1. トップ
  2. 「芸術か、ワイセツか?」物議を醸した『愛のコリーダ』&『戦メリ』で堪能する、大島渚という宇宙

「芸術か、ワイセツか?」物議を醸した『愛のコリーダ』&『戦メリ』で堪能する、大島渚という宇宙

  • 2021.5.8
  • 1634 views

世界の中の日本映画、という文脈を考えるにあたり、大島渚(1932年生~2013年没)の名は絶対に欠かせない。

【写真を見る】過激な性描写が問題視された『愛のコリーダ』ほか、19枚のスチールで大島渚の世界を堪能!

同世代人のジャン=リュック・ゴダールを驚嘆させ、ベルナルド・ベルトルッチが共鳴を示し、テオ・アンゲロプロスにも影響を与えた。国際評価の観点で言うと、黒澤明、小津安二郎、溝口健二といった1950年代に頂点を極めた巨匠と、北野武、是枝裕和、深田晃司、濱口竜介といった1990年代以降のニューウェイヴの間をつなぐ最重要キーパーソンが大島渚である、と位置づけると判りやすいだろうか?

【写真を見る】過激な性描写が問題視された『愛のコリーダ』ほか、19枚のスチールで大島渚の世界を堪能! [c]大島渚プロダクション
【写真を見る】過激な性描写が問題視された『愛のコリーダ』ほか、19枚のスチールで大島渚の世界を堪能! [c]大島渚プロダクション

大島渚には長編劇映画24本をはじめ、テレビドキュメンタリーなど数多くの監督作があるが、驚異的なのは各作品のスタイルがばらばらなこと。徹底して「要約をこばむ」作家なのだ。その中でも「最初の1本」、オーシマ入門として最適なのが1976年の『愛のコリーダ』と1983年の『戦場のメリークリスマス』だろう。

両方とも日本を飛び出して、海外製作&マーケットに乗り出したころの破格作。いまの韓国映画の傑作群すらぶっちぎるほど、濃厚にしてゴージャス。「なんでこんな映画が可能だったのか?」と呆気に取られる映画体験になるはずだ。

西欧と東洋の文化的衝突を主軸に置きながら、そこで芽生える奇妙な人間関係を描く『戦場のメリークリスマス』 [c]大島渚プロダクション
西欧と東洋の文化的衝突を主軸に置きながら、そこで芽生える奇妙な人間関係を描く『戦場のメリークリスマス』 [c]大島渚プロダクション

海外資本を得て、映像表現の限界に挑戦した大島渚

『愛のコリーダ』は日本で撮られた日本の物語だが、これはフランス映画(日、仏合作)である。プロデューサーはアナトール・ドーマン。アラン・レネやクリス・マルケル、ロベール・ブレッソンやゴダールらと組み、のちにヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』(84)、『ベルリン・天使の詩』(87)、『夢の涯てまでも』(91)を手がけて国際進出をサポートした名手だ。

いかにもアートハウス系のエリート然とした経歴だが、同時にドーマンはヴァレリアン・ボロヴズィック監督に『インモラル物語』(74)を撮らせるなど、良い意味での山っ気も持ち合わせている。『愛のコリーダ』は(日本映画では不可能な)本番無修正のハードコアポルノとして撮られた。

『愛のコリーダ』直前の大島渚は大きな転換期にいた。1972年にATG作品『夏の妹』を撮ったあと、政治の季節を駆け抜けてきた独立プロ「創造社」を解散して「大島プロダクション」を設立。また、テレビ番組「女の学校」の司会者を務めるなど、フェミニストを自認し、タレント文化人としての活動を本格化したのもこのころだ。

昭和に実際に起きた「阿部定事件」を題材にした『愛のコリーダ』 [c]大島渚プロダクション
昭和に実際に起きた「阿部定事件」を題材にした『愛のコリーダ』 [c]大島渚プロダクション

「芸術か、ワイセツか?」をめぐって裁判に

さて、『愛のコリーダ』が描くのは昭和11年(1936年)の実在の物語。東京・中野の料亭に仲居として勤め始めた元遊女の阿部定が、店の主人、吉蔵と性愛関係に溺れた果てに殺害、男性器を切り取るに至った通称「阿部定事件」だ。ヒロインの阿部定役には、新人の松田英子(瑛子)が大抜擢。寺山修司の劇団「天井桟敷」に所属していたこともある(劇団員の時は「市川魔胡」名義)。相手役の吉蔵は、すでに映画やテレビドラマで人気を博していた藤竜也が演じた。

いわゆる「事件の映画化」だが、この映画自体が「事件化」もする。それが1982年まで続いた「愛のコリーダ裁判」。公式本の一部がわいせつ文書図画にあたるとして、監督の大島と出版社社長が検挙起訴され、「芸術か、ワイセツか?」をめぐって法的な場で争われたのだ。

『愛のコリーダ 修復版』が4月30日より上映中 [c]大島渚プロダクション
『愛のコリーダ 修復版』が4月30日より上映中 [c]大島渚プロダクション

「個」の快楽と自由意志に徹した男女の生の賛歌

こういった「問題作」の様相に反して、映画自体はカラッと明るい。前年の1975年に発表された同題材のロマンポルノ、『実録阿部定』(監督は田中登)の密室的な暗さに対し、こちらは開けっぴろげ。「性交というアクション」を主体に、「攻め」の阿部定と、無双の包容力で「受け」に回る吉蔵のセックスと愛をシンプルに描出する。

フランスの思想家で作家、ジョルジュ・バタイユの有名な定義「エロティシズムとは死を賭するまでの生の賛歌である」を具現化したような内容。阿部定が血文字で書いた「定吉二人キリ」へと至る、性愛のユートピアを結晶させた極めて純度の高い映画だ。

松田英子と藤竜也が愛欲に溺れる男女を熱演(『愛のコリーダ』) [c]大島渚プロダクション
松田英子と藤竜也が愛欲に溺れる男女を熱演(『愛のコリーダ』) [c]大島渚プロダクション

『愛のコリーダ』は2000年にも日本公開されて大ヒットを飛ばしたが、女性人気が高いことでもよく知られている。松田英子は長身で媚びたところがなく、耳たぶにはさそりのタトゥー。いまで言うと江口のりこのような存在感か。戦争の足音が近づくなか、「個」の快楽と自由意志に徹した定と吉蔵の姿は、いまの窮屈な世の中にも強烈なメッセージとして響くだろう。

セックスと愛を極限まで描く(『愛のコリーダ』) [c]大島渚プロダクション
セックスと愛を極限まで描く(『愛のコリーダ』) [c]大島渚プロダクション

ビートたけしに坂本龍一、デヴィッド・ボウイ…エグ過ぎるキャストの豪華さ

かくして『愛のコリーダ』は世界的な話題作となり(1981年には本作に触発されたクインシー・ジョーンズのディスコ曲「愛のコリーダ(Ai No Corrida)」が大ヒット)、続いて大島渚は1978年の『愛の亡霊』で第31回カンヌ国際映画祭の監督賞を受賞。その絶好調を受けて1983年、日本、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド合作の超大作として贈りだされたのが通称『戦メリ』だ。

『戦場のメリークリスマス 4K修復版』が4月16日より上映中 [c]大島渚プロダクション
『戦場のメリークリスマス 4K修復版』が4月16日より上映中 [c]大島渚プロダクション

本作は大島の国内最大のヒット作だが、フィルモグラフィの中で最も奇妙な1本とも言える。ちなみに、筆者はこれが初めてのリアルタイムの大島渚体験で、当時小学6年生。観に行った理由は、バラエティ番組「オレたちひょうきん族」で人気の「タケちゃんマン」ことビートたけしが出演していたから。さらに主演は、なんと坂本龍一(YMOに加え、1982年には忌野清志郎とのコラボシングル「い・け・な・いルージュマジック」で音楽番組に出まくっていた)。『戦メリ』は子どももアクセスできる回路を敷かれた「どメジャー映画」として組織されたのだ。

製作はジェレミー・トーマス。第二次世界大戦中、インドネシアのジャワ島における日本軍の俘虜収容所での人間模様を描くものだが、とにかくキャストの豪華さがエグい。ビートたけしや坂本龍一に加え、デヴィッド・ボウイ、内田裕也、ジョニー大倉、三上寛。ほとんど「ロックスター映画」なのだ!

大島渚のキャスティング術は独特で、監督いわく「一に素人、二に歌うたい、三四がなくて五に映画スタア」。特に時代のシンボルやアイコンとなる太い存在を置く。「映画はキャスティングが8割」とも喝破する大島の方法論が、最も端的かつキャッチーに表出されたのが『戦メリ』だと言える。

魔性の美しさでヨノイ大尉を惑わすセリアズ少佐をデヴィッド・ボウイが演じる(『戦場のメリークリスマス』) [c]大島渚プロダクション
魔性の美しさでヨノイ大尉を惑わすセリアズ少佐をデヴィッド・ボウイが演じる(『戦場のメリークリスマス』) [c]大島渚プロダクション

国と文化、立場や障壁も超えた愛の関係性

コンセプト設計としては西欧と東洋の文化的衝突という主題が設置され(思想的な支えはルース・ベネディクトの日本文化論「菊と刀」だろう)、ジャポニズムの美学が過剰に押し出されもするが、物語の核となるのは、日本軍人のヨノイ大尉(坂本)とイギリス人俘虜、セリアズ少佐(ボウイ)の立場や障壁を超えた愛の関係性だ。大島は本作のテーマを「人が、人に惹かれるということがある」だと明確に語っている。首だけ出して生き埋めにされたセリアズ少佐の髪の毛を、ヨノイ大尉が切り取って持っていくところは、『愛のコリーダ』のクライマックスに相当すると言えなくもない。

海外資本で製作された大島渚監督の代表作、『愛のコリーダ』と『戦場のメリークリスマス』の破格さとは? [c]大島渚プロダクション
海外資本で製作された大島渚監督の代表作、『愛のコリーダ』と『戦場のメリークリスマス』の破格さとは? [c]大島渚プロダクション

本作は「ブッダの笑顔」と評されたハラ軍曹(ビートたけし)のクローズアップで幕を閉じる。そしてビートたけしは、本作を機に映画人、北野武として覚醒。至上に美しいテーマ曲も提供した坂本龍一は、1987年に出演も兼ねたベルトルッチ監督作『ラストエンペラー』で第60回アカデミー賞作曲賞を受賞するといった後日談も、また破格だ。

「ブッダの笑顔」と評されたハラ軍曹を演じたビートたけし(『戦場のメリークリスマス』) [c]大島渚プロダクション
「ブッダの笑顔」と評されたハラ軍曹を演じたビートたけし(『戦場のメリークリスマス』) [c]大島渚プロダクション

この『愛のコリーダ』&『戦メリ』からオーシマという宇宙に飛び込めば、当分抜け出せないほどの刺激と悦楽を味わうことができるだろう。この令和の世に、コロナ禍の世界で、唯一無二のスーパースター映画作家、大島渚を再発見してほしい。

文/森直人

元記事で読む