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蓮佛美沙子さん「結婚は、ずっと一緒にいたい人ができたら、流れでできればいい」

  • 2021.4.24
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私にとっての故郷は、やっぱり鳥取です

――16歳で女優になるために上京しました。
蓮佛美沙子さん: 小学生の時からずっと、将来の夢は女優さんでした。卒業文集にも書いたくらいで、それしかなかった。高校を選ぶ時に、女優しかやりたくないのに勉強を続けるのが嫌になったというのもあって、オーディションの応募用紙を自分で印刷して親に判子をもらって、申し込みました。高校1年でデビューし、高校入学と同時に上京しました。

――1人で東京に来るのは、つらかったのでは?
蓮佛: つらくはなかったけど、普通の15歳の女の子が突然、360度大人しかいない環境に入れば、大人から色々なことを言われるわけで。当時、自我も確立されていなかったので「どうしたらいいか分からない」みたいな時期はありました。大好きなMr.Childrenの曲をよく聴いて、自分を鼓舞していましたね。

朝日新聞telling,(テリング)

――そんな東京での暮らしも15年経ち、人生の半分になりました。蓮佛さんにとっての故郷はどこなのでしょう。
蓮佛: それはもう鳥取ですね。帰りたいです、今も(笑)。
東京も好きなんですが、感覚的には家が二つあるような感じなんです。私のことを絶対的に応援してくれて、信用してくれるのは、やっぱり家族。その家族がいるから、故郷は鳥取です。
コロナがあって今は会えてないですが、こういう仕事をしているから、元気な姿をテレビで見せたくて。頑張ろうって気持ちになります。実家があるってありがたいことです。

――いずれは鳥取に帰りたい気持ちは?
蓮佛: 「いつか田舎に住みたい」っていう漠然とした気持ちはあります。親と一緒に住めるなら鳥取がいいけれど、正直、田舎なら鳥取じゃなくてもいいかも……こんなこと言ったら怒られそうですけど(笑)。でも、だいぶ先のイメージですね、しばらくは東京で働いていたいです。

朝日新聞telling,(テリング)

30歳、そんなに大きい変化なの?

――2月に30歳になりました。
蓮佛: 高校の同級生の友達がお祝いメールをくれましたが、私は早生まれだから、周りはすでに30歳。「やっと30か」「遅いぞ」って言われました(笑)。16歳の時から付き合ってきた私たちが30歳になったと思うと、感慨深かったですね。
でもそれ以外、変わったことが何もなくて。「30だね」っていう無言の圧力が周りから押し寄せてきてる気がするんですけど、「30になるってそんなに大きい変化なの?」って、本人があんまりよく分かってない感じです。

――30歳の目標は、特にない?
蓮佛: 目標とか、あんまり持たないんですよ。とにかく元気に楽しく生活できたらそれでいいなって。健康には気を付けたいですね。
今までも「何歳までに○○」とかじゃなく、目の前のことを頑張ってきました。期限を決めてしまうと、それまでに実現できなかったとき、終わってしまう感じがするんです。
あっ、でも目標、今決めました。35歳までに海外の作品に出たい。ずっと前から思っていたんですけど、近いうちにやれたらいいな。

朝日新聞telling,(テリング)

――30歳になる前、「20代のうちに結婚したい」と焦ったことは?
蓮佛: なかったですね。私の周りは25歳前後で“第一次結婚ラッシュ”がありましたが、その時も「へぇ、そうなんだな」と思うくらいで。今、誰かが結婚するって言われても、他人事として聞いているのかも。
結婚願望自体はあるのですが、結婚そのものに重きを置いてないんです。“生涯ともにいたいと思える人と出会えたから、するもの”っていう認識なんですよね。ずっと一緒にいたい人ができた時に、流れでできればいいのかなと。

――ドラマの中で、32歳独身を「負け組」と表現するセリフもあります。
蓮佛: そんなこと考える必要ないし、勝ち組・負け組という発想自体がなくなればいいのにって思います。結婚が「勝ち」や「ゴール」ではなく、考え方の幅がもっと広がったらいいですよね。

朝日新聞telling,(テリング)

人は人、自分は自分。そのほうが楽しく生きられる

――人とあまり比べない性格なのですか。
蓮佛: 例えば友達のことをすごく羨ましいと感じていても、その本人はいいことだと思ってない場合もあるじゃないですか。
私が考えていることって、自分が見てる世界だけで完結しているものであって、その人が本当に幸せかどうかは分からない。
自分の頭の中で勝手に比べて優劣をつけたり、「羨ましい」って思って、負の連鎖に陥ったりするのは「無駄だなぁ」って。人は人、自分は自分で楽しいと感じることをやろうって、いつからか思うようになりました。そのほうが楽しく生きられます。

――ご自身が育った環境が、影響しているのでしょうか。
蓮佛: 小さい頃に誰かと比べられた記憶がないので、影響しているのかもしれません。やりたいことをやらせてもらえたし、頑張ったら褒めてもらえましたね。すごく自信があるというわけではないけれど、自己肯定感は高いほうなのかなと思います。
親に育ててもらった“心のベース”があることを、色々な経験をしていく中で気づきました。親には感謝しています。
あとは、自分のダメな部分も、「そこがいいよ」とか「そのままでいいよ」と言ってくれる友達に恵まれて、楽になったというのもありますね。

朝日新聞telling,(テリング)

大事にしてるのは100%、自分の気持ち

――アラサーの女性は転職や結婚、出産などライフステージの変化が激しい世代。大きな決断をする時に蓮佛さんが大事にしていることは?
蓮佛: 一番後悔しない選択をすること、ですかね。「やらない後悔」よりは「やる後悔」のほうがいいし……。どんな決断でも、後悔まではいかなくとも「他の選択をしていたら」と“タラレバ”を考えて、人や過去の自分に羨ましさを感じてしまうことって、きっとあると思うんです。
でも「この道を選んだ場合は、こういう後悔をするだろうな」っていうことを考えて突き詰めていくと、最終的に自分が一番大切にしているものが何なのか、自ずと見えてきます。それを信じてって感じです。

――周りの声よりも、自分の気持ちを重視するほうでしょうか。
蓮佛: 100%、自分の気持ちですね。友達にも相談するんですが、「蓮ちゃんは相談してきても、だいたい答えが決まってる」って言われます(笑)。
アドバイスをもらっても、考えを変えないこともあるので、相談している時点で多分、結論は決まってるんです。もちろん変える時もあるんですよ、話を聞いて「なるほど」となれば、取り入れることも。
最終的には「自分が一番、すがすがしい顔でいられる選択肢はどれかな」って考えます。
人に言われたことや世間体を気にする人もいるかもしれないけど、私の場合は絶対後悔する。色々言ってくる人たちは、私の人生の責任を取れないでしょ、って思っちゃうんですよね。

朝日新聞telling,(テリング)

――最後に、今後どのように年を重ねていきたいか聞かせてください。
蓮佛: 大事なものを大事って素直に言える人でありたいし、器の大きい人でいたい。
自分が30代になったということもあって、「年齢を重ねていくって、果たして悲しいことなのか?」って考える機会が最近増えました。「若いほうがいい」みたいな風潮って、なんとなくあるじゃないですか。「結婚してるほうがいい」というのも。
そんな中で、「自分はこの先どう生きていきたいか」って考えるようになって。自分で自分を大切にできる人でありたいし、周りのことも大事にできる人でいたいですね。30代になって年齢や結婚についての“目に見えない圧”を感じることが増えてきたからこそ、そういう既成概念を度外視したところで自由に生きていきたい。「年齢を重ねた今が一番楽しい」って毎年感じるんですよね。それをずっと更新していきたいです。

●蓮佛美沙子さんのプロフィール
1991年、鳥取県生まれ。2006年、映画『犬神家の一族』で女優デビュー。初主演の映画『転校生 -さよなら あなた-』(07年)で、キネマ旬報ベスト・テン日本映画新人女優賞と第22回高崎映画祭最優秀新人女優賞。主な出演作にドラマ「37.5℃の涙」(15年、TBS系)、NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」(16年)、「恋はつづくよどこまでも」(20年、TBS系)などがある。現在放送中のNHKよるドラ「きれいのくに」にも出演中。

●ドラマParavi『理想のオトコ』
■4⽉7⽇(水)開始の連続ドラマ テレビ東京、テレビ⼤阪、テレビ愛知、テレビ北海道、テレビせとうち、TVQ九州放送で毎週水曜深夜0時40分~
動画配信サービス「Paravi」では水曜夜9時より毎話独占先⾏配信
■原作:チカ『理想のオトコ』(講談社パルシィ所載) 単行本のほか、漫画アプリ「パルシィ」でも読める)
■出演:蓮佛美沙⼦、藤井美菜、瀬戸利樹/ 味方良介、安藤政信ほか

hair&make:宮本愛(yosine.)
stylist:佐藤遥菜(crêpe)
アイテム(ブランド/問い合わせ先):イヤーカフ(warmth/株式会社ユーストン 03-6413-0156)

■奥 令のプロフィール
1989年、東京生まれ。不登校・高校中退から高卒認定を取得し大学へ。新聞の記者・編集者を経て、2020年3月からtelling,編集部。好きなものは花、猫、美容、散歩、ランニング、料理。

■齋藤大輔のプロフィール
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。

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