さんの日々の思いや風景が、鋭く優しくユーモアに満ちた41本のエッセイに収められている。

「もうあんな奴と一緒にバンドなんか出来ないと、何度思っただろうか。ボーカルの深瀬くんの話である」。「30年来の仲直り」の書き出しに、ここまでぶちまけて大丈夫かとハラハラした。

幼稚園で出会い、かれこれ30年近く一緒にいるという藤崎さんと深瀬さんは、付き合いも喧嘩歴も長いのだとか。2019年は特に酷く、来る10周年に暗雲が立ち込めたほど。

「私たちは『解散』という言葉をいつもどこかで意識しながらも、かといって誰かがそれを強行突破することはなく、サイコロを振らずにすごろくを1マスずつ進めていくような日々を送っていた」

まさかの「解散」の2文字が飛び出した。果たして、メンバーたちの選択は......。

成功の何割を担ったか

「悩めるマリオ」では、デビューしてからの10年は本当に忙しく、「朝から晩まで念願の仕事が出来ているはずなのに、私はいつも何かに怯えていた」とある。

「で、成功の何割をあなたが担ったと思いますか?」。誰にも聞かれたことのないシビアな質問が、藤崎さんの頭の中でループした。メンバーは4人。「4分の1です」と答えたいが、「絶対にもっと少ない」と思っていたという。

「4分の1じゃないのに、4分の1のような顔をしてステージに立っている自分が恥ずかしくて、ひたすら走り続けるしかなかった。私はまるでスターを取ったことによって、走る他に何も出来ないマリオだった」

苦悩する藤崎さんに走るマリオが重なり、なかなかユニークな絵が浮かぶ。たしかに、自分を「悩めるマリオ」と思えば、どんな難局もクリアできそうな気がしてくる。

「私はこのエッセイに救われたのだと思う。(中略)書くことで、少なくとも後ろ向きなねじねじから前向きなねじねじにはなれた気がする」

「ねじねじ」しながらも輝いている藤崎さんに、妻、母、同世代の1人として、読んでいてうらやましく感じるところもあった。どうしても上手くいかない。前向きになるスイッチを押してほしい。本書は、そんな日にぜひ読みたい1冊。

本書の刊行記念インタビュー「音楽では絶対に伝えられなかったことが、書けました。」はこちら

■藤崎彩織さんプロフィール

1986年大阪府生まれ。2010年突如音楽シーンに現れ、圧倒的なポップセンスとキャッチ―な存在感で「セカオワ現象」と呼ばれるほどの認知を得た4人組バンド「SEKAI NO OWARI」でピアノ演奏、ライブ演出、作詞、作曲などを担当。研ぎ澄まされた感性を最大限に生かした演奏は、デビュー以来絶大な支持を得ている。文筆活動でも注目を集め、2017年に発売された初小説『ふたご』(文藝春秋)は直木賞候補に。他の著書に『読書間奏文』(文藝春秋)がある。

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