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舞台はNICU。加藤千恵が自身の経験を元に書いた「挑戦作」

  • 2021.5.13
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加藤千恵さんの著書『この場所であなたの名前を呼んだ』(講談社)が4月28日に発売された。帯に「自身の経験を元にした、著者の新たな代表作。」とある。

インターネットで発表した短歌が話題となり、高校3年生で歌人としてデビューした加藤さん。これまで恋愛小説を書くことが多かったが、自身の経験からNICUを舞台にした小説を書きたいと思ったという。

2018年夏、加藤さんは出産を経験。産後、赤ちゃんの泣き声がなかなか聞こえないことを心配していると、医師から「新生児仮死」と言われたという。そして赤ちゃんはNICUに収容されることに――。

「NICU(新生児集中治療室)。喜びも、悲しみも、全てを受け止める強さも、この子がわたしだけにくれたもの。小さな命に、こんなにも心は動かされる。」

命の重みを実感する場所

NICUは日々、「命の重みを実感する場所」。看護師、清掃員、臨床心理士、医師......様々な立場の人が交差するこの場所で、「小さな命から、そしてともに闘う両親から教えてもらうこと」がある。

本書は「騒がしい場所」「名付ける場所」「働く場所」「願う場所」「守る場所」「向いている場所」「笑う場所」の7篇を収録した連作短篇集。

新生児仮死の状態で生まれてきた我が子。自分がもっとしっかり気を付けていれば防げたのではないか。初めての出産で不安な中、「普通に生まれてくる」というのがどれだけ難しいことかを知って――。(「騒がしい場所」)

NICUにいる赤ちゃんの中には、両親が面会に来ない子もいる。看護師の佐藤朋子は、そんな光景を自分自身の親子関係と重ねてしまう。看護師として頼られる自分は、果たして我が子にとってどんな母親になれているのか――。(「働く場所」)

赤ちゃんが無事に生まれてくることも、健康に育っていくことも、じつはすべてが「奇跡」。与えられた人生は1分1秒も無駄にできない――。NICUに身を置くことで、忘れていた大切なことに気付いた7人の物語。

「書きながら泣いてしまった話も」

講談社公式サイトでは、1話「騒がしい場所」の一部を試し読みできる。

「騒がしい場所」とは、「赤ちゃんの泣き声、大人たちの話し声、空調音。何かの装置が作動している音や危険を示すようなアラーム音は数種類ある」NICUを指している。多くの管につながれ保育器で眠る我が子を見て、友里恵はこう思う。

「ごめんね、と聞こえないほどの小さい声で話しかけた。なんとか生まれてきてくれた感謝よりも、今は申し訳なさのほうが大きい。ちゃんと健康に産んであげたかったのに。また涙が溢れてきてしまう。わたしは下を向く」

看護師から「何か気になることはありますか?」と訊ねられ、声には出さず、一瞬こう考える。

「この子は、きちんと目を覚ますのでしょうか。ちゃんと育つのでしょうか。いろいろなことができるようになるのでしょうか」

加藤さんは自身のサイトで「題材も内容も、自分にとっては新鮮な、挑戦作となりました。書きながら泣いてしまった話もあります」と書いている。

自分が当事者になるまで、幸せなイメージでしか見えていないものはいろいろある。特に、妊娠・出産・育児がそうだろう。しかし実際は「まさか自分の身にこんなことが......」という局面が、1度もない人のほうが稀ではないだろうか。

妊娠・出産・育児の過程では、「誰にも言えない、聞けない」けれども「誰かに言いたい、聞きたい」ことも出てくる。本書は、そんな思いを受け止めてくれる「場所」のような1冊。

■加藤千恵さんプロフィール

1983年生まれ。歌人・小説家。北海道旭川市出身。立教大学文学部日本文学科卒業。2001年に短歌集『ハッピーアイスクリーム』でデビュー。恋愛小説を中心に、多数の小説作品も執筆。著書に『ハニー ビター ハニー』『映画じゃない日々』『そして旅にいる』など。

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