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林真理子の「問題作」。読んでいて辛いのに、先が気になって仕方ない...!

  • 2021.4.28
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「結婚も就職も出来ぬまま五十代になった子どもが、八十代の親の年金を頼って生きていく現実は、今や大きな社会問題になっている」――。

林真理子さんの最新刊『小説8050』(新潮社)は、「『引きこもり100万人時代』に生きるすべての日本人に捧ぐ、絶望と再生の物語」。「引きこもり家庭」のリアルな描写と息もつかせぬ展開は、圧倒的な読み応えである。

「『父さんと死のう』。息子が部屋から出なくなって七年。このままでは、家族が破滅する――」

本書は「週刊新潮」(2020年2月27日号~11月5日号)の連載に大幅な加筆・改稿をしたもの。本作は連載時から話題となり、問い合わせが殺到。発売を待たずに異例の事前重版が決定したという。

完璧な人生に見える男の「秘密」

「圧倒的リアリティーで日常の隣にある絶望に迫る問題作!」と帯にある。まさに、実在する家族に密着したドキュメンタリーを見ているようだ。もっと言うと、一読者というより一当事者として、この問題に直面しているような緊迫感がある。

本書は「第一章 はじまり」「第二章 苦悩」「第三章 決起」「第四章 再会」「第五章 再生」「第六章 裁判」の構成。あらすじは以下のとおり。

都内で父から受け継いだ歯科医院を営む大澤正樹。美しく従順な妻と優秀な長女にめぐまれ、完璧な人生を送っているように見える。ところが、正樹には決して家族以外に知られたくない「秘密」があった。

有名中学校に合格し、医師を目指していた長男・翔太が、七年間も引きこもっているのだ。部屋から出られなくなった息子のために、家族は何ができるのか。父は息子の心を蝕んだ過去に立ち向かい、息子と一緒に戦うことを決意する。

「うちは違う、と考えていた」

正樹は小さい頃から努力することの大切さを説き、翔太に中学受験を勧めた。そして翔太は中高一貫の進学校に合格した。

ところが、中学二年生の夏休みが終わった時、翔太は突然「もう学校に行きたくない」と言い出した。いじめがあるのではないかと学校にも本人にも問うたが、結局真相はわからなかった。

それから夫婦は、息子を叱責し、懇願し、諭し、怒り、時には頬を叩いたり、妻が泣きながら「とにかく学校に行って頂戴......」と頭を下げたりしたこともあった。精神科医、都の相談窓口、カウンセラーにもあたった。しかし、引きこもりは現在も続いている。

「七年前も、"引きこもり"はとうに社会問題になっていたではないか。それなのに自分は心の中で、うちは違う、と考えていたのである」

「大きな変革」のはじまり

学校に行かなくなった翔太は、昼夜逆転の生活を始めた。

家族が寝静まった頃に起きてきて、食事をとり、風呂に入り、洗濯をする。そしてまた自分の部屋に戻り、パソコンやゲームをする。家族が起き出す頃には息を潜め、夕方眠りにつく。この生活は永遠に続くものと思われた。

ところが、夫婦の救いであった優秀な長女がここにきて、大澤家に「大きな変革」を求めたのである。結婚を決めた相手がいるが、「弟が引きこもりだなんて、私、絶対に言いたくない」という。

「私はね、ちゃんと上澄みの人生をおくりたいと思ってた。今だったらね、私はね、歯医者のお嬢さんで、早稲田出ている。(中略)だけど翔太がいたら、私、どうなるの。たちまち下の方にいっちゃうのよ。わかる?」

弟のことを「廃人」「災難」「爆弾」とまで言い放つ長女。正樹はひどく不愉快ではあったが、この状況がいよいよ限界にきていることはたしかだった。

「この七年間、見て見ぬふりをしてきた。出来るだけ視界の中に入れまいとしたうえに、何か目撃したとしても、それについて深く考えまいとしてきたのだ」

父と息子の「復讐」

ある日、翔太を外に連れ出そうと試みるが失敗に終わる。すると、翔太がバタバタと階段を降りてきた。両親を睨みつける目が赤く殺気立ち、唇は小さく震えていた。

「バカヤロー、うるせえんだ」「ふざけんなあ」とわめき、暴れ、母親に向かって椅子をふりおろした。「何がお前をここまでさせるんだ!?」と問う正樹に、「オレはただ復讐したいんだよ!」と翔太は叫んだ。

翔太の「復讐」の相手というのは、両親ではなく中学時代の同級生三人。「ぶっ殺す」と息巻く翔太にぞっとしながら、正樹は弁護士を頼んで制裁を加える方法もあると提案する。七年前に何が起きたのか。今さら「復讐」できるのか。一家の行く末は――。

「発売前からこんなに反響のある作品は、作家生活40年で初めて。真面目に生きてきて積み上げてきたものが、子どものせいで全て失われてしまう『8050問題』の恐怖は、誰にとっても他人事ではありません」(林真理子さんコメント)

林さんは弁護士、精神科医、歯科医師などに話を聞きながら、本作を執筆したという。読んでいて辛くなる場面もあった。にもかかわらず、先を読みたくて仕方なかった。著者の筆力を感じずにはいられない。本書は「引きこもり100万人時代」を生きる日本人の心に刺さる作品になるだろう。

■林真理子さんプロフィール

1954年山梨県生まれ。82年エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が大ベストセラーになる。86年「最終便に間に合えば」「京都まで」で直木賞、95年『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞、98年『みんなの秘密』で吉川英治文学賞、2013年『アスクレピオスの愛人』で島清恋愛文学賞、20年菊池寛賞を受賞。『不機嫌な果実』『アッコちゃんの時代』『正妻 慶喜と美賀子』『我らがパラダイス』『西郷どん!』『愉楽にて』『綴る女 評伝・宮尾登美子』など、著書多数。

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