1. トップ
  2. おでかけ
  3. 生々しい…! 学芸員の心がざわついた「明治初期の“夢に出そうな不思議な絵”」

生々しい…! 学芸員の心がざわついた「明治初期の“夢に出そうな不思議な絵”」

  • 2021.7.28
  • 12431 views

東京・六本木のサントリー美術館で、『ざわつく日本美術』が開かれています。タイトルだけ見てもおもしろそうなこの展覧会、展示内容もかなり濃厚で、期待を裏切りません。同展を企画された学芸員さんたちのお話も聞いてきましたので、展示風景とあわせてご紹介します!

どんな展覧会?

【女子的アートナビ】vol. 216

『ざわつく日本美術』は、サントリー美術館が所蔵する絵画や工芸品などの名品や珍品をとおして「見ること」を楽しみながら、日本美術の奥深さを存分に味わえる展覧会です。

会場では、展示方法や空間演出、章タイトル、さらに作品解説に記されたキャプションに至るまで、さまざまな工夫が凝らされています。

ちょっと堅苦しそうな日本美術のイメージがガラリと変わる展覧会、その見どころをご紹介していきます。

学芸員さんも驚いた…! 生々しい絵

まずプロローグで登場するのが、展覧会のメインビジュアルにも使われている《尾上菊五郎》です。明治初期につくられた石版画の役者絵ですが、なんとも言えない存在感があります。展示方法もインパクト大。夢に出てきそうな異質な雰囲気です。

同展企画者のひとり、学芸員の久保佐知恵さんは、はじめてこの作品を見たとき「うわっ、なんだこれは…!」と思い、心がざわざわしたそうです。

「役者絵は浮世絵のイメージがあると思いますが、これは江戸時代の浮世絵版画とは全然違います。写真のようだけど写真とも違う、そんなあいまいな作品です。私が感じた心のざわめきは、作品が作られた当時(明治初期)の人も感じていたようで、江戸時代以来の浮世絵に見慣れた人にとって、この生々しさには抵抗感があったようです。シリーズものだったのですが、不評に終わってしまったと伝わっています」(久保さん)

うらうらする…!

続いて、第1章「うらうらする」をご紹介。この章では、ふだんなかなか見られない作品の裏側がしっかり見えるような展示方法になっています。

例えば、《色絵五艘船文独楽形鉢》には器の内外にオランダ人とオランダ船が描かれています。江戸時代後期の人にとって、オランダ船は海を越えて宝物をもってきてくれる「宝船」と考えられていたそうで、その吉祥性が描かれているため、裏側には「寿」の文字も見えます。

ちなみに、この章の展示方法は久保さんが「ウユニ塩湖のようにしてほしい」と造作担当者に依頼されたとのこと。展示室では、さまざまな美しい器が浮いているように見えます!

はこはこする…!

第5章「はこはこする」の展示方法もユニークです。「はこ」とは、作品を保管している箱のこと。展示室では、なんと美術品の箱が展示されています! もちろん、箱だけでなく中身も展示されていますが、あえて箱とは離した場所に置かれて、床に矢印で中身のある場所が示されています。

「作品の持ち主は、作品を大事にしたいという思いから豪華な美しい箱をあつらえています。箱には、作品に関わる重要な来歴も含まれています。ぜひ箱を含めて作品を見ていただきたいです」(久保さん)

5章のタイトルは、久保さんと一緒に同展を企画された教育普及担当の関香澄さんが考案されたそうです。

「このコーナーはタイトルで悩みましたが、そのまま『はこはこ』にしようと造語を使いました。箱イン箱で、見た目もおもしろいと思いますのでご注目ください」(関さん)

ざわざわする…!

第6章では、美しいだけではない、ちょっとお下品だったり卑猥だったりするような、心がざわつく日本美術が登場。冒頭でご紹介した《尾上菊五郎》もざわざわ系アートですが、ほかにもあります。

例えば《放屁合戦絵巻》では、裸の男性たちが自分のおならの強さ(?)を競い合っているシーンが描かれています。とても美しいとはいえない、ちょっと汚らしいとも思える絵巻です。

「《放屁合戦絵巻》は、もともと平安時代に描かれたものを室町時代に写したものです。おならを競い合う絵を大切に描き継いで楽しむという、当時の人たちの心の余裕も感じられる作品です」(久保さん)

もうひとつ、《袋法師絵巻》も超ざわざわ系アートです。いわゆる「春画」で、ある屋敷の女主人の寝床に好色のお坊さんが潜んでいるところが描かれています。赤い大きな袋に隠れたお坊さんの顔はインパクトがあり、一度見たら忘れられません。ちなみに、このお坊さんはその後、袋に入れられたまま、ほかの女性の慰み者になるそうです……。

心のざわめきに耳を傾けて!

おならや春画の絵巻で心がかなりざわついたあと、最後のプロローグではレースで区切られた静寂な空間が待ち受けています。ここには、仏教彫刻がポツンとひとつだけ、飾られています。

「この作品は、平安時代の女神像でしかも頭部だけです。表情があまりありませんが、よく見ていると、鑑賞者の心の変化に合わせて少女のように見えたり赤ちゃんに見えたり、目まぐるしく変化します。見る人の心の状態が変わることで、作品との出会いが一度きりでは終わらない、その時々の自分だけの大切なものだと改めてわかるような彫刻です。この作品を見たときの“心のざわめき”に耳を傾けて、展示室を後にしていただきたいです」(久保さん)

熱量に感動…!

サントリー美術館のコレクション企画展に行くたびに日本美術が好きになっていく……そういう声をよく聴きます。その理由は、「見せ方」がとても親切だから。美術の知識がなくても楽しめる、見ているだけでワクワクするような展示になっているからだと思います。

例えば、単に茶碗が並んでいるだけではスルーしてしまうかもしれませんが、「裏もおもしろいですよ~」と鏡で見せてくれると、がぜん興味がわいてきます。

美術の見方やポイントを押しつけるのではなく、さりげなく教えてくれる、そんな絶妙な匙加減のおかげで楽しく見ることができ、日本美術の魅力にハマっていくのかもしれません。今回の展示では、学芸員さんたちの熱量の高さにも感動しました。

『ざわつく日本美術』は8月29日まで開催。

取材・文:田代わこ

Information

会期 : ~8月29日(日)※会期中展示替えあり ※休館日:火曜日 ※8月24日は18時まで開館
会場 :サントリー美術館
開館時間 : 10:00~18:00(金・土は10:00~20:00)※7月21日(水)、22日(木・祝)、8月8日(日・祝)は20時まで開館 ※いずれも入館は閉館の30分前まで
観覧料 :一般¥1,500、高校・大学生¥1,000、中学生以下無料


※最新情報は、美術館のウェブサイトをご確認ください。

元記事で読む
の記事をもっとみる