1. トップ
  2. グルメ
  3. 個性派カフェで店主の世界を体感。一生モノに出逢う入り口「明日屋靴店+カフェ」

個性派カフェで店主の世界を体感。一生モノに出逢う入り口「明日屋靴店+カフェ」

  • 2021.7.30
  • 1227 views

「明日屋靴店+カフェ」は、オーガニックカフェを併設したオーダーシューズサロンという、一風変わった組み合わせの店。細部までこだわり尽くした空間やメニューは、まさに靴デザイナーらしい個性派だ。だがそこには、客と店主がよりよい関係で靴作りをするための小さな仕掛けと、唯一無二のカフェ体験であふれている。

清澄白河からもほど近い住吉エリアに、1軒の興味深いカフェができたのは約半年前のこと。その名も「明日屋靴店+カフェ」。オーダーシューズを手がける靴デザイナー・鈴木明日香(すずき あすか)さんが営む、店舗兼カフェだ。

扉を開けた瞬間、視界に飛び込んでくるのは鮮やかな紅色の壁。同じく紅い差し色が美しい正面のカウンターは、古くにスペインで造られたチェストだそう。どこか東洋の雰囲気すら感じさせる味のあるデザインが存在感を放つ。「靴店」とはいえ、あたりに販売用として陳列されている靴はなく、むしろ靴には必要のないはずの胴だけのトルソーにアンティークミシン、レコード、真空管アンプ……、カフェスペースの横ではなぜか野菜が売られている。

「オーダーシューズサロンなので、作った靴はすべてお客様の手に渡ってしまっています。ふらっと店に来てすぐに買っていただけるような、在庫販売用として並べる靴はないんです」と、鈴木さん。靴デザイナーとして約20年のキャリアの持ち主だ。以前はアトリエを借りて靴作りをしていたというが、ここに自身の店を構えたことをきっかけにカフェを始めた。

アトリエの頃の客は、鈴木さんのことを口コミで知り直接連絡をして訪れる人がほとんどだったという。それ以前に鈴木さんと面識があるわけではなく、多くはアポイントを取ってから初めて会う客ばかり。「オーダーシューズは、一からデザインを起こすのでお金も時間もかかります。なのに、実際に靴作りを頼むデザイナーのことをお客様はよく知る機会がないんです。連絡をくださったあと、わたしに会ってみてから『ちょっと自分のイメージと違うな……』と思っても今さら引き返しづらいでしょう?(笑) でもカフェがあれば、お茶を飲みに来た体で入れるし、お客様も作り手のことをもっと知りたいんじゃないかと思って」

いわばここは靴を買わなくてもいい靴店なのだと、彼女はいう。

フルオーダーの靴は、自分のためだけに仕立てられる世界に一足しかない靴だ。となれば当然「誰に作ってもらうのか」は重要。ましてや明日屋靴店では、左右の足を採寸して木型を削るところから始めるという、他店でもなかなか類を見ないほど実直に靴が作られる。もちろんデザイナーの技術や過去の作品も重視したいところだが、もしその人となりや好み、考え方までをあらかじめ知ることができれば、お互いの理解が深まり、より信頼して靴作りを任せられるだろう。

カフェを始めてまだ半年だが、実際にオーダーシューズに興味はあったものの決めかねていたという客や、カフェとして訪れていた客が彼女と接するうちに靴をオーダーすることも増えているのだとか。

万人受けは求めない。我が道を突き進むことで生まれた唯一無二のカフェ

それにしても「併設カフェ」というにはもったいないほど、独特な空間デザインだけでなく、メニューや使用するアイテムなど、細部にいたるまでこだわり尽くされているあたりは、さすがはデザイナーだ。
フードや自家製コーディアルシロップに使用する野菜、果物、ナッツ、ハーブはすべてオーガニック。鈴木さん自身がいろいろなものを少しずつ食べたい派だからと、スープもサラダも50g単位の量り売りにしている。天日干しの玄米を使ったおにぎりは「気軽につまめるように、2桁の価格で出したい」と、小ぶりながらも100円未満だ。

「カフェ」を謳ってはいるが、「黒みつ大豆ラテ」「カカオティーラテ」などのオリジナルドリンクがメインでコーヒーはない。その代わりといってはなんだが、ゆっくり過ごしたいのに飲み物がなくなって出ざるを得ない雰囲気にならないよう、ドリンクのレギュラーサイズは通常の約2杯分はある。カップは、愛媛県にある砥部焼の窯元まで訪ねて特注で作ってもらった。

天性の“凝り性”から、いざ始めると、適当な場所にはしたくないと我慢できなくなってしまったのだとか。
レコードの豊かな響きを最大限楽しめるようにと真空管アンプを調達したり、農家の友人が育てた新鮮な野菜や有精卵を販売したり……。

すべて無農薬の食材を使った週替りのスープとデリ。おにぎりは88円(税込)。テイクアウトも可能。Harumari Inc.

「どんどん自分の好きなものをみんなに共有したいと思い始めちゃって(笑)。もちろん靴に興味を持ってくだされば嬉しいですが、インテリアもメニューも、今はわたしの好きなもののお披露目の場みたいになっています」

この店は、まさに鈴木さんの感性そのものが表れているといっていいだろう。

実は鈴木さんは、過去に大手シューズメーカーで雇われデザイナーをしていたこともあるというが、流行りのデザインに似たものばかりを求められることに違和感を覚え飛び出したのだそう。長年の靴作りで実感してきたのは、手を抜かず真面目にいいものを作っていれば、その熱量は必ず相手に届くということ。もちろん、お客様は靴作りのプロではない。だが、真摯に作られたものほど人の心を動かす、そんな場面を何度も目にしてきたと彼女はいう。

万人受けするものを提供すべきかと迷いながらも、やはり自分が本気で好きなものを、手を抜かずに共有・表現し、それに共感したり魅力を感じたりしてくれる人がのんびりと過ごしてくれればそれでいいというのが今の彼女の考えだ。

カフェという場を共に過ごすことで、よりいい靴が作れる

あくまで本業は靴作り。カフェの営業日以外は、靴を注文しに来る客との打ち合わせや採寸、制作に時間と労力を費やす。手軽にオーダーシューズに触れられるようにとセミオーダーも始めた。彼女が手がけるのは、普段履き用の靴はもちろん、ウエディングなど一生の思い出になるものまで幅広い。

「靴を作るときは、私の好きなものを表現しているカフェとは逆に『いかにお客様の考えを読み取り、お客様が思い描いているイメージを具現化するか』が大切です。そんなときはわたしも、その方が身に付けているものや話す内容など、さまざまな情報からお客様のことを感じ取ります。だからお客様にも、カフェを通してわたしを少しでも知ってもらえたら」

客と靴デザイナー、お互いが少しでも理解し合うことができれば、よりよい信頼関係といい靴が生まれそうだ。この小さなカフェの扉は、いわば一生モノの靴に出逢うための入り口。靴に興味がある人もない人も、まずは“お茶をする体”で、小さな靴店の扉を開いてみよう。

取材・文:RIN

元記事で読む
の記事をもっとみる