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家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.34 隠れていたもの

  • 2021.8.6
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クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。26歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は vol.33 音のしない手

vol.34 隠れていたもの

ここ数カ月は家とスタジオの往復。帰宅してからも語呂が悪かった箇所の歌詞を考えたり、自分の頭の中にあるイメージや指摘されたことを実際には100分の1も再現できていない自分への憤りを熱量に変えながら歌う。明日のプリプロではもう少し自分のものにできていると良いな、と眠りにつく。

もっと上手になりたいと思えるものが毎日の真ん中にあって、それに付き合ってくれる人たちがいて、取り組んでいれば上達すると信じてやる。そのシンプルな真実だけを見つめて1日を終える。来年の2月に迎えるデビュー10周年。その前にもう1度気持ちを新たにやり切りたい、駆け抜けたいと模索していたことがようやく形になってきて。チームのみんながいてくれること、今は会えないけれど待っていてくれているみんながいることに力を貰っていた。

母にも協力をお願いしたら、都合をつけて東京に来てくれることになり、久しぶりのふたり暮らしがはじまった。「ただいま」に「おかえり」が返ってくること。誰かを想ってお土産を選ぶ幸せ。最後のひと口を譲り合うくすぐったさ。そういうものが、どんなボールが来てもバットを振り切る精神で日々制作に臨んでいる私の気持ちをほぐしてくれていた。とあるプレゼンに向けて制作が佳境に差しかかっていた時、“そういうもの”は思わぬ形で私を包んだ。

今日も0時を越えそうだから先に休んで、と母に連絡を入れると、労いの言葉と共に「了解」の返事が来た。案の定、家のオートロックを解除した時には日付が変わっていた。エレベーターを降り、鍵を開け小さな声で「ただいま」と呟く。靴を脱ぎ音を立てないようにリビングの引き戸をソロソロ開けると、部屋は真っ暗で静まり返っていた。ひとりでこの日々を送っていた時は、この瞬間がとても苦手だった。だけど、そこには微かな生活の気配があって、ついさっきまで母がキッチンでお菓子を焼いていたことが香りで分かった。その時私ははっきりと守られている、と思った。誰もいない真っ暗なリビングではっきりとそう思ったのだ。それはもっと、目の前で繰り広げられるものだと思っていた。花が咲くのを見るとか、さっきまで泣いていた人が今笑っているとか、もっと分かりやすく綺麗なところに宿るものだと。だから、そういう暮らしの安心感が真っ暗に静まり返ったリビングに漂っていることを知れて嬉しかった。思い切り自分を追い詰めること、そして思い切り心を預けられる場所があること。母が東京に来てくれたことが、とても嬉しい。

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