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『ブックセラーズ』から『花束みたいな恋をした』まで…本と本棚が紡ぐ映画の世界観

  • 2021.5.4
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本屋さんや図書館、誰かの本棚に並ぶ、たくさんの本の中から、好きな1冊を手にとって読みふける楽しさ。ネットで電子書籍を買う時代になっても、本は変わらず、私たちの胸をときめかせてくれる特別なアイテムだ。ただ、そこにあるだけで興味をかきたてられ、深い意味を秘めた本たちは、古今東西の映画の中にもよく登場する。今回は、世界各地の素敵な書店や図書館、印象的な本棚が登場する、おすすめのブック・ムービーを紹介したい。

【写真を見る】固有名詞がたっぷり登場!“好きなもの”が同じ2人が、本を通して距離を縮めていく『花束みたいな恋をした』

大型本を偏愛するデイヴなど個性豊かなブックセラーたちが登場する『ブックセラーズ』 [c]Copyright 2019 Blackletter Films LLC All Rights Reserved
大型本を偏愛するデイヴなど個性豊かなブックセラーたちが登場する『ブックセラーズ』 [c]Copyright 2019 Blackletter Films LLC All Rights Reserved

まず、現在公開中の『ブックセラーズ』は、本好き、本屋さん好きな人のハートに刺さるドキュメンタリー映画。チェーンの大型書店とは方向性が異なる、NYのポリシーを持った個人経営の書店、特に希少本を扱うブックセラーたちへの興味深いインタビューを通して見えてくる、本をめぐる世界の裏側とは――。各分野のスペシャリストや作家、有名コレクターなど、本をこよなく愛するユニークな人物たちが、本の世界に入ったきっかけから、本の底知れぬ魅力、収集の醍醐味、ネット社会に対する不安までを率直に語り尽くす。「人と本との関係は恋愛によく似ている」、「図書館は永遠、宇宙だ」など、思わずメモりたくなるような言葉も満載。本編の中で、ジョニー・デップが稀覯本の探索と売買をおこなう“本の探偵”を演じた『ナインスゲート』(99)や、ヒロインの不倫相手が古書専門のブックセラーだった『運命の女』(02)など、本が登場する映画のタイトルがたくさん引用されるシーンもあり、映画ファンをニヤリとさせてくれる。

コネチカットにある個人図書館、ウォーカー人類想像史図書館への取材も(『ブックセラーズ』) [c]Copyright 2019 Blackletter Films LLC All Rights Reserved
コネチカットにある個人図書館、ウォーカー人類想像史図書館への取材も(『ブックセラーズ』) [c]Copyright 2019 Blackletter Films LLC All Rights Reserved

NYマンハッタンのアッパーウエストサイドを舞台に、母親から受け継いだ児童書専門の小さな本屋を営む女性と、彼女の店の存続をおびやかす大型書店の御曹司との恋を描いたのが『ユー・ガット・メール』(98)。メグ・ライアン演じるヒロイン、キャスリーンの本屋の店内は温かみのあるレンガの壁面で、棚には本の他にもキュートなぬいぐるみが並び、レジには花が飾られるなど、店主のセンスが反映された空間。一方、トム・ハンクス演じる御曹司ジョーの大型書店は、15万冊の本を常備しているだけでなく、広い読書スペースがあり、本を愛する人々の憩いの場。タイプは違うけれど、どちらの店も魅力的だという描き方が優しかった。互いに素性を知らせず、ハンドルネームでメール交換をしていた二人が初めて会う約束をしたとき、キャスリーンが目印として持っていたのはジェーン・オースティンの本。恋や結婚をユーモラスに描くことを得意としていた作家の本を選ぶところに、恋に憧れる彼女のロマンティックな性格がよく表れている。

『ユー・ガット・メール』はDVD&Blu-rayが発売中!
『ユー・ガット・メール』はDVD&Blu-rayが発売中!

映画では、どちらかというと代々受け継がれてきた本屋が登場するケースが多い中、『マイ・ブックショップ』(18)は、主人公がイチから本屋を開業する過程そのものが物語になっている作品だ。舞台は1959年、イギリスの海辺の小さな町。書店が一軒もない保守的な土地で、夫を戦争で亡くした未亡人が、周囲の反発に負けず、夫との夢だった本屋を営んでいく。未亡人の名前はフローレンス・グリーンで、ふだん着ている服もグリーン系が多く、本屋の窓枠や、“THE OLD HOUSE BOOKSHOP”という看板の色もクラシカルなアイリッシュ・グリーン。店内の書棚に50年代の書物の色とりどりの背表紙が並ぶ様子が美しい。監督のイザベル・コイシェは、書棚にどのような本を並べるかにこだわり、なるべく本物の初版本を揃えるため、製作費の多くを費やしたという。

フローレンスの最大の味方となる老紳士ブランディッシュも大の読書好きで、彼の屋敷には書棚におさまりきらない本が部屋のあちこちに平積みにされていた。また、劇中でとりわけ重要な作品として登場するのが、レイ・ブラッドベリの「華氏451度」とウラジーミル・ナバコフの「ロリータ」だ。「華氏451度」は本の所持や読書が禁じられた社会を描くSF小説だが、映画を最後まで見ると、この本に隠された意味が分かる仕掛けになっている。

ロンドン西部のお洒落な高級住宅街、ノッティングヒルを一躍有名にしたのが、ノッティングヒルのマーケット通り、ポートベローロードで旅行書専門の本屋を営む平凡なイギリス人男性と、たまたま店にやってきたハリウッドの大女優との身分違いの恋を描いた『ノッティングヒルの恋人』(99)。ヒュー・グラント演じる主人公ウィリアムと、ジュリア・ロバーツ演じるアナが運命の出会いを果たした本屋 “THE TRAVEL BOOK COMPANY”は、いかにもスターがお忍びで訪れそうな、小ぢんまりとした落ち着いた雰囲気だ。ウィリアムの店のモデルとなった本屋も歩いてすぐの場所にあり、現在は一般書の書店に変わったものの“THE NOTTING HILL BOOKSHOP”として営業中。映画に登場する青い看板を一目見ようと、世界中から訪れるファンも多い。

旅行書専門の書店が舞台となる『ノッティングヒルの恋人』 [c] 1999 Universal Studios. All Rights Reserved.
旅行書専門の書店が舞台となる『ノッティングヒルの恋人』 [c] 1999 Universal Studios. All Rights Reserved.

主人公の2人が初めて出会った場所が本屋だった――というパターンは、ラブストーリー映画の鉄板。クラシックな作品では、ミュージカル映画『パリの恋人』(57)がある。女性ファッション誌の撮影で、知的な背景を求め、アポもとらずにNYのグリニッジ・ビレッジの本屋にやってきた撮影クルー。この本屋で、オードリー・ヘップバーン演じる店員のジョーと、フレッド・アステア演じる有名カメラマン、ディックは出会う。レトロでちょっと薄暗い店内には、古ぼけた大きなソファーが置いてあり、気になる本を手にとって、気軽に座って読めそうなところがいい。このシーンで重要な役割をはたす小道具が、可動式の書架ばしご。店内は壁一面が書棚で、天井までびっしりと本が並んでいるため、ジョーは書架ばしごに乗って高い位置の棚に本を収めている。ここでディックは書架ばしごを押して、レールに沿って走らせてしまい、ジョーに悲鳴をあげさせる。本屋の店員役のオードリーは一見、地味だけれど、大きな瞳の輝きは隠しようがない。撮影が終わった後、二人きりになった店内で、ディックが今度はジョーが乗った書架ばしごをそっと引き寄せ、思わず彼女にキスをしてしまう。少女マンガ顔負けの名シーンだ。

ヘプバーンが本屋の店員からトップモデルに。『パリの恋人』はBru-ray&DVDが発売中! Copyright [c] 1956 by Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved.TM, [R] & Copyright[c] 2013 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
ヘプバーンが本屋の店員からトップモデルに。『パリの恋人』はBru-ray&DVDが発売中! Copyright [c] 1956 by Paramount Pictures Corporation. All Rights Reserved.TM, [R] & Copyright[c] 2013 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.

本は本でも、古書となると、また一段とロマンが深まる。文芸ミステリー『ビブリア古書堂の事件手帖』(18)は、東京都古書籍商業協同組合が協力した作品で、日本における古書売買の実情の一端も知ることができるなど、古書好きにはたまらない1本。北鎌倉にある古書店を舞台に、美しき店主・栞子と、彼女の店で働くことになった青年・大輔が、夏目漱石「それから」のサイン本と、太宰治「晩年」の希少本の2冊に隠された秘密を解き明かしていく。監督の三島有紀子がめざしたのは、本当に存在するような一軒の古書堂をしっかり作ること。撮影に使用された本は、全国の古本屋さんから探したり、貴重な本は個人が所蔵しているものを頼んで借りたりと、本物であることにこだわった。また、栞子の店にある、背板のない本棚はすべてスタッフによる力作。この本棚のおかげで、手前の本越しにキャラクターの姿が見えるという数々の印象的なシーンが実現した。

映画には本屋だけでなく、図書室や図書館も数多く登場する。図書室の書架と書架の間が、二人だけのせつなくロマンティックな空間として美しく描かれていたのは『君の膵臓をたべたい』(17)。主人公の「僕」は、いつも図書室にいる冴えない高校生。クラスの人気者女子、桜良は、なぜか彼と同じ図書委員に立候補し、図書室で同じ時間を過ごすようになる。図書室内部の撮影場所は旧豊郷町立豊郷小学校の旧校舎群酬徳記念館。建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で、木をふんだんに使った内装には温もりが感じられ、幻想的でノスタルジックな雰囲気をかもしだしている。そして劇中、「僕」と桜良の関係をつなぐツールとして登場するのが、サン=テグジュペリの「星の王子さま」。映画の冒頭、国語教師になった「僕」が、「かんじんなことは目に見えない」という名言とともに「星の王子さま」を授業で扱っているシーンは大事な伏線だ。

SFアドベンチャー『インターステラー』(14)は、個人の部屋の本棚が非常に重要な要素として、ストーリーに密接にからんでくる。異常気象で人類が滅亡の危機にさらされた近未来、人類が移住できる新しい星を探すために、主人公である元宇宙飛行士のクーパーは宇宙へと旅立つ。映画の序盤、彼の最愛の娘、マーフの部屋の本棚から、毎回決まった何冊かの本が落ちるというポルターガイスト的現象が起こる。まだたった10歳の少女の部屋の広い壁一面の本棚自体が、彼女の並外れて優れた頭脳を表しているのだが、何よりも驚かされるのは、物語の終盤に明かされる、マーフの本棚の裏側にまさかの五次元空間が広がっていたという衝撃の事実だ。複数の時間軸があり、前後左右上下に、本棚の超立方体が反復していく、気の遠くなるような無限空間の迫力は圧巻!五次元という抽象的観念を科学に基づいて実現させた映像表現は、一度見たら二度と忘れられないほどのインパクトだ。ちなみに、マーフの本棚から落ちてきた本の中には、時間や空間、愛について語ったT.S.エリオットの詩集「四つの四重奏」や、監督のクリストファー・ノーランが『インセプション』(10)制作時に影響を受けたという作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの小説などが入っている。

本棚の裏に驚きの世界が…!『インターステラー』はBru-ray&DVDが発売中! [c]2014 Warner Bros. Entertainment, Inc. and Paramount Pictures. All Rights Reserved.
本棚の裏に驚きの世界が…!『インターステラー』はBru-ray&DVDが発売中! [c]2014 Warner Bros. Entertainment, Inc. and Paramount Pictures. All Rights Reserved.

たとえ一瞬であっても、映画の中で本が映る時には、そこに監督のこだわりや大事な意味が込められているものだ。必死に目を凝らして本の題名を確認したくなった最近の作品と言えば、なんといっても『花束みたいな恋をした』(公開中)だろう。菅田将暉演じるイラストレーター志望の麦と、有村架純演じるサブカルチャー好きの絹は、ともに文芸やマンガなどジャンルを問わず本の虫で、お互いの趣味が一致したことで意気投合。初めて麦の部屋の本棚を見た絹が「ほぼうちの本棚じゃん」とつぶやく台詞だけで、彼女がすでに恋に落ちたことが伝わってくる。

【写真を見る】固有名詞がたっぷり登場!“好きなもの”が同じ2人が、本を通して距離を縮めていく『花束みたいな恋をした』 [c] 2021『花束みたいな恋をした』製作委員会
【写真を見る】固有名詞がたっぷり登場!“好きなもの”が同じ2人が、本を通して距離を縮めていく『花束みたいな恋をした』 [c] 2021『花束みたいな恋をした』製作委員会

2人が同棲生活を始めるマンションは、ワンルームの真ん中に大きな本棚を置いて、リビングダイニングとベッドルームに分割する間取り。2人がDIYで作ったという設定の本棚には、宮沢賢治、三浦しをん、朝井リョウ、手塚治虫、大友克洋の「AKIRA」や、ほしよりこの「きょうの猫村さん」など、お気に入りの本がぎっしり詰まっている。本のチョイスは脚本に出てくるタイトルをヒントに2人が好きそうな作家をリサーチ、さらに脚本の坂元裕二による監修の上で厳選されたとのこと。劇中、折に触れて登場する今村夏子の「ピクニック」、時間の経過を表すための重要な小道具になる野田サトルの「ゴールデンカムイ」、一緒に泣きながら読んだ市川春子の「宝石の国」…数々の本の感動を共有してきた二人の間に圧倒的な距離ができてしまったことを示す、後半の書店でのせつなすぎるシーンにも注目を。

本にまつわるディテールにこだわって鑑賞すればするほど、おもしろい発見があるブック・ムービーたち。映画を通して、世界の本屋さんを訪れたり、誰かの本棚をのぞいたりする体験をぜひ味わってみてほしい。

文/石塚圭子

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