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梅雨の花と森の蜂蜜 武蔵野の森の愉しい小径14

  • 2021.7.16
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埼玉県川越市は、今や国内外から年間780万人が訪れる一大観光地──。蔵造りの町並みが続き、江戸時代さながらの情緒が漂う市中心部の一番街は、連日たくさんの人でにぎわっています。一方、市の南部には総面積約200万㎡の広大な森があります。林床に四季折々の植物が生い茂り、樹上では野鳥たちが鳴き交わす大きな森。かつての武蔵野の面影を残すこの森をこよなく愛し、散歩を日課とする二方満里子さん。今回は森の中のハチミツ屋さんも登場します。

ヒメコウゾ

ヒメコウゾ

森の入り口に立つと、いつも少しだけドキドキする。木々の緑が空を覆い、小径は仄暗く、先が見えない。何か未知の世界に入り込んでいくような、ときめきと恐れがある。

童話の「赤ずきんちゃん」がおばあさんにワインとお菓子を届けるために森に入っていく時って、こんな気持ちだったんじゃないだろうか? または、「ヘンゼルとグレーテル」が継母に言いつけられて森に入っていく時も同じような気持ちだっただろう。

さて、今は梅雨。森の入り口を覆っているのはヒメコウゾである。じつは、この木は去年まで木苺の仲間だと思い込んでいた。6月、オレンジ色の透き通った小さな実を点々とつけていた。誘惑に負けて一粒口に放り込んだら、甘くておいしかったので、木苺に違いない、と決め付けていたのである。

ヒメコウゾ

しかし今年の春の散歩の折、葉を茂らせ始めてきた枝先に不思議な形状の物体が付いているのに気付いた。一つは、ブラシのような赤紫色の細い毛を放射状に伸ばしている1cmくらいのボール。もう一つは茶色の1cmほどの球体に白い点々がついている物体。

一見、虫にすら見えるほどの奇妙さにびっくり! 早速調べてみると、「ヒメコウゾ」という名前だと判明した。ブラシ状の球体は雌花、茶色の球体は雄花だった。

ヒメコウゾは、クワ科コウゾ属の落葉低木。和紙の原料として使われるコウゾは、ヒメコウゾとカジノキの雑種である。ヒメコウゾも古くは和紙の原料として利用されたようだ。

中学生の歴史の教科書に、「歴史の中の植物」の一つとしてコウゾの花の写真が掲載されていた。その花は、ヒメコウゾの花と全く同じだった。

雌花は、その中心が少しずつ大きくなっていったが、赤紫色の細い毛はそのまま残っていて、大きくなっていく緑色の中心に飲み込まれるように見えた。やがて、オレンジ色でゼリー状の果肉が表面を覆って、ヒメコウゾの実が完成。

今年も口の中に放り込んで、味を確かめた。とろりと甘い味は去年と同様である。しかし、去年はあまり意識していなかった口の中の違和感をはっきりと感じた。口中のトゲのような異質物は、雌花を形成していた細い毛の名残なのだろう。それは「歴史の中の植物」としての存在を主張しているかのように感じられた。

梅雨の花は、ピンク色!?

ホタルブクロ
ホタルブクロ

ホタルブクロは、淡いピンク、濃い赤紫色、白の花色があるが、この森では淡いピンクの花を見ることが多い。散歩の小径沿いにうつむいて咲いているホタルブクロ。森のあまり陽の差さない林床には生育せず、チラチラ陽のあたる場所を好むようだ。もっとたくさん咲いてほしいが、一面に咲いている姿は見たことがない。たくさんは咲かないというのが、ホタルブクロを可憐ではかなげな野の花に見せているのかもしれない。

今、散歩道にあふれんばかりに咲いているのはドクダミの白い花である。

シモツケ
シモツケの花

ギボウシの幅広の葉が目立ち始め、花茎も上がってきた。その隣でピンク色の小さな花が集まって咲いているのはシモツケ。この森では、ここだけで見つけた貴重な1本である。5mmほどの5弁の梅のような花から、長い雄シベを25〜30個を突き出しているので、全体が霞がかかっているように見える。バラ科シモツケ属の落葉低木で、日本および朝鮮半島、中国西北部にかけて自生している。

ヤブコウジ
ヤブコウジの花

ヤブコウジの花が咲いているのを見るにはしゃがまなければならない。ヤブコウジは草丈が10〜30cmと低い上に、葉の下に隠れるように1cmほどの淡紅色の花を咲かせるからである。葉は深緑色で光沢があり、常緑。地下茎で増えるため、おおむね群生している。

梅雨の頃、ピカピカ光って存在感のある6〜13cmくらいの葉が茂っている低い群落をみつけたらヤブコウジかもしれない。ヤブコウジなら、小さなピンク色の花が下向きにひっそり咲いている。

ヤブコウジの実
mayu0616/Shutterstock.com

小さな花は、冬に赤く艶やかな実をさくらんぼのようにつける。そのためヤブコウジは、正月を飾る縁起物として、センリョウ(千両、センリョウ科)、マンリョウ(万両、サクラソウ科)と並べて、ジュウリョウ(十両)とも呼ばれている。

しかし、なぜヤブコウジは「十両」なのだろう? 確かに、センリョウやマンリョウに比べたら、背も低く花つきも少ないので、お安い「十両」と呼ばれたのだろうか。

しかしヤブコウジが大流行し、現代のお金で1千万円もの高額で取引されるというとんでもない時代があった。明治20年頃、斑入り株などの葉の変わりものが流行した時である。ついには、「ヤブコウジの投機的売買につき取締り規則」が公布されるという騒ぎに発展してしまった。

ブームは大正後期まで続いたそうだ。

この森では3カ所ほどのヤブコウジの群生地を確認しているが、斑入りの葉は見たことがない。見るだけでもめでたい気分になれそうである。

私の小さな庭には、鳥が運んできた種からマンリョウとセンリョウが芽を出し、元気に育っている。この度、地下茎で増える十両を園芸店で見つけ買ってきた。500円だった。

ムラサキシキブ
ムラサキシキブ

ムラサキシキブの花が6月から7月にかけて咲くのは知っていた。が、森の散歩道を「ムラサキシキブ通り」と名付けたいほどたくさんの木があったとは、気づかなかった。

花は5mmほどで、とても小さい。枝元から順次咲き上がっていくので、目立たないのである。しかし、眼を凝らせば、濃いピンク色の花に黄色の雄シベのコントラストが鮮やかだ。

秋の紫色の実が大変楽しみである。ただ、実がぎっしりつく園芸種の「コムラサキ」と比べて、ムラサキシキブは実がまばらにつくそうだ。見逃さないように、「ムラサキシキブ通り」をチェックしなければならない。

ムラサキシキブの花

梅雨の時期、曇り空の下を散歩する人々の心をそっと慰めるように咲くピンク色の花たち。梅雨の贈り物である。

ホタルブクロ、シモツケ、ヤブコウジ、ムラサキシキブは、日本をはじめとする東アジアを自生地とする植物である。そして、シモツケ、ヤブコウジ、ムラサキシキブの学名には、属名の後に共通して「 japonica 」がつくのも、なんだか嬉しい。

ヤギと丸子農園

丸子農園

「丸子農園」の存在を知ったのはもう何年も前。

突如、森の一画がフェンスで囲われ、中からヤギの姿が見えた。

時折「メエー」という派手な声とヤギの首に取り付けられている鈴が鳴る陽気な音!?

いったい何が始まったのかと思った。

白い大きな門扉にお知らせの紙が貼り付けてあった。それには

「丸子農園では、農家が果実や野菜の受粉を手助けする交配用ミツバチを人工育成しています。ミツバチが集めてきた蜜は、新たに生まれたミツバチ群のエサとして使用しています。新たに生まれたミツバチに与えなかった分のハチミツは春(6月)と晩秋(11月)にのみ販売します。販売できるハチミツがある時は、掲示板でお知らせいたします。」

と、あった。

ようやくことの次第は判明し、是非ハチミツを買いたいものだと思った。

しかし、その機会はなかなか訪れず、農園に時々人とヤギの声は聞こえたが、門扉は閉ざされたままだった。

今年の6月中旬、農園の前で立ち話をしていた婦人から、6月の最終土曜日が販売日であること、それまでにハチミツを入れるビンを預けておくこと、などの情報を得た。さっそく、大小2つのビンを持参し、カレンダーにメモをして土曜日を待った。

当日午後4時過ぎ、遅かったのでお客は私一人。農園主から少しお話が聞けた。

ハチミツは西洋ミツバチが集めたもの。日本ミツバチも飼っているが、これはなかなか飼うのが難しいそうだ。見せてくれた日本ミツバチは、西洋ミツバチより少し小ぶりで、灰色と黒の縞模様で、地味な印象。気難しい性格で、気に入らないとすぐ巣箱から姿を消してしまうそうだ。西洋ミツバチは、黄色がかった体色に黒い模様がはっきりして、私がイメージする「ハチ」にぴったりの陽気な印象。

養蜂は、夏越しと冬越しが難しいそうだ。森の中は夏は涼しく、冬は木々が落葉するから存分に陽がさすので暖かい。木立のおかげで風も防いでくれる。森は養蜂には優れた環境だと農園主は力説された。

「このハチミツはどの花から取れたんですか?」と質問を向けると、

「いろんな花からですよ。」と、あっさりかわされてしまった。そして、夏は樹液も集めてくるので、夏から秋にとれるハチミツは春のものより色が濃いという。

丸子農園のヤギ

飼っていたヤギは全部で5頭。ヤギに視線を向けている私の質問を察知して説明してくれた。それによると、ヤギは森を散歩する人がハチを怖がらないようにする、いわば陽動作戦だそうである。

農園の真ん中に置かれている、20箱以上はある巣箱に不審感と恐れを抱く人は、確かにいるかもしれない。けれども、ヤギの首につけた鈴が「カランコロン」と音を立て、「メエー、メエー」と鳴けば、その牧歌的な風景のほうに注目するだろう。この奇想天外で楽しい作戦は大成功というわけだ。

もっとも私はハチが怖くない。花に寄ってくるハチたちは人間には全く関心がないことを知っている。出会い頭にハチに差されたことがあるので、注意はするが。

ハチミツ

いろんなお話を伺い、ハチミツ965gにつき、3,130円(消費税込み)を払って、農園をあとにした。

ハチミツと蜜源植物

ミツバチとラムズイヤー

武蔵野の森でとれたハチミツはどんな味か。期待いっぱいで一匙すくって味わう。

さっぱりしているのに、とろりと舌にとろける濃厚な甘さ。この甘さは、ハチたちが、いろんな花たちの蜜をとって巣箱に運んでから、懸命に蜜を濃縮する作業を行った結果である。スイカズラの花の蜜を吸ったことがあるが、こんなに甘くないのだ。

口から鼻に広がるふんわりした香りは、なんの花の香りとも形容できない。幸せに香りがあるとしたら、こんな香りかな?

ハチミツを味わいながら、考えた。

ミツバチたちはどんな植物から蜜を集めるのだろうか。丸子農園主は、いろんな植物と答えておられたが、私はその名前が知りたい。レンゲ、クロバー、アカシア、ソバ、ラベンダーをはじめハーブ類などが蜜源植物であることは知っている。が、それでは、森の木や下草の中で、どんな植物が蜜源になるのだろうか。そして、もっとミツバチの生態についても詳しくなりたい。

私の今年の夏休みの宿題である。

Credit

写真&文/二方満里子(ふたかたまりこ)
早稲田大学文学部国文科卒業。CM制作会社勤務、専業主婦を経て、現在は日本語学校教師。主に東南アジアや中国からの語学研修生に日本語を教えている。趣味はガーデニング、植物観察、フィギュアスケート観戦。

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