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尾野真千子『茜色に焼かれる』インタビュー。涙するほど共鳴した、コロナ禍を強く生きる母の物語

  • 2021.5.22
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これまでの女優人生で、さまざまな母親像を体現してきた尾野真千子さん。石井裕也監督による最新出演作『茜色に焼かれる』では、生きづらい時代に翻弄されながらも、たくましく生きるシングルマザーの主人公を演じています。撮影中、ときに涙が止まらなくなるほど、いつも以上に入り込んだという役柄や、現場でのことを伺いました。

──尾野さんが演じたシングルマザーの田中良子には、認知症を患った元官僚の不注意運転で、ロックミュージシャンの夫・陽一(オダギリジョー)を失った過去があります。時代や社会へのカウンターを歌っていた夫のスピリットを守るため、賠償金を拒絶した彼女の選択をどう思いますか?

私、多分、良子に近いんだと思う。すごく気持ちがわかりました。「殺された」っていう言い方は強いかもしれないけれど、夫が事故に遭って、その責任は先方にある。だったらまず、謝るのが普通でしょ。でも、相手はお金で片づけようとする。いくら地位が高い人であろうが、「自分が悪かった」と謝るその一言って、とても大事だと思うんです。私もそんな人からお金はもらいたくない。もちろんほしいはほしいけど、「謝ってからくださいよ」という話で。

──夫亡き後、カフェを経営して頑張ってきた良子ですが、コロナ禍で立ち行かなくなり、次から次へと災難に見舞われます。

意地悪ですよね、脚本に書かれていることも、運命も。例えば良子は義父の老人ホームの費用を払っている。それは、死んだ夫のことを今でも好きで、彼の身内を大切にしたいから。意地悪な設定だけど、やっぱり私は、良子の気持ちがわかっちゃう。だから、芝居をしていても、彼女の選択が一つ一つ理解できる気がするんですね。「もし自分だったら……」って考えているうち、だんだん良子が“真千子”になってきちゃうんです。

──良子は、花屋のバイトと夜の仕事を掛け持ちしますが、それでも家計は苦しいままです。でも、13歳の息子・純平(和田庵)の前では明るくふるまい、自分の大変な状況を隠しています。「お芝居だけが真実。田中良子の真実」という彼女の台詞や、彼女のつく嘘をどう感じましたか?

はじめは、違和感がありました。実際問題、私は母親になったことがないから、この感覚はほんと、わからないなって。そもそもどの作品においても、母親役の気持ちってわからないんですよね。だから、脚本に書いてある台詞をそのまま言うだけのことが多いんですけど、良子に関してはどうしてか、演じているうちに「息子を守りたくて、嘘をつくこともあり得るかも」って納得できるようになっていきました。

──純平役の和田庵さんは2005年生まれの16歳。俳優として劇中、ぐんぐん変化していきますね。彼とは、どう接していましたか?

うちの息子(笑)が一生懸命、石井裕也監督とディスカッションを重ねては、どんどん成長していく姿を見ていたので、私が口を挟むと混乱するだろうなと思って、ほとんど何も言わずにいました。石井監督は和田くんに、役の気持ちへの入り方から、動作まで丁寧に説明して、本当に大切に育てていましたね。だから、私はなんの不安もなく演じられました。

──石井監督は子どものときにお母さんをガンで亡くされ、その年齢を越えたことをきっかけに、今回の脚本を作ったと聞いています。そのような背景をどう背負われましたか?

あまり、気にせずに演じました。石井監督の想いを背負うというよりは、もう、作品全体がずっしり乗しかかってくる感じでしたしね。石井監督ってすごいと思う。だって、男の人なのに、母の気持ちを書くわけだから! “本物”の監督ってみんなそうなんでしょうけど、あの人の頭の中もよくわからない(笑)。「この人についていこう」と思えただけある。尊敬しているというか……、うん、大好きです!

──石井監督はどういう演出をされる方ですか?

あのね、自分のプランを、私たち俳優に伝えないんです。「ここでこうしてほしい」「ここで立って」とか絶対に言わない。現場で私たちがどう感じ、どう変わっていくのか、それを本当に楽しそうに、嬉しそうに見ているんです。(俳優の)気持ちが動くということを大切にしている監督で、モニターを通してではなく、生の私たちの姿をその目で見て、すごく小さなことにも目を留める。カメラには映っていないけど、足が震えているとか、手が動いているとか、自然と表れる動作もちゃんと見ていてくれる。だから、私たちも“やり損”がないんです。

──劇中、良子の前にはいろんなタイプの嫌な男性が現れます。誰が一番許せないですか?

一番嫌いなのは、同級生のあいつ!(※熊木役・大塚ヒロタ) 撮影中はメイクさんや衣装さんとみんなで、「ほんと、腹立つ!」とよく話していました(笑)。ほかの男性も嫌だけど、しょうがない部分もあって、なんとなく理解はできる。でも、同級生の彼が良子にした仕打ちだけは、現場で芝居だってことを忘れるくらい、自分の中に入り込んでしまって。耐えきれず、涙が止まらなくなって、撮影に戻るまでの時間を頂いたこともありました。良子が人生を変えようと頑張っているときに、なんでこんな追い打ちをかけるのかと憤りましたね。

──その半面、たとえば、夜の仕事の同僚・ケイ(片山友希)など、その人自身も社会的に弱い立場なのに、良子を助けてくれる登場人物もいます。

良子は、自分たち親子が生きることにいっぱいいっぱいで、他人のことなんか考えられないし、相手の上辺しか見ていない。でも、そんな彼女にも、弱ったときに助けてくれる人たちがいる。彼らは、いわゆる普通の職業に就いていない上、そもそも友だちでもなんでもない。そこがリアルだなと思いますね。助けてくれる人はどこから現れるかわからないって、すごくいいじゃないですか。

脚本の最後に、良子に対する純平の、とても素敵な台詞があって。私たちは本当の母子じゃないのに、そこを読んだら嬉しくて、顔がぽっと赤くなってしまったほど。照れ臭いけど、その感情は本物なのかなと思います。あのラストは、良子と純平にとってハッピーエンドじゃなくて、きっと、これから先もまだまだ大変なことが待っている。でも、苦しい思いをして、一段落して、親子の関係はどんどん深くなっているはず。その過程で、あんな言葉を息子から言われたら、お母さんなら誰だって嬉しいんじゃないかな。

──尾野さん自身はご家族の仲がよく、ご両親から愛されて育ったと伺っています。撮影中、お母さんの素敵なところを思い出したりはしましたか?

ここ最近もずっと考えていたんですが、母は、ずっと私たち子どものそばにいてくれたなと。今の時代は共働きが主流になっていて、親子が物理的に離れる時間が多いですよね。だけど、私が子どもの頃は、母はいつ帰っても家にいて。叱られたりもしたけど、大切に育ててくれました。母本人から「あれがしたい」とか「これがほしい」とか、聞いたことがないんです。当時はそれを当たり前だと思っていましたが、今になってようやく、私たち子どもを自分より優先してくれていたんだなと気づきました。

私がこれからもし結婚したり、親になったりしても絶対、仕事を続けていくだろうけど、あの頃の母の気持ちは、少しでもわかれたらいいなと思います。

──最後に、尾野さんにとって究極の、母親を描いた映画といえば?

いや、この映画でしょ! どんな人にとってもリアルなお母さん像かなって思うんですよね。これが、私が伝えたい“母親映画”だと思います。

『茜色に焼かれる』

7年前、理不尽な交通事故で夫を亡くした田中良子。彼女はその昔、アングラ演劇に傾倒していたことがあり、演技が上手だ。中学生の息子・純平をひとりで育て、夫への賠償金は受け取らず、施設に入院している義父の面倒もみている。しかし、経営していたカフェがコロナ禍で破綻。花屋のバイトと夜の仕事の掛け持ちでも家計は苦しく、そのせいで純平はいじめられている。数年ぶりに会った同級生にはフラれた。弱者ほど生きづらい時代に翻弄され続ける、良子と純平。果たして、母子が最後まで決して手放さなかったものとは? 『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』の石井裕也監督が、尾野真千子を主演に撮り上げた、激しくも切ない魂のドラマ。

監督・脚本・編集: 石井裕也
出演: 尾野真千子、和田庵、片山友希、オダギリジョー、永瀬正敏
配給: フィルムランド、朝日新聞社、スターサンズ
2021年/日本/144分/カラー/シネマスコープ/5.1ch R-15+

5月21日(金)より全国公開
©2021『茜色に焼かれる』フィルムパートナーズ

公式HPはこちら

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