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【連載・暮らしと、旅と…】沖永良部島・爽やかな風に吹かれる島の時間

  • 2015.6.19
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トラベルライター朝比奈千鶴による、暮らしの目線で旅をする本連載。奄美群島をめぐる旅、2つ目の島は沖永良部島を訪れました。沖縄から船で奄美群島をアイランド・ホッピングしながら奄美大島まで北上するこの旅で、どうしても泊まりたい宿が沖永良部島にありました。今回はお目当ての宿、1日1組のみ宿泊を受け入れている古民家宿「Shimayado當(しまやどあたり)」についてお届けします。 一軒家宿に流れる心地よい時間は、いつも爽やかな風が吹いていました。

与論島からフェリーに乗って約2時間。沖永良部島、和泊港が今回の旅の玄関口です。和泊港から「Shimayado當」のある田皆(たみな)集落まで車で約1時間ほどでたどり着いたのは、琉球建築様式の流れをくむ古民家でした。ホームページで見た通りの美しい佇まい。入り口にあるガジュマルと屋根にあるシーサー、ゲットウ、シダが生い茂る南国風情は、奄美大島に住んで亜熱帯の動植物を描いた画家、田中一村の絵の世界に飛び込んだかのようです。縁側に座り、絵画に登場する美しい鳥、アカショウビンをじっくりと待つ時間を持てたら、この上なく幸せなひとときが過ごせそうな雰囲気です。

島の伝統様式である「とうぐら(台所)」と「うぃや(主屋)」が別棟になった建物の、うぃやのほうに通されました。荷物を下ろして畳の上に敷かれた花ゴザに寝転がると、風に揺れるウインドベルの音が聞こえてきます。風通しのよい室内で、音に癒されながらぼうっと天井を見つめていると、急に柱や欄間、照明、装飾品などに焦点が合い始めました。欄間には「福寿」という文字が彫られています。琉球ガラスのランプシェードは、夜になるとやわらかな光を放ちそう。ふと、横に目を向けると、民藝の本がさりげなく置かれていました。

和室の奥にはもうひとつ小さな部屋があります。オーナーのセンスで集められたンテリアや旅の雑誌、民俗文化にまつわる書籍などが収められた書棚や多くのCDがあり、リクライニングチェアに座ってのんびりと宿での時間を過ごすことができます。部屋の佇まいに、ここは旅人を裏切らない場所と確信しました。古い家ですが梁は太く、天井はとても高く感じます。以前、ここにはよほどの方が住んでいたのではないでしょうか。 「以前の家主は校長先生で、このあたりでは名家だったようです。築50〜60年は経っているでしょうか。売りに出ていたものの、買い手を厳選していたらしく8年くらい空き家だったんです。建物を壊さないでそのまま使うと言ったら、よろこんで譲ってくださることになって。自分たちでリフォームしたんですよ」そういいながら、オーナー・大當(だいとう)健一郎さんの奥様、未知さんがウエルカムドリンクを持ってきてくれました。大當さんと東京で知り合い、結婚と同時に移住をしてきた未知さん。ここに来る前は、ふたりで都内に暮らしていたそうです。

いろいろ話をしているうちに、ご主人が以前渋谷でバーや沖縄料理店を営んでいたこと、その店に私が訪れていたことがわかり、すっかり盛り上がってしまいました。実は、大當さんが渋谷で営んでいた沖縄居酒屋「當(あたり)」は、おいしい沖縄料理が食べたくなったときに何度か尋ねたお店です。途端に、夕食が楽しみになりました。 座卓の真ん中に板が渡され、その上にずらりと料理が並びます。沖縄の焼き物の”やちむん”や鳥取の民藝の器などにきれいに盛られた料理に、ごくり。おいしそうです。

「近海で獲れたシビマグロの刺身、田芋を煮たドゥルワカシー、ゴーヤの味噌炒め、昆布と豚肉を炒めたクーブイリチー、ソーキ(豚のあばら肉)の揚げ煮、油ぞうめん。野菜は自家菜園の無農薬のものを使っています」。

Uターンで島に帰ってきた大當さんのお父さんが家の前で野菜を作っており、いつも採れたての旬野菜を玄関に置いておいてくれるのだそうです。島のごちそうをいただくなら、飲み物はやっぱり地元の黒糖焼酎をロックで。さらりと一口飲めば、ああ、極楽、極楽。 陽が落ちて少しずつ深くなっていく中庭の緑を眺めながら、ゆっくりといただきます。テレビも音楽も、エアコンの作動する音もなく、ウインドベルをゆらす風の音を感じながらの夕食。こっくりと滋味深いドゥルワカシーはいろんな食感がして、楽しい。麺のゆで加減と油の混ざり具合が絶妙な油ぞうめんは、しっかりとコシがある。ひとくちずつ感じ入りながら味わい、唸りながら箸を進めると、いつの間にか2時間も経っていました。

幸福だなあと思える食事のシチュエーションはいろいろありますが、こんな風に何にも邪魔されないプライベートな空間で、自分だけに作ってもらえる料理を時間を気にせずに食べられるなんてとても「口福」に感じます。日々働いたからこそ、自分に与えられるご褒美です。 朝食はトーストに焼きたてのオムレツと採れたての野菜、スープ、ヨーグルトなど。2泊すると翌朝は和食になります。どれもおいしくてぺろりと食べてしまいました。大當さんは「もし、誰か島に移住してきてくれるんだったら、パン職人さんがいいな」といいます。都内に住んであちこちでおいしいパンを食べていた彼は、島にあるパン屋の選択肢の少なさに寂しさを感じているようでした。

朝食後、「沖永良部島に来ないとこんな経験はできないよ」と誘われ、鍾乳洞へ。国内でも有数のカルスト地形である沖永良部島は、島の西側にある大山の山腹地下に大小あわせて200〜300の大鍾乳洞群が存在します。現在、沖永良部島では洞窟を探検するスポーツ「ケイビング」が盛んで、「ケイビングの聖地」とも呼ばれています。

森の中を歩いてたどりついた鍾乳洞は、中に入ると天然の冷蔵庫のようにひんやりとしていました。大當さんのあとについて歩くと、あちこちからぴちゃんぴちゃんと水の落ちる音が響きます。沖永良部島の鍾乳洞は「昇龍洞」が有名ですが、ジャングルの自然光の届かない場所にある鍾乳洞にお客さんを連れていくことができるのも、大當さんが沖永良部島ケイビング協会から教育・認定を受けたガイドだからこそ。

時間がなく、ケイビングはできなかったのですが、わずかの時間でも地底探検をして自然の神秘を肌で感じることができました。 「Shimayado當」では、海の上でサーフボードに立ったままオールを使って漕ぐスタンドアップパドル(SUP)やキャンプなどのアクティビティが用意されています。宿のSNSを見ると海や洞窟などでいろんな楽しいことを発見している大當さんの姿が見られますが、海外の一流リゾートのヴィラでもここまでひとりの人にサービスをしてもらえるような場所はないでしょう。

国内をはじめ、バリやジャマイカ、アメリカなどを旅していろんなものに触れ、ものごとを見る目、感じる力を養ってきた大當さん。島に滞在するなら、ぜひ自然を体験してもらいたいとアクティビテぃを始めました。本当の島の良さを体感してもらえたら、また島に戻ってきてもらえると思ったのだそうです。

「今は宿をやっていますが、東京から戻る3年前に渋谷の店を閉め、その後働いた場所で事故に遭って背中の粉砕骨折をしました。ようやくリハビリをして歩けるようになった折に生死に関わる大病を患い、実は2度も死にかけました。ここに来るまで本当にいろいろありましたね。この先、どうなるかわからない人生を好きなことをやって精一杯謳歌していきたいと思い、父の故郷であるこの島に移住しました」というものだから驚きました。目の前にいる彼は、「頼れる島の男」といった風情で、死にかけたことがあるだなんてみじんも感じさせないからです。

「病気をきっかけに、ふんぎりがついて島に来ました。すると、どんどん元気になって。この家と出会ってからは良いことばかり。土地を譲ってもらったとき、この家は家運がいいから頑張りなさいと家主さんにいわれたんですよね。まさにその通りです」と大當さん。 ひとりきり、ほとんど携帯電話も触らない長い夜。琉球ガラスのランプシェードを眺めながら、渋谷のあのお店のオーナーは、やけに声の大きな明るいお兄ちゃんだったなあと当時のことを思い出しました。この宿にひとりでやってくるお客さんも、きっとこんな風に何かを思い出したり、考えたりしながら時間を過ごしているのでしょう。ときどき風の音に耳を澄ませ、眠りにつきました。

最終日、大當さんと未知さんと一緒に彼のお気に入りの浜へ。ここに寝転がり、空を眺めてじっとしていると背中から毒が抜けていくようだと大當さんはいいます。

移住当初は戸惑っていた未知さんも、島の人たちに馴染んでいくうちに、ちょっとずつ気にかけてもらっているのがわかり、守られているような気がするようになったそうです。

「梅雨明けの7月の空と海の青さが格別で、住むようになって初めて同じ青でもちょっとずつ変化していることを知りました。今まで気づかなかったことに気づいていくのが楽しいです」という未知さんは、覚悟を決めて彼についてきて大正解だったようです。 「自分の感覚に正直に従うと、自然の中にいたいというのが答えでした。いろいろ遠回りするたびに考え、最終的には死んでしまうかもしれないというところにまで行って、やっと自分の心地よい感覚に素直に従えるようになりましたね。何よりも、今後は自分の好きなことを思い切りやって生きていきたいんです」。

当初、インターネットでしか告知をしていなかったこともあり、最初の1年はポツリポツリとしか来なかった申し込みが、今では1か月間休みがとれないときもあるそうです。リピーターと一緒にケイビングや SUPをするというスタイルも定番化してきました。 宿が軌道に乗ってきた大當さんは、庭やトイレ、お風呂など次々と設備投資をしています。「心地よいものを追究していく過程で、欲しいものが島になければ好きなように作ればいい。それがここでは、次にやりたいことのための資金を生み出すことにつながるのでうれしいですね」という彼は、1年に一度、しっかりと休業期間をつくることにしました。先日も夫妻で九州をめぐり、楽しんできたようです。

各地で積極的に心地よいものを求め、吸収したものを栄養に変えて進化していく「Shimayado當」に、また泊まりにいくのが楽しみになりました。私もまた、自分の英気を養うために心地よい感覚に従って、この宿へ向かうのです。 たとえ、自分の置かれている状況が大変だとしても、心地よい感覚を自分の中でつかんでいれば、いつだってその状況を思い出すことができます。いつかまた沖永良部島の「Shimayado當」を訪れることを励みにして、日々を過ごしていこう。島の風に吹かれて、心の栄養をたくさんもらって次の島へ。その前に、おいしい沖永良部島のおみやげも買わなくては!

さて、次回は、沖永良部島発、お取り寄せでも大人気の可愛らしいお菓子、「沖永良部島型ちんすこう」を作る 「Cafe Typhoon(カフェ タイフーン)」をご紹介します。お楽しみに。

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