1. トップ
  2. 恋愛
  3. 全部「嘘」になる前に。あの切ない本のラストを、私たちもなぞった

全部「嘘」になる前に。あの切ない本のラストを、私たちもなぞった

  • 2021.4.20
  • 1519 views

りん、26歳。私には、5年経ったいまでも忘れられない人がいる。彼と最後に会ったあの日のことは、いまでも鮮明に思い出される。これは、いまから5年前の話。

私はこの日、多分もう恋に落ちていた
image by:Unsplash

高校を卒業してすぐに、私は北海道から東京に引っ越してきた。大学に通うため、一人暮らしをスタートさせたのだ。

実家では妹と同じ部屋で自分の部屋なんてなかったから、きょうからここが自分だけの空間だなんて、それだけで最高にうれしかった。早くかわいいインテリアをそろえなくちゃ。東京にはIKEAとかフライングタイガーとか、おしゃれなお店がたくさんあるんでしょ?インスタでずっと追っかけていた、あのモデルさんも住んでるんだよね?ドキドキが止まらなくて、多分飛行機のなかからずっとニヤけていたと思う。

引越しのお兄さんを見送ってダンボールを開いていると、部屋の隅に黒いものが見えた。近づくとサササッと動き出すソレは、実家では見たことのないアイツだった。声も出ないまま転がるように玄関を飛び出して、アパートの階段を駆けおりる。

「あの、どうかした?」

声に気づいて顔を見上げると、背の高いお兄さんが立っていた。どうやら私、下の階の廊下で尻もちをついてたらしい。

「ご、ごめんなさい…邪魔でしたよね」 「ううん、そんなことないんだけど…あ、もしかしてゴキブリでも出た?」

途端に顔から血の気が引いていく。名前を聞いた瞬間さっきまで目の前にいたアイツが現実のものになってきて「本当は夢だったんじゃない?私の見間違えじゃない?」なんて幻想をかき消していく。

「ちょっと待ってて、俺に任せて」

お兄さんはそういうと自分の部屋からスプレーを持ってきた。どうやらアイツを退治する便利グッズらしい。私があわあわしているうちにお兄さんは私の部屋に入って行って、壁を這い回っていたアイツをすぐに仕留めてくれた。

「念のためバルサンとか炊いといたほうがいいかもね。っていうか引っ越してきたばかりだったの?初日から出くわすなんて、運がいいのかもよ」

ニコニコ笑うお兄さんの顔を見て少しホッとする。さっきまでの恐怖と冷や汗が落ち着いていく。

「俺、下の階に住んでるからさ、また何かあったら呼んでよ。あーっと、名前は?」 「りんです」 「りんちゃん、よろしくね。俺はゆうき」

お兄さんが部屋を出て行った後、私はすぐお母さんに電話した。後日菓子折りを持って部屋を訪問した私を見て、ゆうきくんはお腹を抱えて笑っていた。

「ゴキブリ退治でこんなお菓子くれるなんて、俺当然のことしただけだから!丁寧すぎて面白いわ、俺の周りにはいないタイプ」

それでも私には、あなたが正義のヒーローに見えたんです。嬉しくて嬉しくて、できればもっとなかよくなりたいなって自然に思ったんです。多分一目惚れだった。心臓があんなに大きく踊りだしたのは、今後の人生でもあの日が最後だったと思う。

夏祭り、初めて見る花火と君の横顔
image by:Unsplash

東京の夏は暑くて暑くて、北海道の涼しい夏の夜なんてどこにもなかった。

どこかで花火の音が聞こえる。太鼓をたたくようにリズミカルに、ドンドンと、窓から見えるかなと思ってみたけどちっとも見えない。密集するマンションにアパート、住宅街のど真ん中、ここから花火なんて見えない。そんな私の愚痴を知ってか知らずか、ある日授業から帰るとゆうきくんがアパートの前に立っていた。

「おかえり!待ってたんだよ。ほら、荷物置いたら行くよ」 「行くってどこに…」 「花火大会!」

そういえばきょうは朝から浴衣の人をよく見かけた。いわれるがままに荷物を置いて、私は彼についていく。ゆうきくんは別の大学の1つ上の先輩で、あれから私のことをよく気にかけてくれていた。

この間は夜カレーを作って持ってきてくれたし、この辺の案内もしてくれた。大学まで突然来て「これから観光しよ!」って東京観光に連れて行かれたこともあったかな…よく突拍子もない行動をする人だった。

そんな強引さに私はすごい惹かれていて、優しくてよく笑ってくれる彼を好きになっていた。私を見つめるときの優しい眼差しにいちいちドキドキして、でも「私年下だから、妹としか思われてないのかな」って。

「ついたよ」

花火大会の会場からはかなり離れた公園に彼は連れてきてくれた。

「ここから花火見えるの?」 「うん、穴場スポット!大家さんが教えてくれたんだよね、彼女ができたら連れて行きなさいって」

彼女ができたら…どうして私をそんなところに連れてきてくれたの?

「それって」

私の言葉を遮るかのように大きな花火が空に打ち上がった。キラキラと光る火花が夜の東京を鮮やかに彩る。彼の顔もキラキラと、花火の明かりに照らされる。そしたらもう止められなかった。

「好きです」

キラキラと照らされた彼の顔をもっとずっと見ていたくて、そしたら自然に口からこぼれた。3月の終わりに初めて出会ったときからずっとずっと心のなかで育てていた思いを、あの大きな花火があふれさせた。

「あ、ごめんなさい…」

返事もなくただこちらを見つめる彼の顔を見て思わず謝ってしまう。どうしよう、失敗したのかな、いまじゃなかった?タイミングを間違っちゃった?

「りんちゃんさ」

彼は私のほうに体を向ける。

「俺がいおうと思ってたセリフ、なんで先にいっちゃうかな」

花火に照らされてよくわからなかったけど、あのときゆうきくんの顔も花火みたいに高揚していた気がする。じっと目を見つめられて、思わず恥ずかしくて目を背けた。

「俺も好きです、付き合ってくれませんか?」

あなたに勧められた本、まるで私たちみたいにステキな恋の話
image by:Unsplash

ゆうきは家の近くの古本屋でバイトをしていた。小さな古本屋で、店主のおじいちゃんがいつもレジのところに座っていた。腰を悪くして本を整理できなくなったおじいちゃんの代わりに、ゆうきがアルバイトとして入ったらしい。

ほとんどお客さんは来ないようなお店だったけど、それでも愛がたっぷり詰まった本屋だった。店先のベンチにはいつも近所の人が座っていて、たまに猫も来る。一本となりの道は交通量も多くて途端に「大都会」のオーラを出しているのに、ここは違う。

ゆうきと付き合いだしてから、私はたびたびこの本屋を覗くようになった。もともと読書が好きだった私に、彼が色々と本を薦めてくれるのだ。

きょうの本はラブストーリー。物語は遠くから引っ越してきたヒロインと、主人公との短い夏の物語だった。私はまだまだ何度もここで夏を重ねるけれど、私とゆうきのことみたいでちょっと感情移入する。ラストが少し切なくて、思わずちょっぴり泣いてしまった。50円のワゴンにひっそりと埋まっていたこの本。こんなステキな物語がワゴンに埋もれていたなんてちょっと切ない。

ゆうきと付き合ってから、私の部屋の本棚はあっという間にいっぱいになった。実家から持ってきた3段のカラーボックス。シールをはがした跡も、落書きも、いまじゃなんだか愛しい。古本屋で働いているせいか、ゆうきは古書の匂いがする。懐かしくて落ち着く匂い。私の部屋にも、その匂いが香っている。

気づけば私だけの空間が、あなたとふたりの空間に変わっていた。棚のうえには彼がUFOキャッチャーでとってくれたぬいぐるみ。コルクボードにはふたりで撮った写真。テレビの横にはお祭りで当たったちっちゃなランプ。見渡す限り、あなたがそこにいるみたいだった。

ふとインターホンが鳴る。彼は付き合ってからも、こうして突然家にやってくる。ちょっと強引に誘ってくるところとか、やっぱり好きなんだよなぁ。

「ゲームしよ!実家からファミコン送ってもらったんだ」

深夜までふたりでゲームをしたり、お腹がすいてアイスを買いに行ったり。次の日は一緒に夜ご飯を食べて、「暇だね」なんていいながらDVDを借りに行く。漫画とかドラマで憧れてたような半同棲状態を、私は経験していた。

そこに愛があるなら、なんでも吹き飛ばせると思っていた
image by:Unsplash

大学3年生の夏。1つ年上の彼は就職活動が忙しくなっていた。

「もうゆうきも就職かあ、私来年頑張れるかな…」 「りんなら大丈夫だって、俺はスタートが遅かったからさ」

ゆうきは最初、地元の会社で働くのを希望していたらしい。しかし私は都内に就職するつもりだったので、それに合わせて急きょ5月に希望を変えたのだ。志望していた会社も何社かあったはずなのに、もう一度エントリーし直しだという。

「3月から説明会に行き始めて、もう4カ月も経つんだね。ゆうきのスーツもだいぶ見慣れちゃった。社会人になったらこんな感じかぁ」 「妄想してんの?」 「うん、ちょっとだけ」

このころは週に1度会えるか会えないかで、あまりふたりの時間は合わなかった。前のように深夜まで彼と過ごせる日はほとんどなくなった。

「今週は忙しいから会えないかも。土日も会えそうにないかな」 「うん、面接の練習?」 「そう。先輩が時間作ってくれたんだよね」

手馴れた様子でネクタイを結ぶ彼を見て、少し寂しくなる。早く就活が無事に終わりますように、また一緒に過ごせる日が来ますように。そんななかサークルの飲み会で、私は慣れないお酒にかなり酔っ払ってしまった。

「りん、大丈夫?家まで帰れそう?」 「んんー…」

同級生の男子が私をおんぶしてくれた。最近彼ともハグしてないから、なんだか人の温もりが久しぶりに感じる。酔っ払っていてよく覚えてなかったけれど、そのまま同級生は私の家まで歩き出した。うとうとしていると古書の香りがかすかにした。ゆうきだ。

「ごめんね、俺、電話してくれたら迎えに行ったのに」 「なんかりん、携帯の充電切れたみたいで…」

背中から顔を上げると、ゆうきが私のほうを見ていた。なぜかふっと顔をそらしてしまう。気づいたらゆうきの部屋のベッドに寝かされていた。

「あれ…ごめん…」

お水を持ってきてくれたゆうきに謝る。

「呼んでくれたら迎えに行ったのに、なんでほかの男におんぶされてんの?」

あれ?ちょっとヤキモチ焼いてる。

「なかよしの男子だし、いいかなって」 「無事に帰ってこれたからよかったけどさ、相手は男だよ?何されるかわかんないじゃん」 「そうだけど」 「携帯の充電切れたならタクシーで帰って来ればよかったんじゃない?危ないから気をつけてよ…それに飲みすぎ!20になったばっかりなのに羽目外しすぎだよ」 「だって」

まだお酒が残っているのかな、思わず本音が口から飛び出た。

「寂しいから。少しでも構ってほしかったの。酔っ払ったら…構ってくれるかなって」

ああまた、まただ。彼がこんなに頑張っているのにどうしてこんなこというんだろう。なんでこんな可愛くないこといっちゃったのかな。

「ごめん」

彼に謝ってほしいわけじゃないのに…。

「まだりんは、3年生だからわからなくて当然かもしれないけど、俺の気持ちもわかってほしいよ」

ゆうきは私に背中を向けて、ポツリポツリと話し始めた。

「俺は、りんと一緒に居たいから頑張っているのに」

それは事実、本当にそうだった。自分がそのあと就活を経験して気づいたことだけど、ゆうきは地元の就職を目指して就活していたのに、春になって急遽都内に変更したのだ。これまでの準備がほぼ、水の泡になっていた。それもこれも「私と一緒にいたいから」っていう、理由のために。

喧嘩したまま、付き合って2年の記念日がやってきた。きょうもあの日と同じ、ジリジリと暑い。花火大会のために買った浴衣に袖を通し、アパートの外に出る。

「浴衣、かわいいじゃん」

よかった、いつものゆうきだ。ニコニコ笑って私の頭を撫でてくれる。手をつないで、あの日の公園に向かう。

「ゆうき、この間はごめんね、私…」 「大丈夫だよ。俺のほうこそごめん、りんの気持ちわかってやれなくてさ」

彼の顔は確かに笑っていた。大丈夫だよ、って何度も私にいってくれる。いつもの笑顔で私を包み込んでくれる。でも心にチクチクと痛みが走る。ねえ、その言葉、本当に思ってる?無理していってないかな。私、あなたの邪魔になってる…?

お互いの夢のために。あの本のラストを、私たちもなぞろう
image by:Unsplash

花火大会が終わった次の日、私はあの本を読み返していた。彼が薦めてくれたラブストーリー。この物語の結末は「お互いの夢のために、別れを決断する」というもの。

本のふたりは「いまの関係」を手放すのが怖くて、なかなか前に進めないでいた。この先の人生を決める大事な決断を迫られたとき、悩む理由は「相手の存在」だった。素直に送り出せたらそれで十分なのに、送り出せない。あなたを手放したくない。そんなふたりの心の葛藤を見て、私は涙が止まらなくなっていた。

いま私が読んでいる本も、あなたがくれたぬいぐるみも、家に置いたままのファミコンも、全部嘘になっちゃいそうで。でも私が、あなたの夢の障害になるのは嫌だよ。

あれからゆうきは就活の合間を縫って私の時間をとるようになった。会えない夜は欠かさず電話をくれた。疲れた声だとわかっているのに「大丈夫だよ」と口にする。そんな嘘、もうついてほしくない。

「あのね、ゆうき、話があるの」

土曜日の夜、私は彼に切り出した。

「私ね、この先もずっとずっと応援してるよ、ゆうきのこと誰よりも応援してる」

まだ本題に入っていないのに、目頭がぎゅっと熱くなる。

「だからね、いまは自分の将来に一生懸命になってほしいの。私も、頑張るから。だから、私のことは気にしないでほしいの」

ポロポロと涙があふれてくる。

「別れよう」

それからのことはあまり覚えていないけれど、ゆうきは私の決断を引き止めなかった。「一生懸命考えてくれたんだよね」といって、私をそっと抱きしめてくれた。

そのあと、彼は無事最初に希望していた地元の会社に就職できた。内定が決まった時は私に一番に連絡をくれて、一緒に喜びあった。付き合っていたときのように深夜まで語り明かして、その日は奮発してハーゲンダッツも食べた。

ゆうきとあったのはその日が最後だった。あれからゆうきは地元に帰り、私は都内で就職した。あの本をいまでもたまに読み返す。実はあの話には続きがあって、どうやらふたりは再会し、もう一度愛を育むようになるそうだ。ただもう絶版している本で、入手しようにも方法がない。

彼の働いていた古本屋は3年前に閉店してしまったし、ほかの古本屋で探してもなかなか見つけられない。ただ、いまでも古本屋に行くと古書の香りにドキっとする。あなたがそばにいるようで、心が暖かくなる。私たちも、いつかまた会えるだろうか。そのときは見せたい、私も頑張ったんだよって。

  • image by:Unsplash
  • ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
  • ※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります。

by them

元記事で読む