1. トップ
  2. 脱獄犯の男と、島から消えた少女。そして20年後...

脱獄犯の男と、島から消えた少女。そして20年後...

  • 2021.7.21
  • 14660 views

「私たち、ずっと一緒だと思っていたのに...。彼女は脱獄犯の男と、島から消えた」――。

長編小説『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞を受賞した千早茜さん。受賞第1作となる本書『ひきなみ』(株式会社KADOKAWA)は、小学校最後の年に瀬戸内の島で出会った葉(よう)と真以(まい)が、ある事件をきっかけに離れ離れになり、約20年後に再会する物語。

「友情のかたち」「ハラスメント」「生きづらさ」など「現代では避けられないリアルな葛藤」を描いた本作に、共感の声が続々と集まっているという。

「会いたい、と思った。会って、訊きたい。あの日、私の知らないところで起きたことを。なにも言わずにいなくなってしまったわけを」

強くて勇敢で恰好いい彼女

物語は、子ども編の「海」と大人編の「陸(おか)」の2部構成。

小学校最後の年、葉は母の生まれ育った島で祖父母と暮らさねばならなかった。3ヶ月だけと母は約束した。島に向かう船で、葉は真以と出会った。

「長い黒髪が風に踊っていた。大きすぎる地味な色のウィンドブレーカーに、まっすぐな細い脚。(中略)目が合った。黒い目だった」

その夜、寄合に行くと、東京から来た葉は島の子どもたちのからかいの的となった。一緒に行けない代わりにと母に持たされた携帯電話を、男の子たちに奪われてしまった。

泣きそうになったとき、ばんっと視界が上下に揺れた。驚いて顔をあげると、髪をなびかせて女の子がテーブルの上を駆けていった。本当に一瞬のことで、男の子は彼女に蹴られ、平手をはられた。

真以が携帯電話を取り返してくれた。守ってくれた。このことをきっかけに、葉は真以に心を寄せはじめる。周りから「関わらんほうがええよ」と言われたが、強くて勇敢で恰好いい彼女は葉の憧れとなった。

なんで、私を裏切ったの。

母は3ヶ月どころか、1年待っても迎えに来なかった。葉と真以は、高速船で隣の島の中学校へ通うようになった。

ある日、島にちらほら警察官が見えた。四国からの脱獄犯の男の行方を追っているという。1ヶ月を過ぎた頃、海にのぞむ崖にぽつんとある灯台で、葉と真以は男を目撃する。

通報はしなかった。「二人で秘密を共有していることに私たちはちょっとはしゃいでいた」。ところが――。真以は葉に嘘をつき、脱獄犯と姿を消した。

「毎朝、待ち合わせをし、二人で高速船の甲板に立って海を眺めていたはずなのに。(中略)なんで、私を裏切ったの。どうして、ここに私を置いていったの。私の手をつかんで走ってくれた真以はもういない。私はここから逃げられない」

進んだ背後には道ができる

ここまでが「第一部 海」。「第二部 陸」はそれから約20年後。東京の会社に勤める葉は、男性上司からの執拗なハラスメントに遭っていた。そんなある日、葉は真以と似た人物をネットで見つける。

「島で、海で、高速船で、何度も、何度も見た。あれは、真以の横顔だ」

目に浮かぶような瀬戸内の美しい自然描写。脱獄犯を目撃してからの、いまにもなにかが起こりそうな緊迫感。真以が島から姿を消した理由。そして大人になった2人は再び「友だち」に戻れるのか、それとも......。ザッとしぼっても、本書の読みどころはこれだけある。

最後に、タイトルの意味にふれておこう。「航跡」「航走波」「蹴波(けりなみ)」......。「船が通った跡」には、いろいろな名前があるそうだ。その1つが「引き波」。瀬戸内の穏やかな海は「引き波」がきれいに見えるという。

「揺らいだり、曲がったりしているその道は、波に頼りなくただよっていたけれど、道なき海の面を駆けた確かな証を残していた。寄合の長机を駆け抜けた真以のように、進んだ背後には道ができる」

文芸WEBマガジン「カドブン」では、千早さんのインタビュー「逃げたいときに逃げられるひとは限られている」を公開中。また、「小説 野性時代」公式noteでは、本書の一部を試し読みできる。

「私は、この作品を読み返してみて、見えないところに道を作る物語だと思いました。(中略)この作品はいろいろな要素が入っていて、(中略)どんな物語として受け止めてくださるのだろうと、どきどきしつつ楽しみにしています」(千早茜さんインタビューより)

あなたはこの作品をどう読むか。読者ひとりひとりの受け止め方のちがいも、「見えないところに道を作る」ことになるかもしれない。

■千早茜さんプロフィール

1979年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。小学生時代の大半をアフリカ・ザンビアで過ごす。2008年『魚神』で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年同作で第37回泉鏡花文学賞も受賞。13年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞を受賞。21年『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞を受賞。他の著書に『クローゼット』、『神様の暇つぶし』、『さんかく』、クリープハイプ・尾崎世界観との共作小説『犬も食わない』、宇野亞喜良との絵本『鳥籠の小娘』、エッセイ集『わるい食べもの』、『しつこく わるい食べもの』などがある。

元記事で読む
の記事をもっとみる