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『生きるとか死ぬとか父親とか』は“娘版『俺の家の話』”? リアルベースの人間ドラマに期待

  • 2021.4.9
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ドラマ24『生きるとか死ぬとか父親とか』(c)「生きるとか死ぬとか父親とか」製作委員会

冬の連続ドラマで評判の高かった『俺の家の話』(TBS系)は42歳の主人公・寿一(長瀬智也)が実家に戻り、72歳の父親の介護をしながらこじれた親子関係を修復しようとする物語だった。そして、この春ドラマでもそれに近い人物設定の『生きるとか死ぬとか父親とか』(4月9日スタート、テレビ東京系)が始まる。40代の娘が70代の父親の面倒を見ることになり、父の人生について改めて話を聞いていくというストーリーだ。ただ、このドラマは『俺の家の話』と違って事実ベースで、“独身のカリスマ”と呼ばれるラジオパーソナリティー・コラムニスト・作詞家のジェーン・スーによる同名エッセイ(新潮社刊)をドラマ化している。

主人公の蒲原トキコ(吉田羊)は自分のラジオ番組を持つなど仕事で活躍中。若い頃に母は亡くなっており、別々に暮らす父親の哲也(國村隼)から新しくマンションを借りたいという相談を受けて、家賃を援助することに。その分のお金を稼ぐためと言って、父について取材し、エッセイに書く。破天荒な父に振り回される娘という、おかしみのある関係を吉田羊と國村隼が演じ、回想シーンでは20代のトキコを松岡茉優が演じる。TBSラジオのジェーン・スーの番組をモデルにした劇中のラジオ番組で、トキコのパートナーとなるアナウンサーを元TBSアナウンサーの田中みな実が演じるというのもナイスキャスティングだ。

しかし、原作どおりならば、父親はなかなかクセのある人物だ。元実業家で都内にビルまで建てたが破産。自宅を失ってしまった。また、妻の他にも女性がいて、夫としても問題があった。そんな過去が娘にとってはわだかまりであり、今でも時にギクシャクしてしまう原因になっている。

現在の70歳前後はいわゆる「団塊の世代」(原作の父親はおそらくそのひとつ前の“焼け跡世代”)。その子供たちに当たる「団塊ジュニア」が1971年から1974年生まれとされ、ジェーン・スーは1973年生まれ、『俺の家の話』の脚本家・宮藤官九郎は1970年生まれである。親子ともにベビーブームの世代で、日本の人口の中でもかなりの割合を占める(ざっと計算して全人口の2割弱か)。超高齢化社会の今、その世代の声がドラマになってきているのも、当然だろう。

大まかに振り返ると、親世代は日本が戦後、高度経済成長を遂げる中で財産を築いたり、その逆に失敗したりしてきた。家父長制度は根強く残り、父親は仕事にまい進して家庭を顧みず、たとえ浮気をしても「男の甲斐性」などと言われて許された。しかし、子供世代は新しい価値観を持っているので、母親を裏切っていた父親を許せない。特に母親と同じ女性である娘たちは。そう、『生きるとか死ぬとか父親とか』は、例えるなら『俺の家の話』の長女・舞(江口のりこ)が主人公になったような話なのだ。

“不倫した父親を許せない娘”というのは、なにも新しいテーマではなく、昭和の名脚本家・向田邦子も繰り返し描いてきたテーマだ。向田の代表作『阿修羅のごとく』(1979年、NHK)では、4姉妹の父親が70歳になったころ、愛人を囲っていることが判明する。姉妹は何も知らない(ように見える)母親に同情し、父親を恨む。しかし、複雑なのは、大人の女性である自分たちも既婚者と恋愛する場合があるということ。『阿修羅のごとく』では長女が不倫中で、そこが一筋縄ではいかないジレンマになっていた。ちなみに、これは向田の経験が基になっていて、山口智子主演で『向田邦子の恋文』(2004年、TBS系)というドラマにもなっている。

『生きるとか死ぬとか父親とか』に出てくるのは父ひとり娘ひとりだけの家族だが、そのテーマにおいては懐かしの向田邦子ドラマの匂いがする。それは元祖“独身のカリスマ”ともいえる向田から現代の女性に引き継がれた何かがあるからかもしれない。

子供の立場から考えてみると、実質的な親の介護が始まるのが50代だとすると、介護が必要なほど弱った状態の親を責めることはしづらい。また、親は認知症になって既に過去のことを忘れているかもしれない。それならば“介護前夜”である40代のうちは、子供として接することのできる最後のチャンス。『俺の家の話』の寿一のように、自分の幼少期に世話をしてくれず一度も褒めてくれたことのなかった父親を責めることもできるだろうし、または、同作の舞のように、父親が浮気し母親を悲しませていたと反省を促すこともできるだろう。もし、それをぶつけて親との確執をなくせるのなら、その後の人生はきっと生きやすくなる。

『生きるとか死ぬとか父親とか』ではそんなアラフォーのリアルを映画監督の山戸結希(『ホットギミック ガールミーツボーイ』など)が演出するのも注目ポイントだ(第3話~第8話は菊地健雄が演出)。これまで主に思春期の少女たちの痛みを描いてきた山戸監督だけに、そこから何周もしたような中年女性の悲喜こもごもを描けるか。だが、よく考えてみると、女性が娘でいられる最後の時期が舞台なのだから、山戸監督にはうってつけなのかもしれない。

豪華キャストによるラブコメも、定番の推理ものなども楽しいけれど、現実感に欠け、共感はしづらい。やはり、こんなふうに地に足の着いた、それでいて重すぎないヒューマンドラマもあってほしい。(小田慶子)

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