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相模原の殺傷事件から着想 “社会の闇”を描くミステリー小説

  • 2021.7.5
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東北の七重町に暮らす高校生の美和は、人ならざるものを幻視する体質。ある雪の日、何かに導かれるように見知らぬ場所に迷い込んだ彼女が見つけたのは老いた男の他殺死体だった――。倉数茂さんの新作『忘れられたその場所で、』は、そこから土地に刻まれた暗い歴史に斬り込んでいく社会派ミステリー。

雪降る田舎町で発見された遺体の謎。幻想と社会派小説の美しい融合。

架空の七重町を舞台に美和たち滴原兄妹が事件に遭遇するシリーズの第3弾。しかし本作の中心人物は死体の謎を追う若手刑事の浩明で、前2作を知らなくても十分楽しめる。

「第1作の『黒揚羽の夏』は新人賞に応募したデビュー作ですから、続編は考えずに書いたんです。でもそこから壮大なストーリーを思いついてしまって(笑)。シリーズで一貫しているのは、美和が不思議なものに出会ったことから、消されてきた記憶が蘇るというパターンです。今回は少年少女たちが事件を解決していくより刑事を据えた方がスムーズにいくと思い、警察小説の枠組みを活用しました。ただ、そこに幻想要素も加え、オリジナリティを出せたかと思います」

浩明と、彼とコンビを組む刑事で異端視されているシングルマザーの絵美の地道な捜査を主軸に、所轄と県警の軋轢や、七重町の経済を牛耳る大真知家の闇といったサイドストーリーも進行。冬の七重町の静謐な姿を遠景に、社会的に弱い立場の人々の姿をちりばめながらスリリングに謎解きは進む。

記憶をモチーフにする際、忘れ去られた人、見過ごされてきた人を掬い上げるのが倉数作品の特徴だ。

「僕は文学研究者でもあるんですが、それも主に大正~昭和をフィールドにしていました。いま自分が生きている社会の中に過去の痕跡を感じて、遡って考えることが多いんです」

本作の着想のひとつには、2016年の相模原障碍者施設殺傷事件があったという。

「あの事件にはものすごく衝撃を受け、いろんなルポや証言も読みました。“誰でもよかった”という通り魔的な殺人とは違い、論理を持って多くの人を殺あやめたという事実が非常に辛い。あの事件を直接書くのではなく、過去に置き換える形で物語にしようと考えました」

浩明が過去に差別されていたハンセン病患者について専門家に話を聞く場面がある。そこで語られることに読者も驚くはずだ。

「患者たちが、わりと最近までひどい扱いを受けていたこと、それが知られていないことに驚きますよね。患者の家族も口をつぐみ、社会から見えないようにされていたんです」

実は浩明には障碍のある弟がいる。だからこそ事件の核心に迫るうち、自分自身を見つめ直すことになる。

「大学時代、障碍者の弟さんを持つ友人がいたんです。彼は“将来自分が弟を養わないといけない”とさらりと言っていた。卒業後も、ふっと彼のことを思い出すんです。二十歳前後の学生がああ考えているなんて重いことだな、って。そういう家族を持ち、若いうちから一生単位で生き方を考えているけれど、口にしない人は現実にたくさんいる。浩明は、まさにそういう人なんです」

やがて浮かび上がる真実は予想外のもの。ミステリーとしても、幻想小説としても超一級の読み心地だ。

「今回はスピーディに話を進めようとしたので滴原兄妹のことはそこまで細かく書けなくて(苦笑)」

と言うが第1弾で夏、第2弾で秋、今作で冬が描かれたのだから、第4弾もあるはず…と、期待が高まる。

倉数茂『忘れられたその場所で、』 東北の田舎町・七重町に暮らす高校生の美和は、ある雪の日、下校途中に道に迷った末、老人の他殺死体を発見。刑事の浩明は殺された男の過去を探るうちに、町の意外な歴史に行き当たるのだった。ポプラ社 1870円

くらかず・しげる 2011年『黒揚羽の夏』でデビュー。‘18年『名もなき王国』で日本SF大賞、三島由紀夫賞にノミネートされた。他の著書に『始まりの母の国』『魔術師たちの秋』『あがない』。

※『anan』2021年7月7日号より。写真・土居麻紀子(倉数さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・瀧井朝世

(by anan編集部)

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