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『PUI PUI モルカー』劇場版の存在意義とは? 鑑賞体験を通して考えるシリーズの魅力

  • 2021.7.28
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『とびだせ!ならせ! PUI PUI モルカー』(c)見里朝希JGH・シンエイ動画/モルカーズ

子ども番組の1コーナーとして、3分未満の枠で放送されたにもかかわらず、多大なインパクトを与え、熱狂的な人気を獲得したTVアニメーション『PUI PUI モルカー』。その全12話が、34分の劇場作品として編集され、『とびだせ!ならせ! PUI PUI モルカー』として、2D、3D、MX4D、3種の上映形式で、2週限定公開されている。ここでは、その鑑賞体験を通して、あらためて本シリーズの魅力を考えていきたい。

作品自体の評は、すでに「『PUI PUI モルカー』は“約束された成功作”だった? 多くの人々を惹きつけた理由を考察」にて書いている。本作が成功した理由は、モルカーというキャラクターのインパクトにあったのは確かだ。しかし、あくまで本シリーズが素晴らしい理由は、シリーズの中心となったクリエイター・見里朝希の才能にある。それは、彼がこれまでに個人で制作した、いくつものアニメーション作品を鑑賞すれば一目瞭然だ。つまり、よほど運に見放されない限り、遅かれ早かれ彼の作品は広く認められていたはずなのである。だから『PUI PUI モルカー』は、“約束された成功作”といえるのだ。

しかし、すでにBlu-ray&DVDが発売され、複数の動画配信サイトで鑑賞することができる本シリーズを、あらためて劇場で観る意味があるのだろうかと考える人は少なくないはずだ。個人的には、新作エピソードや刷新されたイメージが見られるのではないかという期待もあったが、本当に既存のシリーズをそのまま上映しているので、新しい展開を期待すると、裏切られてしまうだろう。

では、本作の存在意義とは何なのか。それは、まず熱狂的なモルカーのファンに、映画館の設備での上映を提供するという意味があるだろう。3D版、MX4D版での上映も用意されているので、また違った環境で、あらためて本シリーズ全話を楽しむことができるのだ。

ちなみに私は、せっかくなのでMX4D版で、3Dと4D演出を体験した。ただ、『PUI PUI モルカー』はもともと3D用に作られてはいないため、立体感はそれほど際立っていなかったというのが正直なところだ。まさか制作当時、3Dでの展開があるとは誰も予想していなかったのだから、これは当然のことだろう。

MX4D版は、座席の揺れやスモーク、ライト、水の噴射など、そこに新しい演出が反映されるので、既存のエピソードに、また別の楽しみ方が加わることになる。すでにエピソードを知っている観客は、3話「ネコ救出大作戦」で、水のスプラッシュ演出があることや、5話「プイプイレーシング」でレースの臨場感が体験できるなど、展開が予想できるからこその期待感を持つこともできる。これは、あまり経験したことのない感覚だ。

MX4D版では料金が増すので、もともと特別料金として設定されていた2D版1000円が、2400円(3Dメガネ込み)にまでなってしまうのには割高な印象がある。とはいえ、本作をアトラクションととらえ、夏休みの子どもを楽しませたり、同行者と盛り上がるレジャーとして考えれば、かえって安上がりといえるかもしれない。また、モルカーにまだ触れてない人を誘い、その魅力を体験させるという意味でも、この上映イベントは重宝しそうである。

入場者特典として、2週に分けて「ならせ!モルカーボール」がプレゼントされるという企画もあった。モルカーボールとは、押すと音が出る、モルカーの姿がプリントされたボールのことだ。これを使って上映中にモルカーたちを応援できるという趣向だったが、私が鑑賞したタイミングでは、1週目の配布分はすでに在庫切れになっていて、残念ながら誰も“ならせない”上映回になってしまっていた。これでは『とびだせ!ならせ! PUI PUI モルカー』ではなく、『とびだせ!PUI PUI モルカー』ではないのか。2D版上映では、もはやただの『PUI PUI モルカー』となっていただろう。この在庫切れは、裏を返せば、今回の上映が想定していた以上の動員を獲得している証左なのかもしれない。

今回、大画面で『PUI PUI モルカー』を鑑賞したことで感じたのは、モルカーたちがフェルトで出来た存在であることや、舞台となる街並みの手作り感がさらに伝わってくるということだ。スタッフクレジットでは、制作現場の写真が紹介されるが、たとえば、ストップモーションアニメーションの大手スタジオ“ライカ”と比較するまでもなく、その規模は小さく、スタッフの数もはるかに少ない状況が伝わってくる。

だが、そんな環境でも、アイデアや撮影のセンスによって、新しい表現や刺激的な表現が可能になるのが、アニメーションの面白さだ。8話「モルミッション」では、数々のアクション映画のパロディーが見られるが、クライマックスの爆発シーンは、フェルトの毛を撒き散らすことで爆煙を表しているなど、その演出はあくまで低予算ならではのものとなっている。だがその表現は、ハリウッド超大作アクションを見慣れていると、むしろ印象的で面白いものに感じてしまう。そこには、われわれの子ども時代の遊びの延長にあるような範囲で描かれるからこその、ある種の愛しさが存在するのだ。そして、それこそがストップモーションアニメーションの本分といえるのではないだろうか。

日本のアニメーション文化は、伝統的に手描き2Dが主流である。世界の大手スタジオがフル3DCGに移行した後も、日本の作品はCGを部分的にとり入れつつ、その伝統を堅持しているといえよう。だが、絵柄やセンスを含めて、日本の中での表現が画一化しているのも確かなことだ。しかし、アニメーションとは、本来もっと自由な発想で、遊びのようなものだったはずなのではないだろうか。本シリーズは、そんなアニメーションの根源的な楽しさと、新鮮さを提供するものとなった。今回の映画館での上映が、そんな自由な風に触れるきっかけを増やすことになるのなら、もちろん歓迎できるものだといえよう。(小野寺系)

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