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スティーヴン・ユァン、アカデミー賞初ノミネート『ミナリ』までの道のり

  • 2021.4.10
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世界各国の映画祭で観客賞を受賞しながら、「『パラサイト 半地下の家族』に続きアカデミー賞で波乱を起こす作品」と海外メディアから評された映画『ミナリ』。本年度の第93回アカデミー賞でも作品賞、監督賞ほか6部門にノミネート。主演のスティーヴン・ユァンもアジア系アメリカ人として初めて主演俳優賞にノミネートされた。

ユァンといえば、海外ドラマファンでなくともその名は知る、大人気サバイバル・ヒューマンドラマ「ウォーキング・デッド」のグレン・リー役でお馴染み。大出世作となったこの「ウォーキング・デッド」を含め、製作総指揮も務めた『ミナリ』までの彼の軌跡に追った。

コメディ&音楽のセンスも抜群! スティーヴン・ユァンの魅力

1983年12月21日、韓国ソウル生まれ。幼少時にカナダをへてアメリカに移住し、ミシガン州トロイで育つ。「ウォーキング・デッド」においても、グレンが“ミシガン出身で韓国からの移民”と話すシーンがあり、自身の境遇が生かされている。

心理学を学んでいた大学在学中から演技に目覚め、卒業後はシカゴでアジア系アメリカ人で構成されるスケッチ・コメディグループ「シチュー・フライデー・ナイト」に参加。また、ビル・マーレイやスティーブ・カレル、マシ・オカらを輩出した即興コメディ劇団の名門「セカンド・シティ」のメンバーでもあった。

短編映画やコメディ映画『My Name Is Jerry』(原題/09)などに出演し、人気ドラマシリーズ「ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則」シーズン3にシェルドンの元ルームメイト役でゲスト出演、1シーンながらもコメディ俳優としての才覚を発揮する。

そして2009年に受けたオーディションで、AMCの「ウォーキング・デッド」(10~)の主要キャラクター、グレン役を見事に掴むと、シーズン1からシーズン7第1話まで同役を演じた。ドラマは日本をはじめ世界的人気を博し、彼も一躍ブレイク。アメリカのTVシリーズで最も成功したアジア系俳優のひとりとなった。走り回ったり、大声で叫んだり、何かと体力を消耗する撮影にはボクシングで鍛えて臨んでいたとか。2016年12月に写真家ジョアンナ・パクと結婚、現在は2児の父でもある。

また、声優の仕事にも定評があり、ロボットアニメシリーズ「ヴォルトロン」をはじめ、「ファイナル・スペース」、映画『ザ・スター はじめてのクリスマス』、ギレルモ・デル・トロ監督の「トロールハンターズ」「ミッシング・スリー」「ウィザード」の“アルカディア物語”など多数の作品で活躍する。

確かにユァンの深みのある低めの声質は、聞いていて心地よい。「ウォーキング・デッド」シーズン2ではグレンが「誰かギターを弾ける?」と尋ねるシーンがあったが、実は彼こそギターの達人で美しい歌声の持ち主。しかも、2016年にはJ.Y.Parkことパク・ジニョンの「Fire」MVにアメリカの人気司会者コナン・オブライエン、「TWICE」「Wonder Girls」と参加したことも。K-POPアイドル風メイクでキレキレに踊る姿も必見だ。

映画では『アイ・オリジンズ』(14)や『ホワイト・ボイス』(18)ほか、ポン・ジュノ監督『Okja/オクジャ』、イ・チャンドン監督『バーニング 劇場版』と母国・韓国を代表するアイコニックな監督の作品に相次いで出演、“「ウォーキング・デッド」のアジア人”だけじゃない魅力をスクリーンで見せつけた。主演の短編映画『頑固者』(18)はショートショートフィルムフェスティバル &アジアでも日本に紹介されている。

2019年には『ゲット・アウト』『アス』のジョーダン・ピールによる「トワイライト・ゾーン」リブートや、YouTube Premiumのシュールなコメディ・アンソロジー「ウィアード・シティ」にも参加。

次回作は『ミナリ』の「A24」製作、トニー賞受賞舞台をエイミー・シューマーで映画化した『The Humans』(原題)で、ジェイン・ハウディシェルやリチャード・ジェンキンスといったベテラン、『ブックスマート卒業前夜のパーティーデビュー』のビーニー・フェルドスタインらと共演。さらに「トロールハンターズ」の新作ほか、ジョーダン・ピールが手がけるダニエル・カルーヤ共演のホラーなども待機する。

「ウォーキング・デッド」で愛された“グレン”

“ウォーカー”が大量発生した終末世界で、キャップを被った元ピザ配達の青年はいつしか銃を携え、愛する妻や仲間を命がけで守るたくましい青年へと見事な成長を遂げた。ミショーン役ダナイ・グリラを筆頭に、アフリカ系やヒスパニック系ほか、女性キャラクターも数多く登場し活躍する作品ではあるが、アジア系俳優のユァンが期待された以上の役割を演じたことに誰も異論はないはず。

極限サバイバルでの人間関係も色濃く描かれた本作で、彼が演じたグレンは視聴者が心を寄せた屈指の人気キャラクターだ。シーズン序盤のグレンは、気弱なところはあるが生きるために必死。俊敏で機転が利き、偵察や物資調達の名人。仲間思いで誠実、決して嘘がつけない男。当初ダリル(ノーマン・リーダス)に中国人と間違えられるも、「韓国だ」とはっきり言うシーンもあった。

人気キャラクターとなったゆえの宿命か(!?)、幾度も幾度も絶対絶命のピンチに遭遇しながら“絶対に生き抜く”という覚悟で乗り越えてきたグレン。シーズンを重ねるごとに、リーダー格の保安官リック(アンドリュー・リンカーン)が終末世界での大混乱に際して倫理観が揺らぎ、生きた人間を殺めることにも躊躇しなくなっていくのとは対照的に、グレンの変わらぬ善意に溢れた人間性はより強い印象を放っていった。

シーズン2で出会い、シーズン3で夫婦となったマギー(ローレン・コーハン)から、グレンは“賢くて頼りがいのある”男性であり、囮や偵察に使われるなんて「軽視されている」と指摘されるシーンも印象的。さらに、マギーとともに捕虜になったとき初めて感情を爆発させ、ウォーカーを倒すシーンや、離ればなれになったマギーを探しにいく際の黒ずくめの防御服を着た姿などもグレンを語る上では外せない。

必要とされれば、やるしかない。とにかく、前に進むしかない。そんな彼の生き様は観る者を高揚させたが、あまりにも衝撃的すぎる最期には世界中のファンが騒然となり、日本でも追悼特別映像が作られたほど。愛する者のために力強く成長していく姿を見せてきたグレン(と彼の精神)が理不尽な暴力に倒れたことは、現実の不寛容な世界を暗示しているようでもある。

そして時を経て、映画『ミナリ』ではアメリカン・ドリームが打ち砕かれる恐怖を家族にも見せまいとする、理想の父親像や“男らしさ”に囚われすぎた役どころを演じている点も見逃せない。

ポン・ジュノ監督×プランBとタッグ 『Okja/オクジャ』(2017)

ブラッド・ピットの製作会社「プランB」とポン・ジュノ監督が組んだNetflixオリジナル映画。多国籍企業のスーパーピッグ計画により誕生した“オクジャ”は、韓国の山村で少女ミジャ(アン・ソヒョン)とともに立派に育ったが、やがてアメリカへ連れていかれることに。

そこへオクジャを救い、ミジャに手を貸す活動家ジェイ(ポール・ダノ)率いるALF(動物解放戦線)が現れる。ユァンが演じたのは、ALFメンバーの韓国系アメリカ人でミジャへの通訳を任されるケイ。だが、彼がジェイの言葉を正しくミジャに伝えなかったことから、さらなる悲劇がミジャとオクジャに降りかかる――。

昨年度の各映画賞でポン・ジュノ監督が何度も口にしていた、「英語を習えば役に立つ」「翻訳は尊い」が身に染みたはずの(?)ケイの活躍ぶりは要チョック。

ミステリアスな青年を怪演… イ・チャンドン監督『バーニング 劇場版』(2018)

主人公イ・ジョンス(ユ・アイン)は兵役を終え、大学を卒業してもバイト暮らしの小説家志望の青年。パントマイムを勉強中という幼なじみシン・ヘミ(チョン・ジョンソ)と再会するが、彼女がアフリカ旅行から帰ってくると見知らぬ年上の男ベンと親しくなっていて――。

ポン・ジュノ監督と組んだ縁から、イ・チャンドン監督に起用されたというユァン。「ウォーキング・デッド」の純朴青年が、優雅で都会的な雰囲気をまとい、カリスマ性と色気を放つ危険な男を演じることになるとは! 彼の含み笑いには、胸騒ぎが止まらない。

一等地に住み、高級車に乗り回す裕福でインテリなベンが、田舎の幻想的なマジックアワーを背景にジョンスに語る“ビニールハウス”の比喩が鍵を握る。あまりにも魅惑的なベンを演じたユァンはロサンゼルス映画批評家協会賞、全米批評家協会賞などで助演男優賞を受賞。アカデミー賞にもノミネートされてほしかった作品。

感染パニックの高層ビル内で大暴れ 『Z Inc. ゼット・インク』(2018)

製作総指揮も兼任したユァンが演じる大手法律事務所の弁護士デレク・チョーは、ある日、同僚のミスの責任を押しつけられ解雇を言い渡される。そんなとき、感情と理性のバランスを狂わせるウィルス「ID7」が社内で蔓延、高層ビルのオフィスがまるごと隔離処置されてしまう。

「ウォーキング・デッド」序盤のころのグレンの姿はどこへやら。本作では一切の迷いナシ、解雇撤回を求めてペントハウスにいるボスのもとへ、クライアントの女性(サマラ・ウィービング)とコンビを組みながら血で血を洗うバトルを繰り返して暴れ回る。本作で不思議な爽快感を得てしまうのは、かなり職場にストレスがたまっている証拠かも!?

こんな彼氏に思い当たる節あり? 「トゥカ&バーティー」(2019)

自信家で自由奔放なオオハシのトゥカ(声:ティファニー・ハディッシュ)と、自分に自信のもてないウタツグミのバーティー(声:アリ・ウォン)はルームシェアをする親友同士。バーティーが彼氏のスペックルと同居することになり、トゥカは真上の部屋に引っ越すのだが…。

トゥカとの友情や職場のセクハラなどに悩み、内に抱えがちなバーティーに対し、彼女が悶々としていることは分かっても、それが何に対してなのか見当もつかず(そのモヤモヤの原因は自分ではないと思っている)、あるときは鈍感すぎ、あるときはセンシティブすぎる彼氏スペックルの声を演じているのがユァン。大切なパートナーに黙って家を購入してしまうあたりは、『ミナリ』のジェイコブにも通じる!?

なお、Netflixではシーズン2の更新がキャンセルされたが、カートゥーンネットワークの大人向け時間帯「Adult Swim」にて2021年内に復活が決定(日本上陸は未定)。また、カップルを演じたウォンとは「A24」製作のドラマシリーズで再共演することになり、ともに製作総指揮も務める。

「ザ・ボーイズ」に匹敵する!? 「インビンシブル ~無敵のヒーロー~」(2021)

Amazon Original作品として3月26日より配信されたばかりの本作は、「ウォーキング・デッド」の原作者で製作総指揮のロバート・カークマンが手がけるスーパーヒーローアニメ。17歳のマーク・グレイソンは父親のスーパーパワーを受け継ぎ、地球で最も偉大なヒーローの1人として活動することになるが、ある衝撃的な出来事がすべてを変えてしまう…。

成長途上のティーンエイジ・ヒーロー物かと思いきや、なんとR18+指定の完全大人向け。「ザ・ボーイズ」並に血しぶきが飛び、ユァンが声を務めるマーク=インビンシブルの“ヒーローであること”の恐怖や葛藤、試練に焦点が当てられる。J.K.シモンズ、サンドラ・オー、マーク・ハミルほか声優陣は豪華で、マギー役のローレン・コーハンら「ウォーキング・デッド」キャストも。全8話。

「子どもたちに成功する姿を見せてやりたい」 『ミナリ』(2020)

リー・アイザック・チョン監督が妻のいとこだった縁もあって、参加を決めたというユァン。主演とともに製作総指揮にも名を連ねている。韓国から移住したのが4歳ごろという彼は、まさに自分の親世代に当たるジェイコブを演じた。「プランB」がこれまでも取り組んできたような、家族の再生を描くリー監督の自伝的物語であり、誰もが共感できる夫婦や、孫と祖母の普遍的な物語ともなっている。

最初は西海岸で、ヒヨコの鑑別をしながら地道に働いて資金を貯めたジェイコブは、アーカンソーの高原に50エーカーもの土地を買う。映画冒頭で一家が目にする光景は、妻モニカ(ハン・イェリ)でなくとも「約束が違うじゃない!」と言いたくなるほど、何もない。ジェイコブはこの地に、自分の手で一から農園を作ることに意欲を燃やす。

家族の運命を自分が握っているという、使命感とある種の優越感にひたっていることが、トラクターの後をついてくる子どもたちの様子を悠々と振り返る姿からもうかがえる。まるで、“俺が拓いた道についてくればいい”とでも言いたげだ。

しかし、水が干上がり思うように作物が育たなかったり、取引先が見つからなかったりと苦難は続く。ジェイコブが闘うのは大自然でも、家族の困難でもなく、自らが背負った“子どもたちに成功する姿を見せなければ”“彼らのために道を作らなければ”という十字架のようなもの。やがてジェイコブは、アメリカン・ドリームとは父親や夫だけのものではないと気づくことになる。

これまでも男性ゆえに求められる強さと、恐怖やプレッシャーと向き合う役柄を演じてきたユァン。2度目の収穫からがおいしいとされる「ミナリ」のごとく、世界的ヒットシリーズを糧にした本作で次なる躍進のときを迎えている。

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