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旅の始まりとビッグマック|世界のハンバーガーとホットドッグとクラフトビール②

  • 2021.6.19
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2021年7月号の特集テーマは「ハンバーガーとホットドッグとクラフトビール」です。自転車で世界一周を目指し、アラスカへと降り立った石田ゆうすけさん。景気よく旅を始めようと思っていたようですが――。

旅の始まりとビッグマック|世界のハンバーガーとホットドッグとクラフトビール②

■思いもよらぬ「最初の晩餐」

自転車世界一周という旅を7年半かけてやったのだが、最初の食事はハンバーガーだった。
ほんとは景気づけにステーキでも食べようと思っていたのだが、なぜか5ドルのハンバーガーになった。

世界一周という旅にこれといった定義はない。旅人各自のこだわりがあるだけだ。
僕のこだわりは「自転車のわだちだけで世界地図とわかるように走る」というものだった。そのためには各大陸の端から端まで走る必要がある。
最初の国はアメリカと決めていた。その北の端っことなるとアラスカだ。自転車と大量の荷物を機内に預け、関西空港からアラスカの玄関口、アンカレジに飛んだ。

昼前に現地に着くと、段ボール箱から自転車を取り出し、組み立てていく。ところがネジがうまく合わない。あれ、どうだっけ?こうだっけ?と力任せにやっていたらネジ穴がつぶれ、血の気が引いた。機械が苦手なのだ。

ごまかしごまかし組んで、なんとか走れる状態に仕上げるまでに6時間近くかかり、出発は夕方の4時になってしまった。
でもま、今日は空港から10㎞あまりのアンカレジ中心部までだ。のんびり走っても1時間あれば着く。
走り始めると、荷物の重さにゾッとした。ハンドルがぐらぐら揺れてコントロールがきかない。車道にはみ出していき、パパーン!と耳をつんざくようなクラクションが鳴らされる。こんな自転車で世界をまわるのか、と目の前が真っ暗になった。

さらにはどっちに行けばいいのかさっぱりわからなかった。歩いている人に道を尋ね、説明を聞きながら、「アイシー(なるほど)、アイシー」と相槌を打っていたが、ほとんどチンプンカンプンだった。
4年前に世界一周の前哨戦としてニュージーランドを2ヵ月走ったときは英会話にも少しは慣れた気がしたし、その後もNHKのラジオ英会話を熱心に聴いていたのだが......。

「アイシー」を繰り返しながら、彼らが最初に指し示す指の方向を覚え、とりあえずそっちに走ってみて、またわからなくなったら人に尋ねる、というやり方で進むと、自分がどこにいるのかまったくわからなくなった。重い自転車をこぐのにも疲れ、何度も休み、また人に聞いて進み、というのを延々と繰り返し、市内中心部のユースホステルに着いたのはなんと出発から5時間後の21時過ぎ。もう体力が残っていなかった。一歩も動けない。そんな僕にスタッフはひと言、「満床です」「え?」
アラスカの宿なんてどこも空いているだろうと思っていたから、日本から予約をとっていくなんて考えもしなかった。ネットが普及する前のことで、情報は皆無に等しかったのだ。
疲弊しきっている僕を、スタッフは憐れに思ったのか、あちこちの安宿に電話をかけ、1ベッドの空きを見つけてくれた。その宿は5時間前に発った空港の近くだという。......泣いてもいいですか?

スタッフは親切に地図まで書いてくれた。外に出ると、ユースホステルの前に座り込んだ。
30分ほどそうしていると、なんとか体が動くようになった。
スタッフが書いてくれた地図を見ながら、それでも方向音痴の僕は迷いに迷って1時間以上かかり、宿に着いたときは午後11時になっていた。
ステーキを出すような店はもう開いていなかった。そうでなくても郊外のその宿の周辺は閑散としており、唯一開いていたのはマクドナルドだけだった。いきなりこれか、と力が抜けたが、他に選択肢はない。

店員の女性は愛想がないどころか、怒っているようだった。僕は委縮しつつビッグマックとサラダとコーラを頼んだ。
ビッグマックは日本のものとは箱が違った。緩衝材のような茶色い紙の箱で、日本から来たばかりの僕の目にはずいぶんとラフに映った。
中身のビッグマックはパッと見は同じだったが、かぶりつくとなんとなくにおいが違った。バンズも少しパサパサしている気がする。
サラダは量が多く、チーズがかかっているのがうれしかったが、あんまり味がしなかった。疲れすぎていたのかもしれない。

[dancyu]

このあと、アメリカとカナダを約半年旅するのだが、チェーン店のバーガーには数えきれないくらいお世話になった。安価な値段で僕の体を支えてくれたことには感謝しつつ、しかし、いつも同じ味の食べ物たちは記憶から完全に消えている。鮮明に残っているのは、最初の夜のあのマクドナルドのビッグマックだけだ。前回の話に書いた、初海外のニュージーランドで初めて食べた巨大バーガーや、田舎の少年時代、初めて食べたハイカラなホットドッグと同じく、やはり"ファーストコンタクト"はのちのちずっと残るものらしい。

であれば、あの最初の夜、予定どおり景気づけのステーキを食べていたら、生涯忘れえぬご馳走になったのかもしれない。そう思うと少し残念な気がしなくもないが、深夜のマクドナルドで過ごしたあの時間も、あれはあれでなんだかよかった。旅への不安や心細さが渦巻いていた心情と、ほどよくないまぜになって。

文:石田ゆうすけ 写真:石田ゆうすけ/出堀良一

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