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新型コロナによる味覚・嗅覚の喪失。影響と克服法は?

  • 2021.5.29
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味覚と嗅覚の喪失は新型コロナウイルス感染症で頻繁に見られる症状。日常生活に支障が出るだけでなく、食欲不振や衛生観念の混乱、社会的な孤立など、さまざまな事態を引き起こすことがある。味覚と嗅覚の障害が及ぼす心理的な影響について、見てみよう。

新型コロナウイルス感染症のせいで嗅覚と味覚が失われる人もいる。photo:Getty Images

「カマンベールでもゆで卵の匂いでもいいから、もう一度、嗅げるようになるなら何でもする」。新型コロナウイルス感染症の症状の中で最も厄介な問題のひとつ、味覚・嗅覚障害に苦しむ人がツイッターに投稿したコメントだ。

フランス国立科学研究センター研究員でリヨンの神経科学研究センターに勤務するカミーユ・フェルダンジはそのメカニズムを次のように説明する。「ひとつにはウイルスによって嗅裂に炎症が起こることで、匂いの分子が粘膜まで到達できなくなるためです。またウイルスによって嗅神経を再生する環境が変化してしまうこともあります」。フェルダンジは新型コロナウイルス感染による味覚・嗅覚障害に関するオンライン調査のまとめ役でもある(1)。

鼻腔と舌からの感覚が失われる。食べ物や飲み物の匂いを嗅ぎ分けたり味わうことができなくなり、自分自身の匂いも、身近な人たちの匂いもわからなくなる。患者の中には、生活の質や健康状態に大きな影響を受ける人が出てきている。

社会との関係に混乱が生じる

無嗅覚症や無味覚症は他者との交流の中に毒のように浸透していく。鼻がその機能のひとつを失うと、友だちとのアペリティフも、レストランでの食事も楽しめなくなり、そのうち誘われても断るようになる。「社会的な孤立状態に置かれてしまうのですから、非常に乱暴な経験です」と、臨床心理士で心理学博士課程のリュシー・コルモンは言う。「無嗅覚症患者の3分の1が鬱病を抱えています。」

匂いは他者への愛着という面でも重要な役割を担っている。特に親密な関係の中で、匂いは重要だ。「新生児は匂いによって世界と接触します」と、香水と嗅覚の歴史を研究する人類学者で『匂いの力』(2)の著者であるアニク・ル・ゲレは言う。乳児が最初に感知するのは母親の首と乳房の匂いです。それが情動や認知能力の発達に関わっていきます」

同じことは、大人にも言える。「鼻は羅針盤です。その人の感情の状態、攻撃的か、あるいは悲しんでいるのかといったことを私たちは嗅覚で判断しています。“鼻持ちならない”、“鼻につく”などの日常言語がそのことを証明しています。嗅覚がないと他者とのコミュニケーションにおいて方角を見失ってしまいます」とル・ゲレは説明する。

リビドーの減退

人と人が惹かれ合うことにも体臭が関わっている。「人間が遺伝子レベルで異なっている人の匂いを好むことはあらゆる研究が示しています。こうした適応的機能が備わっているのは、近親交配を避けるためと考えられています」とフェルダンジは指摘する。「精神分析家のフランソワーズ・ドルトは“一緒に暮らす前に、まずはお互いの体臭が調和するかどうか自問してみなさい”と言っていました」とル・ゲレは言う。

女性に多い症状調査結果を分析したフェルダンジは、女性の回答者が圧倒的に多いことを指摘する。3000人を超える回答者のうち3分の2が女性だ。嗅覚障害が男性に比べて女性に多いということは、心理的な影響も女性の方がより多く受けている可能性があるということ。その理由は?「子どもの嗅覚環境は、男子より女子のほうが豊かです。便箋、ボールペン、人形など、女子向けの玩具には香料が含まれていることが多く、香りの記憶を誘います」とフェルダンジは指摘する。「男子向けの玩具に香料がまったく使われていないわけではありませんが、嫌な匂いで挑発するというマーケティング手法が採用されることが多い」

 

まるで無限ループのようだが、匂いを感じる感覚が失われることでとりわけ影響を受けるのがリビドーだ。「性欲にも影響を及ぼします。嗅覚が遮断されている状態での性行為とは、見知らぬ人、さらにいうと目に見えない相手と音もなく性行為をするのと同じです」とコルモンは説明する。

過度の警戒心とストレス

鼻腔の機能が失われると、人類が太古に身につけた反射作用が働かなくなる。「嗅覚には危険を感知する機能もあります。私たちは本能的に生存や安全の確保のために嗅覚を使っています」と説明するのはコート・ダジュール大学化学研究所と共同で嗅覚についての研究を行っているニース大学病院精神科医のルノー・ダヴィドだ。

その嗅覚が正常に機能しないと、鮮度が落ちた食品を食べて食中毒を起こすかもと恐れたり、ガス漏れや、あるいはオーブンの中のケーキが焦げても匂いに気づかないと極度に警戒心が強くなる。「嗅覚障害があると過失による家庭内事故の頻度が高くなることは、調査結果も示しています」とフェルダンジは言う。「自分の健康状態、最終的には自分の命も心配。不安は相当に大きい」と臨床心理士のコルモンも言う。

衛生観念の混乱

危険度は低いとはいえ、味覚と嗅覚の喪失は、衛生観念にも混乱を与える。「清潔さに関わるあらゆる事象に何らかの形で変化が生じます。自分の息や汗の臭いが気になったり、気づかずに犬の糞を踏んでしまうのではないかと心配になる」とコルモンは言う。こうした強い不安が強迫行為のきっかけとなることもある。「1日に10回もシャワーを浴びたり、過剰に香水をふりかけるようになる人も」とフェルダンジは話す。逆に体を洗う回数が減る人もいる。

さらに他人の衛生状態も、プレッシャーとしてのしかかる。「低年齢の子どもを抱えた親が嗅覚を喪失すると、子どもの衛生環境に自信が持てなくなり、親としての役割を果たせていないという挫折感から、常時ストレスを感じることになる」とフェルダンジは言う。

食べる喜びがなくなる

嗅覚や味覚に障害があると、こうしたネガティブな感情を食べ物で紛らわすこともできない。かつて喜びだったものは、生命の維持のためだけの役割になってしまう。「無嗅覚症の人はよく“死なないために食べている”と言います」と臨床心理師のコルモンは言う。「食の快楽の面を諦めなければなりません。匂いや香りは、プルーストのマドレーヌのように、私たちを幼少期に連れ戻し、時空の旅に誘ってくれるものです」

徐々に悪循環に陥っていく場合もある。「味を感じないまま食べ物を食べ続けることで、食欲や、料理をしたいという気持ち、人と一緒に食事したいという気持ちを失う人もいる」とフェルダンジは話す。結果は体重計に如実に表れる。リヨン神経科学研究センターのオンライン調査でも、体重が減少したという回答があった。

口ではなく鼻で味わう味覚がなくなった、と言う人が多いが、この言い方には実は語弊がある。「食べ物を咀嚼すると、食べ物から発散された匂いの分子が、口腔の後方を通って鼻腔へ運ばれ、嗅粘膜を刺激します」とフェルダンジは解説する。したがって、このシステムが損なわれると、甘味、塩味、辛味、酸味、旨味という、舌で感覚する5つの味覚しか感じられなくなる。

 

嗅覚・味覚の喪失を克服するには?

嗅覚と味覚を取り戻すまでに1週間かかる人もいれば、数ヶ月かかる人もいる。いずれにせよ相当な辛抱を必要とすることに変わりはない。とくに回復過程には特有のつらい症状が出る。鼻の機能が回復するにつれて、匂いと味の感覚に歪みが生じる現象が確認されている。新型コロナウイルス感染症から回復した後も、嗅幻覚、つまり匂いの錯覚に悩まされている人もいる。

こうした一連の障害を治療するために、嗅覚トレーニングによって嗅覚を刺激することが必要だと専門家たちは口を揃える。このトレーニング方法は、現在複数の研究所で開発されている。3月16日に医学雑誌『Forum of Allergy & Rhinology』に掲載されたイギリスのノリッジ大学医学部の研究論文は、容易に識別できる異なる香りを少なくとも4つ(コーヒー、ミント、オレンジなど)、数ヶ月間、1日2回嗅ぐことを推奨している。

テクスチャーを意識したり、ハーブを使ったり、温かい料理と冷たい料理を組み合わせたりする食事をすすめる専門家もいる。「無嗅覚症の人にとって、クリスマスのような家族で集まる機会はフラストレーションが溜まりやすい」と心理学者のコルモンは言う。「患者には、感情面に意識を集中したり、食事の準備の音に耳を傾けたり、テーブルクロスや飾り付けに触れたり、あるいは家族で共有しているいまこの瞬間を頭の中でひとつの写真的な像として織り上げるように意識することを勧めています」

(1)「新型コロナ感染症による公衆衛生危機での生活の質と嗅覚、味覚の喪失」オンライン調査の回答フォームはこちら。form.cnrl.fr.(2)Annick Le Guérer著『Les Pouvoirs de l’odeur』Odile Jacob出版刊

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