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東出昌大が考える“いい演技” 松山ケンイチ、柄本時生との5年ぶりの共演で気づいたこと

  • 2021.4.10
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東出昌大(撮影=池村隆司)

映画『BLUE/ブルー』が4月9日より全国公開中だ。『ヒメアノ~ル』『愛しのアイリーン』の吉田恵輔監督最新作となる本作は、ボクシングの挑戦者を象徴する“ブルーコーナー”で戦い続ける、静かに熱い若者たちの物語。松山ケンイチが、誰よりも努力し情熱を注ぐも、負け続きの先輩ボクサー・瓜田役で主演を務める。また、東出昌大が瓜田と同じジムに所属するチャンピオン目前の後輩・小川役、柄本時生が好きな娘のために始めたボクシングにのめり込んでいく新人・楢崎役をそれぞれ担当。さらに木村文乃が、瓜田の初恋の人で、今は小川の婚約者の千佳を演じる。

リアルサウンド映画部では、チャンピオンを目前に控えながら病に苦しむ小川を演じた東出にインタビュー。『聖の青春』(2016年)以来の再共演となる松山、柄本ら先輩役者との共演、演技というものそのものの魅力から吉田監督との作業まで語ってもらった。

「試写で観たときに思わず泣いてしまいました」

ーー東出さんにとって、本作が初の吉田恵輔監督作品出演となります。

東出昌大(以下、東出):一緒にお仕事をさせていただいて思ったことは、吉田監督は非常に“感覚”の方なんだなと。監督にはそれぞれどのように役者のいい芝居を引き出すかという演出論があると思うんですが、吉田監督は中でも独自の方法論を持っていらっしゃるというのを僕ら俳優陣は肌で感じたと思います。それは感情の芝居だったりキャラクターになり切るということだけではなくて、もっと技術的なことも求められました。例えば僕は今回パンチドランカー(脳へのダメージが積み重なり、高次脳機能障害を起こした人)という役柄でもあったので、吃ってしまう芝居や、さっきまでのことを忘れてしまう芝居は、すごく繊細で難しかったですね。そういう演技って、ただ感情の赴くままに演じるだけでは成立しないので。そういう芝居のときに、「もうちょっとできたかな」「0.1秒ずれたかな」と僕がカットがかかった後に思ったときは、不思議と吉田監督も「もう1回やろう」とおっしゃるんです。モニターでしかご覧になっていないのに、その判断がすごく早いので、“いい演技”を見抜く力がすごい方なんだろうと思います。

ーー東出さん、松山さん、柄本さんがそれぞれボクサー役を演じていますが、そのキャラクターや設定は異なります。

東出:松山さん演じる瓜田の優しさ、強さを表現するのは難しいでしょうし、時生くんの楢崎はコメディリリーフの役割も担っていて、それぞれの場面で絶対的な技術が求められます。個人的には、楢崎と楢崎のおばあちゃんのシーンが印象深かったです。僕はそのシーンの現場を知らなかったんですが、試写で観たときに思わず泣いてしまいました。松山さんも時生くんも凄まじい役者です。

ーー吉田監督は実際にボクシングもやられていて、ボクシングの指導にも注意を払ったと語っていました。

東出:ほぼボクサーのような生活を僕らはしていたんです。玄人の方でもなかなか気づかないところまで細心に役作りをできる機会がある環境という意味で、大変幸運な現場だったと思います。『百円の恋』や『あゝ、荒野』『アンダードッグ』など日本の多くのボクシング映画の指導をやられていた松浦慎一郎さんがトレーナー・ボクシング監修でついてくださったことも大きいです。比嘉という役で今回出演もされているんですよ。僕は、松浦さんのトレーニングメニューや教えをそのまま愚直にやっていただけです。ボクシング指導、体作りは松浦さんあってこそできたことでしたし、松浦さんがいらっしゃったからできた映画だと思っています。

ーー『BLUE/ブルー』は華々しい脚光を浴びないボクサーたちが主人公になっています。役者業をこれまで長らくやってきた東出さんですが、本作の登場人物たちに自身を投影することはありましたか?

東出:役者とボクサーの世界は違うかなと今振り返ってみると思います。役者って、観ていただく方によってその“点数”は違うというか。100点だという人もいれば、25点だという人もいる世界なので、ボクサーのように白と黒、勝ちと負けがはっきり分かれる世界とは違うものと捉えていました。

ーー一方で、そんな世界の中でもより役者として成長できるように、東出さんは上を目指してきたと思うんですが。

東出:どうしたらもっと良くなるか、というのは確かにずっと考えていることです。溝口(健二)監督や成瀬(巳喜男)監督や木下恵介監督の作品に出ている役者さんの良さってなんだろうって(笑)。やっぱり僕の中では笠智衆はすごいし、森雅之が大好きなんです。じゃあ、なんで今の日本映画は当時のような評価を得られていないんだろうと考え続けるんですが、やっぱり明確な答えはまだ見つけられていません。でも、監督と作品を作るにあたってお話しするときに、やっぱり考えてきてよかった、いろんな作品を観てきてよかったと思うことは多いので、きっとこの逡巡も間違ってはいないとは思います。難しいですね。

ーー東出さんはもちろん、松山さんも柄本さんも、今の日本映画界でストイックに役者業を務めてきた方だと思います。今回、お二人とは『聖の青春』以来5年ぶりの共演になりますが、当時を振り返ってみていかがですか?

東出:松山さんも時生くんも、僕が俳優業を始めた時から第一線でずっと活躍されている方なので、こうして肩を並べるのも恐れ多いという感情はあります。ただそんなことを言っていたらそもそも同じ土俵に上がる資格はないと思うので、食らいつくつもりで『聖の青春』のときも『BLUE/ブルー』もやりました。5年経ってもみなさん変わらず素敵ですし、常に試行錯誤しているんだと先輩方の背中を見ていると感じます。

ーーご自身の変化についてはどうでしょう?

東出:カメラの前に立つことの恐怖感が薄れてきたというか、度胸はついたように思います。でも、それって自分の中の“錆”というか、なにか方程式として出来上がったものがあるということの裏返しにも感じていて、不安もあります。悩ましいですね。ただ本作に関して言えば、なるべく日常の“発声”という所作の中にもいろんな種類の声を織り交ぜたり、そういう試行錯誤ができました。いい声でお芝居をするというのは先ほど言ったような“出来上がってしまった方程式”に近いんですが、今回は、マイク乗りの悪い声や、聞き取れるかどうかぐらいの小さな声を出すとかいろんな工夫をしましたね。

ーー具体的には?

東出:バスタオルを取りに行って部屋で一人で「あれ? 俺、何取りにきたんだっけ」ってつぶやくシーンとか。日常とお芝居の声って絶対違うじゃないですか。いわゆる“お芝居の声”が善とされる場面も絶対あるんですが、本作ではそうじゃない声がいい形で作品のリアリティに繋がるんじゃないかと思って、いわゆる“お芝居っぽくない声”をいろいろ試しました。それらを全部吉田監督は許容してくださったんです。

ーー吉田監督も東出さんの意図を読み取っていたのかもしれませんね。

東出:好き勝手にやらせていただきました(笑)。

ーーいち観客として、東出さんは本作をどのようにご覧になりましたか?

東出:映画ファンの方は絶対楽しんでいただけると思います。映画はフィクションに過ぎない、現実には勝てないと言われたりしますが、役者がカメラの前で演技をしたときに、ふと現れる、フィクションが現実を超越する瞬間を夢見てギリギリまで挑戦しようという俳優陣が今回出ているので。そういう挑戦の積み重ねが映画の中で息づいていると思います。自分もまだ読み取れていない、一見するとのどかなんだけど、そのさらに奥にキラキラしたものや泥の底の石のような硬いものが本作にはまだある気がするんです。いち観客としてもう一度観たい作品ですね。 ※吉田恵輔の「吉」は「つちよし」が正式表記。 (取材・文=島田怜於)

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