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御霊前か御仏前か、迷う必要なし 香典の「表書き」に“正しい”マナーはない

  • 2021.6.18
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香典の表書きで迷ったら…
香典の表書きで迷ったら…

「いつからが『御仏前(ごぶつぜん)』になるんだっけ?」

香典を準備するとき、「表書き」について悩むことがあると思います。仏教では一般的に、故人は四十九日の法要を経て“仏”となるので、法要以降は「御仏前」、四十九日より前の場合は「御霊前(ごれいぜん)」になるといわれています。迷ったら、「御香典」と書いてある不祝儀袋を買えば問題ありません。

「ハスの花の柄」神道では失礼?

よく、「ハスの花の柄が入った不祝儀袋は仏教用で、キリスト教や神道では失礼にあたるのでNG」というマナー講師がいますが、あれは完全に“言い過ぎ”です。確かに、一部には慣習に厳しい人がいるにはいます。しかし、実際のキリスト教の信者さんたちは葬儀の際に弔意として頂くお金について、たとえ表書きが「お花料(お花代)」でも「御霊前」でも気にしない人が大半ですし、神道の場合も、表書きを「御香典」で持って来られてもほとんどの人が気にしていません。

もし、間違ってしまったら、「すみません。神道(あるいはキリスト教)だと知らなかったものですから」と頭を下げれば、それ以上責められることはありません。日本での葬儀の頻度が少ない宗教のことは多くの人が分からないので、「当人たちが失礼に扱われて怒るから、正しいマナーを身に付けなくてはいけません」とマナー講師は言いますが、そんなことはないのです。

葬祭業に携わる筆者の経験上、キリスト教や神道で葬儀を行う遺族側は、自分たちの信仰する宗教での葬儀の頻度が少ないことは分かっていますから、弔問客が自分たちの信仰での葬儀のやり方に不慣れでも、「よくあることですから」とわりと寛容に受け入れてくれるものです。

もし、遺族側が「不祝儀袋にハスの柄が入っていたから失礼」「『御香典』という表書きだったから、私たちの信仰をないがしろにしている」と言うのであれば、今度は、せっかくの弔意を受け取る側がむげにし、「不手際があったから、弔意を受け取らない」という別の“失礼”が生み出されることになります。大切なのは、亡くなった人に敬意を持って弔問すること、そして、不祝儀袋にお金を入れ忘れないことです。

「宗派で表書き異なる」の真偽

マナー本で表書きの所を見ると「浄土真宗では、亡くなるとすぐに極楽浄土に往生するので『御霊前』は使わない」などと書かれていることがあります。しかし、「では、浄土真宗の場合は『御仏前』にすればいいんですね。ありがとう、マナー講師」とはなりません。

先述しましたが、表書きが気になる場合は「御香典」を使ってください。「御香典」はどちらでも使える“万能”の表書きです。葬儀業界では「御霊前/御仏前論争」は「御香典で統一」ということで決着が付いています。困るのはマナー講師だけです。

実際のところ、仏式の葬儀の訃報で「○○宗で行います」と記述されているのを少なくとも筆者は見たことがないため、そもそも、弔問する側が事前に遺族側の宗派を把握できないケースの方が多いのです。例外として、「この地域は浄土真宗ばかり」「100%ではないけれど、95%以上が浄土真宗の家だから」という理由で「御仏前が一般的」というケースはあるようです。

一方、キリスト教は日本での信者数が比較的少なく、神道式での葬儀は少ないので、訃報に「葬儀はキリスト教式で行います」「神道で行います」と書き添えてあることが多いです。

弔意を込めたお金は家で準備して、「御霊前」や「御仏前」として持参するものです。だからこそ、「知らされていない情報を判断するのは難しい」ということで、厳密な区別ができなくても失礼には当たりません。宗派ごとの作法があるにしろ、一般会葬者にそこまでの強制はできないですし、受け手側が柔軟に対応した方がやりやすいからです。

大事なことですので、ここで一度おさらいをしておきましょう。「悩んだら『御香典』」「もし間違っても、そんなに責められることはまずない」。一貫して、お伝えしたいのはこの2点です。ではなぜ、こんなに「表書きの使い分けの話」が氾濫しているのか。それは「マナー講師の飯の種」だからです。

画一的な「絶対正しい」はない

「浄土真宗は『御仏前』。では、他の宗派のときは『御仏前』ではいけないのか?」。そんな疑問を持つ人もいるかもしれません。答えは「いいえ、全く問題ありません」です。というよりも、他宗では「一般弔問客の香典の表書きに言及していない」というのが実際のところです。知り合いのお坊さん数人に聞いてみましたが「仏式のお葬式なんだから、『御仏前』でもいいんじゃないの」と“御仏前肯定派”の方が多かったのです。

浄土真宗側からすると、考え方の説明はさまざまにあるようですが、「霊」という言葉を使わないというのが作法です。そのため、ちょうちんを飾るときも「御霊灯」という表記は禁止です。「“霊”の使用禁止」という作法は葬祭業に携わっている人なら皆知っている「浄土真宗さんのドレスコード」的なもの。そのため、表書きには「御霊前」と書かないのが原則ですが、実際に香典を受け取るのは遺族ですから、そこまで厳密な運用をしていないのが実情です。

また、中には、緩やかに運用している浄土真宗の住職もいます。それは香典のやりとりが葬儀本体ではなく、「みんなが行っている風習の部分だから、僕らがとやかく言うことではない」とする考えからのようです。

「正しい表書き」とはとても難しいもので、何が正しいのかは構成集団や先例、論理性の中で決まります。一概に「正しいマナーはこれ」と教える人はマナーそのものが分かっていないといえます。正しさの定義は変化するものであり、「どの集団で、どのようにやってきたか、今どうしているか」がマナーの本質だと思うからです。

表書きに限らず、マナーとは歴史であり、文化そのものです。その土地、その集団においての「正しさ」ですから、画一的な「絶対正しいもの」はあり得ないのです。

佐藤葬祭社長 佐藤信顕

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