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あなたを「生贄」にしようとする人から、どう逃れる?

  • 2021.6.7
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「あの人だけいい思いをするなんて許せない!」「幸せそうな人を見ると、モヤッとする!」「相手が得をすると損した気持ちになる!」......。こうした思考の傾向は、そもそも脳の特徴なのだという。

脳科学者・中野信子さんと、漫画家で随筆家のヤマザキマリさんの共著『生贄探し――暴走する脳』(講談社+α新書)は、負の感情から自由になりたい人に読んでほしい「息苦しさへの処方箋」のような1冊。

はじめに「多様性」と出てくる。

「よく耳にするキラーフレーズ」でありながら、「これの何がそんなに大事なのか、多くの人には実感がないのでは」と中野さんは見ている。そうでなければ、異なる内面や異質な外見を持つ者を、執拗に排除しようと叩き続けることなどしないはずだと。

「実に不思議です。個体ひとりひとりの考え方を聞けば、さほど良識がないとも思えないのに、集団になるとそれだけで凶暴になる。(中略)問答無用で異物を排除しようと、いつも生贄を探している」

「せめて次世代には、教訓を」

「自粛警察」「コロナ差別」など、コロナ禍で他人を叩きたがる人が増えたと聞く。中野さんによると、この「異物を排除しようとする現象」は、どうも社会不安が高まるときに強くなるもののようだ。

パンデミックや自然災害が起こると必ず、移民、特別な仕事に従事する人、一般的ではない振る舞いをする人が、この現象の犠牲になってきたという。「21世紀になった今もなお、ヒトの本質は変わることはないのだと、ぞっとするような思いがします」。

後世、このパンデミックが仮に「2020年のパンデミック」と呼ばれるとしたら、「せめて次世代には、教訓を残さなければ」と中野さん。

「危機的な状況が起これば、少しでもはみ出した者から、生贄に捧げられてしまうのだよと。ヒトは放っておけばそういうことをしてしまう生き物なのだと。だからこそ、知性でそれを押しとどめる必要があるのだということを」

出過ぎた杭は打たれない

本書のキャッチーなタイトルから、とっつきやすい印象を受けた。ただ、実際読んでみての印象は多少異なるかもしれない。脳科学、歴史、宗教などを絡めつつ、時代も国も横断的に書かれている。ややむずかしく感じるところもあったが、とにかくお2人の知識量に驚く。

■目次
第1章 なぜ人は他人の目が怖いのか 中野信子
第2章 対談 「あなたのため」という正義~皇帝ネロとその毒親
第3章 対談 日本人の生贄探し~どんな人が標的になるのか
第4章 対談 生の美意識の力~正義中毒から離れて自由になる
第5章 想像してみてほしい ヤマザキマリ

第1章では、興味深い脳の特徴が紹介されている。

たとえば、自身を正義と信じているとき、どこまでも残虐になれてしまう。集団にとって都合の悪い個体を見つけ出し、排除する仕組みが備わっている。他人の不幸に、思わず喜びの感情が湧き上がってしまうなど。

さらに、日本人は他国よりも顕著に「スパイト行動」(自分が損してでも他人をおとしめたいという嫌がらせ行動)をしてしまうという実験結果があるのだとか。日本人の親切さ、礼儀正しさ、真面目さ、協調性という性質は、「スパイト行動で自分が怖い目に遭わないための同調圧力に起因するものだとしたら」......。

では、自分が「生贄」にされないためにはどうしたらいいか。まず、スパイト行動をとる人が多い環境をなるべく避けること。もし抜け出せない場合、「この人は私の手の届くところにはない特別な能力を持った人」と相手に思ってもらうことだという。

「出過ぎた杭は打たれない(中略)。相手の妬みを憧れに変え、自分を生贄にするよりも、生かして仲良くしたほうが得だと思わせられるようになるまで、自分を磨きぬかねばなりません」

ヒトを危険生物化させるもの

自分が「生贄」にされないことと同時に、自分が「生贄探し」をしないことも意識したい。最後に、第5章の「想像力」にふれておこう。

「想像力の欠如がヒトを危険生物化する」とヤマザキさん。たとえば、自分の考えを自らの力で言語化せず、メディアから発信される言葉に安直に便乗してばかりいては、脳は退化の一途を辿ることに。そうならないためにも、「想像力を持ち腐れないように」することだという。

「『これは本来こうじゃなきゃいけない、こうあるべきだ』という思い込みや価値観の共有の押しつけは想像力の怠惰であり、臨機応変に自分を救ってくれる可能性を奪い、人生観を狭窄的にしていくばかりです」

本書は、中野さんとヤマザキさんがLINEでやり取りする中で「これは残しておきたいね」と語らい、出版につながったものという。「奥行きのある対話に発展していった」とあるが、2020年のパンデミックを機にこんなことを考えている人たちがいたのかと、ハッとさせられる内容だった。

「生贄」にされる側と「生贄探し」をする側。どちらにもなりうることがよくわかる。「世間体」や「同調圧力」に流されて「生贄探し」をしてはいないだろうか。世間の「空気」から一旦距離を置き、自分の振る舞いを見直してみるのもいいかもしれない。

■中野信子さんプロフィール

1975年東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部応用化学科卒業。同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに、人間社会に生じる事象を科学の視点をとおして明快に解説し、多くの支持を得ている。現在、東日本国際大学特任教授、京都芸術大学客員教授。著書に『サイコパス』(文春新書)、『空気を読む脳』(講談社+α新書)など。

■ヤマザキマリさんプロフィール

1967年東京都生まれ。漫画家・随筆家。東京造形大学客員教授。84年イタリアに渡り、国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。17年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受章。著書に『プリニウス 』(とり・みき氏との共著、新潮社)、『たちどまって考える』(中公新書ラクレ)など。

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