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「コーチの練習が楽しくない」。正直に言うと、次の日から相手にしてもらえなくなった

  • 2021.5.5
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今の素の自分を見せている人はおそらくいない。友達にも一番近い家族にも。
私は今まで良い子でいることを心がけてきた。いわゆる「優等生」キャラだ。そのほうが人生は悪いほうには転がらず、安定に過ごせると思っていたからだ。

小学校高学年の頃からいい子でいた私。キッカケとなった出来事

小学校高学年の頃にはそう思っていた。親の言うことを聞いて、教師の言うことを聞いて、自分の思っていることや意見はめったに言わない。親に自分の思っていることを言いなさいと言われたときにさえ、言わなかった。言えなかった。

大人からすれば都合のいい、扱いやすい子供だったと思う。いつも曖昧な返事と笑顔で悪さはしない。そんな自分が嫌だった。その姿は本当の私とはかけ離れているからだ。

なぜ良い子でいたいと思っていたのだろう。小学四年生の頃までは素直だったと思う。
私は水泳をやっていて、選手コースに入っていた。五年生のときコーチと意見がぶつかったことがある。

そのとき今の練習メニューについてどう考えているか聞かれた。正直に答えるかどうか散々迷ってコーチに確認した。
「何を言っても怒らないですか」
その問いに対しては答えず、早く言えと催促された。自分の考えていることをいつまでも隠しているのも失礼だと考えて答えた。
「コーチの練習が楽しくないです」
なぜ正直に言ってしまったのだろうと後悔した。次の日からはもう相手にしてもらえなくなった。自分の気持ちに素直に生きると、敵を増やしてしまうことを知った

私は楽しい=やりがいがあると考えていたが、コーチは楽しい=楽と捉えたらしく、その日からはもうずっと無視。自分に正直に生きるのは難しいことで、自分の敵を増やしてしまうことを知った。ああ、嫌われたのだと思いショックを受けた。

この体験から、自分のやりたいことができなくなるよりも、周りから嫌われるほうが怖いと考えるようになった。嫌われると誰にも相手をしてもらえない、一人ぼっちで過ごすことになる、一人だとできること、やれることは少ない、一人は嫌だ、という思考回路になってしまう。

だから嫌われないように、何かを頼まれると嫌な顔せず引き受ける。相手と話をしていても批判することはしない。そんな嘘で固められた性格で今まで生きている。周りにも自分にも噓をつきながら生活するのは辛いし疲れるが、悪いことだけではないと思っている。

ずっと「いい子」でいた私の決意。本当の「自分」で生きていく

常に私の周りには人がいる。いつも笑顔でいるからか、ふわふわしていて癒されるから一緒にいたいと言ってくれる人もいる。そういう風に言ってくれるのは素直にうれしい。

また、批判することがないからか、悩みごとを相談してくれる人が増えたことによって聞き上手になれたと思う。悲しいことだけでなく、人と上手に付き合っていく姿勢を学ぶことができていることがこの性格のいいところであると思う。

もしあの時正直に話していなかったら。コーチに無視されていなかったら。私のキャラは今と大きく違っていて、もしかしたら破天荒な感じになっていたかも。今までの経験、体験などのから私のキャラが作られていると思うと、今となってはそこまで悪いものでもないのかなと思えている。

最近気づいた。

世の中には様々な価値観を持った人がいて、その全てに合わせること、好かれることは無理であることにだ。だから本当の自分を出していってもいいのではないかと思う。どうせ全員に好かれることはないのだから。

私の新しいキャラは周りにどう思われているかはわからない。裏でこっそり何かを言われているかもしれない。そんなことに怖がらないと決めた。私は本当の「自分」で生きていく。

■まれのプロフィール
趣味はアニメ、マンガ、小説を読むこと。泳ぐことと散歩することが日課。

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