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「青天を衝け」9話。大河ドラマ史上もっとも美しく、切ない桜田門外の変

  • 2021.4.18
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吉沢亮主演、大森美香脚本の大河ドラマ「青天を衝け」第9話。
今回のサブタイトルは「栄一と桜田門外の変」。「栄一と」とはついているものの、血洗島にいる渋沢栄一(吉沢亮)は当然まったく絡んでこない。
安政の大獄から桜田門外の変まで、井伊直弼(岸谷五朗)祭りだ。

幕末の定番エピソードをどう描くか

幕府の実質的な最高権力者である大老・井伊直弼が白昼堂々、しかも江戸城の門前で暗殺されるという、幕府の弱体化を象徴する事件・桜田門外の変。日本史の授業で絶対に習ったはず。
明治維新へと向かう大きなターニングポイントになっただけに、幕末を舞台にした大河ドラマではほぼマストで登場してくる。

雪の中を進む井伊直弼の籠に、直訴を装った刺客が近づき斬りかかる。合図の銃声とともに、刺客と護衛たちが入り乱れる混戦となるも、最終的には「黒ひげ危機一髪」よろしく籠に刀をブスブス突き立てられ井伊直弼絶命。

現場の状況が詳細に伝えられていることもあり、ドラマでの描写は「忠臣蔵」の討ち入りシーン並にテンプレート化している。その中でどう差別化していくかがドラマ制作陣の腕の見せ所なのだ。

多数派はやはり、憎い悪役を討ち果たした
スカッとエピソードとしての描かれ方。直弼が見苦しく抵抗したり、逃げようとするも、結局討たれてしまうというパターンA。

開国を推し進めたことにも、安政の大獄にも直弼なりに日本の将来を見据えた展望があり、「愚か者めが!」と悔しがりながら志半ばで死んでいくパターンB。

襲われることを覚悟していたかのように、籠の中で目を閉じたままブスブス刺されるパターンC。

「青天を衝け」での桜田門外の変は、パターンB~C寄りではありつつも、これまでの大河ドラマでもっとも“直弼の切なさ”にスポットが当てられていた。

忠義の赤鬼・井伊直弼

急に大老へと任命されたプレッシャーから悪夢を見ちゃうほど小心者だった“茶歌ポン”井伊直弼。
しかし前将軍・徳川家定(渡辺大知)の「水戸や越前をみな処分せよ。慶喜もじゃ!」という遺言を受けて“井伊の赤鬼”と化し、反幕府勢力をズバズバ処分。いわゆる安政の大獄を断行していく。

暗闇で「こいつら全員処分しちゃうぞ名簿」(デスノート級に怖い!)を見ながら、処分済みの名前を朱色の墨汁で消す。
一般的な“極悪大老”井伊直弼イメージにピッタリの邪悪な絵面だが、権力欲や復讐心から行っているというよりは、家定への忠義のため感情を殺して粛々と処分を進めているようにも見えた。
将軍・家茂(磯村勇斗)から直弼暗殺計画のうわさを聞かされた際にも、
「憎まれ事はこの直弼が甘んじて受けましょう。そして上様がご成長あそばされれば、すらりとお役御免を仰せつかる」
との返答。
家定が指名した後継者・家茂を支えるため、あえて自分が憎まれ役になる忠義の臣として描かれているのだ。
とはいえ、幕府の障害となりうる人物を次々に処分していった結果、尊王攘夷の志士たちの感情を逆なでして、全国に倒幕勢力を生んでしまうのだが。

美しく切ない桜田門外の変

特に怒り狂っていたのが、ご老公・徳川斉昭(竹中直人)のみならず、その息子・徳川慶喜(草なぎ剛)まで処分されてしまった水戸藩。
この時期、藩に迷惑がかからないよう脱藩し、直弼を狙って江戸に潜伏する水戸浪士たちがウヨウヨいたようだ。
結局、直弼は水戸浪士を中心とした刺客たちに殺害されてしまう。

桜田門外での襲撃シーンは、数ある幕末大河ドラマの中でも屈指の美しさ!
直弼の乗る籠を巡っての乱闘と、狂言「鬼ヶ宿」披露の様子。さらに、永蟄居を言い渡され、泣きながら水戸へ帰っていった徳川斉昭が国元で楽しそうに孫と遊ぶ様子がカットバックしていく。
地元で穀を潰していた時代の直弼が、茶道をはじめとしたさまざまな趣味とともにどハマリしてたのが狂言。「鬼ヶ宿」は直弼が自ら作劇した新作狂言で、ヘタに藩主や大老にならなければ、文化的な方面で活躍していたのでは……と思うと切ない。

安政の大獄デスノートで処分済みの名前を朱色の墨汁で消していた直弼だが、最期は「鬼ヶ宿」の脚本を自らの血で赤く染めた。
「日の本は……日の本は……」

一方、尊王攘夷思想に取り憑かれ、かなり厄介なおじさんと化していた斉昭が急に好々爺になって孫と戯れるシーンも、出世レースからはずれて一気に毒気が抜けてしまったサラリーマン感があって、楽しそうではあるが切ないのだ。
刺客たちからすれば「斉昭の敵を討ったった!」という気持ちだろうが、脱藩済みとはいえ、水戸藩士がこれだけヤベエ事件を起こせば斉昭もただで済むはずもない。タイミングを見て復権を狙っていたであろう斉昭にとってはありがた迷惑な話。
井伊家も水戸藩も、まったく得をしない事件だったのだ。

今回も渋沢栄一の見せ場ナシ

世の中が激動する中、隠居謹慎処分を言い渡され、風呂にも入らず部屋に閉じこもる徳川慶喜は、ますます闇に墜ちしていた。
「身に覚えなく罪をかぶった者の意地でござりましょう」
直弼への抗議の意味合いもあるだろうが、それとともに、お世継ぎ候補の座を自ら降りたことで現在の事態を招いた自責の念もあったのではないだろうか。

安政の大獄のあおりを食って、慶喜が心を許していた数少ない家臣・平岡円四郎(堤真一)は甲府へ左遷。父・斉昭も桜田門外の変からほどなくして急死した(直後に死んでいるような描写だったが、実際には半年後くらい)。

また、ドラマ中では描かれなかったが、この時期に妻・美賀君(川栄李奈)は慶喜の子を出産。しかし、その子はわずか数日後に亡くなっている。
前回、妊娠している姿を出しておきながら、どうしてこのエピソードを省いたのか疑問だが、とにかくこの頃の慶喜は人生最大級の暗黒期だったのだ。
斉昭の死を報され、
「謹慎というのは親の見舞いどころか、死に顔も見られぬのか。私はなんという親不孝者だ」
と声を上げて泣いた慶喜。
尊王攘夷に狂った斉昭を持て余し気味ではあったものの、やはり慶喜にとって父は大きな存在だったのだろう。

今回、慶喜のセリフは数えるほどしかなかったが、すべてのシーンで圧倒的存在感を放っている。役者・草なぎ剛のすごみを感じた。
一方、主人公なのに今回もあまり存在感のなかった渋沢栄一は、尊王攘夷にかぶれて「この世を変えたい!」「江戸に行かせてほしい!」なんて言い出している。
結婚したばっかだというのに……。

渋沢栄一は将来、本当に日本を変えるからいいようなものの、今だったら、新婚ホヤホヤの夫がいきなり「東京でお笑い芸人になる! NSCに入りてえ!」とか言い出すようなものじゃないだろうか!?
次回はいい加減、栄一の活躍が見られるだろうか。

■北村ヂンのプロフィール
1975年群馬生まれ。各種面白記事でインターネットのみなさんのご機嫌をうかがうライター&イラストレーター。藤子・F・不二雄先生に憧れすぎています。

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