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知っていたら、真のカレー通? 「辛さマシマシ」を生み出した元祖のお店はどこなのか【連載】アタマで食べる東京フード(17)

  • 2021.6.27
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味ではなく「情報」として、モノではなく「物語」として、ハラではなくアタマで食べる物として――そう、まるでファッションのように次々と消費される流行の食べ物「ファッションフード」。その言葉の提唱者である食文化研究家の畑中三応子さんが、東京ファッションフードが持つ、懐かしい味の今を巡ります。

70年代、辛さレベルを導入して話題騒然

「神田をぶらついていたら、ボルツを発見!」という報告を友人がくれて、あまりの懐かしさに見に行ってきました。

「ボルツ」は、日本ではじめて「〇倍」と、カレーの辛さを数値化した激辛カレー元祖の店です。

この看板を見て、吸い寄せられる客は多い。ターバンを巻いたインド人は70年代から親しまれているキャラクター(画像:畑中三応子)

現在「洋麺屋五右衛門」などを経営する日本レストランシステム(渋谷区猿楽町、旧ショウサンレストラン企画)が渋谷宇田川町に1号店を開店したのは、第1次石油ショックで高度経済成長が終焉(しゅうえん)を迎えた1974(昭和49)年のこと。

暗い世相の最中でしたが、カレーの辛さを表示するのに「甘口、中辛、辛口」くらいしかなかった当時、辛さのレベルを数字で表して倍増できるシステムが若者のチャレンジ精神を刺激し、話題騒然に。全盛期の80年代にはチェーン店が全国約50店に達する人気店になりました。なお、「激辛」は1986年に新語・流行語大賞の新語部門・銀賞を獲得した新しい言葉です。

一世を風靡(ふうび)したボルツですが、現在残っているのは神田と栃木県宇都宮の2店のみ。神田店(千代田区神田錦町)のオープンは1980年、店長の倉田茂樹さんがボルツならではの味とスタイルを守っています。

インドカレーと欧風カレーの違いとは

ボルツが創業した70年代は、インド料理店が増えて辛口の本格インドカレーが注目を集めはじめていた頃。

もともと日本のカレーは、イギリス経由で入ってきた欧風カレーが中心で、辛さの注目度は高くはありませんでした。欧風カレーが小麦粉でとろみをつけるのに対し、インドカレーは小麦粉を使わないためサラサラして、スパイシーなことが少しずつ周知されるようになった時代です。

欧風カレーは、小麦粉を油脂で炒め、そこにカレー粉を加えてルーを作ってブイヨンで溶きのばすという作り方。料理書で紹介されたのは1872(明治5)年と非常に早く、明治後半から都市部の庶民層に普及していきました。

欧風カレーのイメージ。もともと日本でなじみ深かったのは、小麦粉でとろみをつけるこのタイプのカレーだった(画像:写真AC)

西洋料理のなかでは手軽に作れることと、ご飯をおいしく食べられて日本人の味覚にマッチしたのが、早く普及した理由でした。

読売新聞の家庭欄で最初にカレーのレシピが載ったのは、1915(大正4)年。

このときは分量が書いていないので辛さは不明ですが、1937(昭和12)年の「鶏入ライスカレー」は5人分でなんとカレー粉たったの小さじ1杯、1938年の「ライスカレー 果物添え」では5人分で茶さじ2杯ですから、現代人にとってはカレーの香りはするが、辛みをほとんど感じない、という程度だったと思われます。

「舌も胃も震える極辛カレー」の登場

そういう時代が長く続いたので、ボルツはさぞや衝撃的だったに違いありません。70年代から80年代にかけての雑誌記事からは、その気分が伝わってきます。

『週刊朝日』1976年7月30日号「舌も胃も震える極辛カレーで暑い夏を嗜虐(しぎゃく)した」という記事では、ボルツの辛さを「強烈な必殺回し跳び蹴り」と表現。半分食べたところで「食道から胃にかけて、まるでその形が感じとれるごとく熱い。背筋が伸び、肩に力が入る」「三分の二。汗ふきだし、鼻水あふれ、目尻に涙にじむ」と書かれています。

当時人気のあった情報誌『アングル』1978年5月号によると、ボルツ池袋店ではソースが2種、中身が5種、辛さは20倍まで選べ、4倍で赤唐辛子の辛さが体験でき、20倍を食べた人は記念写真を撮って店内に貼りだしてくれ、すでに1800人が達成したとのこと。「日本人の味覚はどうなっているんだろう」と結ばれています。

値段は500~800円、辛さによって50~200円増し。当時としてはちょっと高めのカレーでしたが、店はいつでもチャレンジャー客であふれていました。こうして激辛をゲーム感覚で楽しめるようにしたのも、ボルツの功績でしょう。

アサリと野菜のカレー800円。5倍までは+50円、6~7倍は+100円、8~12倍+150円、13~14倍+200円、15~20倍+250円、30倍+350円。薬味が豪華なのも創業以来(画像:畑中三応子)

ボルツ神田店の倉田さんにお聞きしたところ、「最初は20倍までだったが、池袋店が30倍をはじめ、ほかの店もならった」とのこと。ソースは現在1種で、具は昔も今も変わらず、チキン、ビーフ、アサリ、エビ、ベーコンの5種が基本。それにトマト、野菜、生卵かゆで卵をミックスできて800~850円。70年代の値段と大差ないのが印象的です。

辛さ7倍は「インド人もビックリ」

現在のメニューには、「ホット 程よい辛さ」「2倍 舌にピリッと刺激的」「3倍 タバスコ位の辛さ」「4倍 背中にも汗が」「5倍 涙が止まらない」「6倍 全身に汗が」「7倍 インド人もビックリ」と説明があります。

そうなると、30倍がどんな辛さか知りたくなるのが人情ですが、辛いというより「痛い」レベルとのこと。実は倉田さん自身はカレー自体は大好きだが辛いのは得意ではなく、せいぜい3倍までしか食べないのだそうです。

メニューに輝く「辛さの元祖はボルツです」の一文。70~80年代は、ボルツに行って辛いカレーに挑戦するのが一種のファッションだった(画像:畑中三応子)

倉田さんによると、「辛みのもと」の材料が2種類あり、9倍までは1種、10倍~30倍は2種足すそう。『週刊現代』1981年1月23日号に載っているボルツ高田馬場店のレポートにはこうあります。

「三倍まではカレーパウダー(セサミオイル、生姜、ガーリック、青唐辛子、ポピンシード、ターメリック、コリャンダーの七種類のスパイス)を普通の辛さのルーに加え、九倍まではグリーン・チリ(青唐辛子を酢につけたもの)をおろして入れる。十倍以上になると、ビンダロ・ペースト(カレーパウダーと香辛料の成分はほぼ同じだが、混合比が違う)を加えてでき上がり」

「カレーパウダーは口やノドを、ビンダロ・ペーストは胃を刺激する味をもつ。辛さが一段階上がるにつれて、小さじ一杯分ずつ、それぞれ香辛料を増やしていくわけだ」

常連も若者もついハマるおいしさ

説明から察するに、単純に赤唐辛子を足すのではなく、秘伝の調合スパイスを使うところが、ボルツのうまさの秘密のようです。

通りかがりの客はみな「あの、ボルツ?」と懐かしそうに入ってきて、常連はほぼ全員が30倍を頼み、若い客は「CoCo壱番屋」方式で“〇倍”ではなく“〇辛”と注文するそうです。

いまではCoCo壱番屋のみならず、辛さを数値で選べるカレー専門店は珍しくなくなりました。「今年(2021年)で41周年。もう古希だから、あと2、3年かな」と語る倉田さんですが、ルーツの味はできるだけ長く続けてほしいものです。

畑中三応子(食文化研究家・料理編集者)

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