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全仏オープン覇者らは、大坂なおみの棄権をどう見た?

  • 2021.6.8
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23歳の日本人チャンピオンは、全仏オープンの2回戦直前で辞退を表明した。異例か、それとも革新か?全仏の覇者たちがこの騒動を振り返る。

全仏オープンからの辞退を発表する前の2021年5月6日、フィリップ・シャトリエのコートで練習する大坂なおみ。 photo : Getty Images

世界ランキング2位の大坂なおみは、5月30日に行われた全仏オープンの1回戦の後、急きょ大会の棄権を発表した。23歳の大坂は、ツイッターで長文のメッセージを発表し、「大会、他の選手、そして私の健康のためにも、大会を棄権します。みんながパリでテニスに集中するためにも、これがベストだと思っています」と述べた。前回の全豪オープン覇者の大坂が、全仏大会前の記者会見、そして1回戦、ルーマニアのパトリシア・マリア・ティグとの試合後の記者会見を拒否した数日後の出来事だった。

大坂なおみは、パリに到着する前から記者会見には応じない意向を示していた。「何度も同じような質問をされ、疑念を抱く質問を受けることも多い。自分を疑う人たちの前に出たくはない」。大坂は、「大会の統括組織が『会見するか、さもなければ罰金だ』と言い続け、参加選手にとって重要なメンタルヘルスを無視し続けるのであれば、笑うしかない」と語っていた。

結果、メディアに対する契約上の義務を果たさなかったことに対し、12,300ユーロ(約160万円)の罰金を課せられた大坂は大会を去った。世界で最も報酬を得ている選手(2019〜2020年で3700万ドル)にとっては些細なことだが、意図したかどうかにかかわらず、この一件はアスリートの報道をめぐって、議論を巻き起こした。

メディアマネジメント

「メディアのルールが時代遅れなのかどうかはわかりませんが、確かなことは、大坂なおみ選手の行動によって、本当の意味での議論が始まったということです」。全仏オープンの元チャンピオンであるマリー・ピエルスは、フランスのマダムフィガロの電話でのインタビューにこう答えた。ジュスティーヌ・エナンも、「ルーティンになっているメディアのあり方を打ち破るためにも、見直すべき点はある」と語り、会見によって、選手たちに「しばしば過剰なプレッシャー」がかかることを認めている。

メディアによる会見の要請は以前は存在しなったのだろうか? 「10年前、20年前は、ただテニスをしているだけでよかった。お金の話もなく、ビジネスの面でも状況はいまとは違いました」と2017年からフランス・テレビジョンの相談役を務めるマリー・ピエルスは語る。7つのグランド・スラムタイトルを獲得したベルギー出身のエナンは、「会見についてはそれほど疑問に思ったことはなく、選手としての義務だと思って受けていた」と語る。「敗戦後の記者会見が楽しかったか? もちろん、そんなことは決してない。しかし、それもいわばルールのうち。メディアがなければ私たちはあのようなチャンピオンにはなれなかったでしょうから」

しかし、SNSは世界を変えた。映画や音楽、スポーツなどの著名人をはじめ、スターは、もはや雑誌の上でだけで誕生するものではなくなった。「“メディアマネジメント”は、選手にとってますます重要な要素となっている。多くを享受するようになったのと同時に、多くのことが複雑になった」と語るのは、全仏オープン期間中、フランス・テレビジョンの相談役を務めるエナン。「私たちの頃は、ジャーナリストを通してコミュニケーションを取らなければならなかった」というのは、マリー・ピエルスだ。「今日、彼らはメッセージを伝えるために、フェイスブックやツイッター、インスタグラムを持っている」。

このような新しいツールを使えば、論理的には報道機関は彼らにとってあまり役に立たず、あまりにコントロール不可能なものに思える。「私自身、インタビューの中で、ジャーナリストに言葉を歪められたり、否定的な見方をされたり、部分的にコメントを切り取ったりされたことがある」と語るマリー・ピエルスは、今日、大坂なおみのような選手たちが、自分たちのコミュニケーションを自分で制御したいと考えることに理解を示す。「彼女は正しい。何が問題なのかわからない」

かけ離れたイメージ

今回の一件で記者会見の必要性・不必要性についての議論が始まったことを通して、何よりも問題になっているのは、大坂のメンタルヘルス、ひいては選手たちのメンタルヘルスだ。「チャンピオンたちは皆、絶えず厳しさの中に置かれている。全仏オープンやウィンブルドンでの一瞬だけの問題ではない」と、スポーツ界で活躍する15人の偉大なアスリートの精神を探る『我々のチャンピオン』(Nos champions)の著者、ヴィルジニー・トルシエは説明する。

日本では、大坂なおみはまぎれもないスターだ。息を呑むようなパフォーマンス、そのルックス、過激なメッセージなどであらゆる方面から注目されており、「日本では、彼女は女王」とマリー・ピエルスは語る。プロテニスの世界では有名な極度の恥ずかしがり屋の姿とはかけ離れたイメージだ。「2019年、全仏オープンの3回戦で敗れた後の彼女をフランス・テレビジョンのスタジオに迎えました。わずか21歳で全豪オープンを制したばかりの彼女はとても注目されていた」とジュスティーヌ・ヘナンは振り返る。「その日、彼女の口からなかなか言葉が出て来ず、2問目で我々は質問するのをやめました。彼女が答えることができなかったから」

メディアにとっての未知の存在

その知名度とは不釣り合いなほど恥ずかしがり屋の23歳の選手のメディアへの曖昧な態度は、メンタルヘルスの不調が軽視される世界ではあまり理解されない。

燃え尽きて以前のように報道対応ができなくなった各分野の同世代のスターたち(アンジェル、ジャスティン・ビーバー、ストロマエ...)とも違い、大坂なおみはメディアにとって未知の存在だ。「自分に疑念を抱かれるような質問」が出る記者会見には応じない一方で、2020年9月に開催された全米オープンでは、人種差別的な暴力で亡くなった7人のアフリカ系アメリカ人の犠牲者の名前が書かれたマスクを着用して7試合に臨んだ。全仏オープンの統括組織がスキャンダルだと叫ぶ姿も、20代の若者たちにとっては「だから何?」といったところだ。

「彼女はシャイな女の子で、大勢の人の前に出るのは苦手。一方で、正直な性格で、問題を果敢に提起します」とマリー・ピエルス。「去年はブラック・ライブズ・マターの問題を、そして今年はメンタルヘルスと精神的な健康状態について」

ジュスティーヌ・ヘナンのニュアンスは少し違い、「彼女がメディアから自分の身を守るために全仏オープンを辞退したのであれば、不器用なやり方でした」と述べる。ヘナンは、うつ状態である大坂に対する周囲のアドバイスを疑問に感じており、「大坂の事件」と呼ばれるこの一件が、彼女の引退につながらないことを願っている。「彼女は以前から、近寄りがたく、自分の殻に閉じこもるようになってしまった、と言われていました...」

トルシエは、大坂なおみが「失敗を受け入れるために辞退を決めた」と考えている。「トップアスリートが皆そうであるように、彼女も自分の身体と心からのわずかな信号に耳を傾け、いまは自分との調和がとれていないと感じている。これは強みなのです」

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