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さとゆみ#134 「わかりあえた」と思う感覚ほど危ういものはない。『クララとお日さま』が描く善意の分断

  • 2021.4.7
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●本という贅沢134 『クララとお日さま』(カズオ・イシグロ 翻訳・土屋政雄/早川書房)

朝日新聞telling,(テリング)

人は、自分の見たいものしか見ない。

ライターを20年間やってきて、痛烈に実感していることがこれで、決して悪い意味だけではないけれど、
人は、自分の見たいものしか、見ない。
そして
自分に見えるものしか、見ることができない。

たとえば、ライター10人が同じ取材音声を元に同じ文字数の文章を書いたとしても、できあがる原稿は全く違う。

取材の音声から「どの部分を選択し、どう構成したか」に、いやでもライターの個性がにじむ。「この人の話を、私は、こう捉えたいと思った」という気持ちがダダ漏れる。

このこと自体、私は悪いことだとは思っていない。
何を取捨選択し、どんな物語を届けるかを決めることこそがライターの仕事だと思っているし、そこに書き手の意志がないならログミーでいいしAIが原稿をまとめればいいと思っている。

でもね、そのときに、すっごく大事なのがね、最初に書いた
人は、自分の見たいものしか見ない。
そして
自分に見えるものしか、見ることができない。
という自覚だなあって思うんです。

私が知っていることは世界のほんの一部で、だからもちろん不完全な存在なのだけれど、でも、それでもなお、その立場から見えた世界をできるだけ誠実に伝えたいと思っているんです、という謙虚な気持ち。
私は、やることなすこと雑な人間なのだけれど、書く時のその謙虚な気持ちだけは、すごおおおおく意識しなきゃと思ってる。

で、なんでこんなことを書いたかというと、カズオ・イシグロさんの最新作『クララとお日さま』が、そういう話だったから、です。

この本は、全編を通して、
人を理解するということは、どういうことか
について書かれた物語だった。

朝日新聞telling,(テリング)

この本の語り手は、ある少女の元で過ごすことになったAF(人工フレンド)のクララ。
クララは少女ジョジーのよき理解者になろうと、彼女を深く観察する。ただジョジーの行動パターンを記憶し蓄積するだけではなく、その行動にいたった彼女の感情までも、読み取り理解しようとするのだ。

人を理解するということは、どういうことか

この本でくり返し描かれる問い。
これはまさに、いま私たちが直面している“分断”の構造を、根っこから問いただす行為であると感じる。

カズオ・イシグロさんは、この書籍についてのインタビューで、
「(自分と近しい考え方のいろんな国の人たちを知ろうとする)横の旅行」
ではなく
「(近くに住むけれど自分とは違う考え方を持った人たちを深く知ろうとする)縦の旅行」
が必要になっているのでは、と話している。
この物語は、そんな「縦の旅」の話なのです。

この物語を読むと
「分断」は、悪意によってのみ生まれるのではなく、むしろ善意によっても生まれることがわかる。
「分断」は、無知によって生まれるのではなく、むしろ知を過信しすぎることによって生まれることがわかる。

ああ、そうか。そうかもしれない。

たとえば私たちは、
一緒に勉強した仲間や、ともに戦った同志に対して「共通言語を持った仲間たち」みたいな言い方をする。
そして、そんな仲間たちと、少しでも世界が良い場所になるように、一緒に頑張っていこうね、的なことを言ったりする。
YES。私たちは“わかりあって”いる。

でも、私たちは、その「共通言語」にあぐらをかいて、わかりあったつもりになっていただけかもしれない。
そして、その言語外の人たちとちゃんとコミュニケートしようとしなかったのは、私たち自身かもしれない。
「持てる側の人間」が「持たない側の人間」を正しく導いていく。そう考えていること自体がすでに、分断への一歩目を踏み出している。

人は本来、自分の見たいものしか、見ようとしない。
しかしAIであるクララは、観察したものごとを選り好みせずに学習していく。偏見のないクララの瞳にうつる世界は、私にはとても新鮮に感じられた。
こんな目で、世界を、近くに住む知らない人たちを、もう一度、見てみたいなと思う。

でも一方で。
そんなクララであったとしても、世界の全部はやはり、見えない。
たとえクララであったとしても、自分に見えるものしか、見えないからだ。

人を理解するということは、どういうことか
と合わせて、この物語にはもうひとつの大きな問いがある。

それは、
人の思考を完全にトレースすることは、できるのか
できないとしたら、どの部分ができないのか
という問いだ。

その答えは、431ページ目に書かれていた。

私は、この部分で、それまでなんとかこらえていた涙腺が決壊したよ。
自分の「生」は、自分一人だけのものではなくて、その「思考」や「命」は分散して保存されていることを、教えてもらえたからだ。

人と人とは理解しあえない。
それでもやっぱり、理解したいし、わかりあいたい。
その双方を心にもって生きていくことを、諦めない。

そんな、謙虚な気持ちが真ん中の方で立ち上がってくる、本でした。

・・・・・・・・・・・・

私、カズオ・イシグロさんの本を読むのって、これが初めてなんですよね。あまりにも良かったので、『わたしを離さないで』も読もうと思います。

ちなみに、『クララとお日さま』は、コロナ前に書き上がった本だそうです。
「今回の小説がコロナ禍を彷彿させる場面があるとしたら、それは完全に偶然です。今回のパンデミックが私の小説に影響を与えるとしたら、それは次の小説に現れるのではないでしょうか」
と語ってらっしゃるので、次回作も必ず読む。

それではまた、水曜日に。

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■佐藤友美のプロフィール
テレビ制作会社勤務ののち、2001年ライターに転身。雑誌、ムック制作、ウェブメディアの編集長を経て、近年は年間10冊以上を担当する書籍のライターとして活動。 ビジネス書から実用書、自己啓発、ノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者から信頼を得て指名をうけている。一方、読者からは「生まれて初めて書籍を1冊読みきった」「読みやすくてあっというまに読了した」などの感想を多くもらう「平易でわかりやすい文章」を書くライターとして知られる。 著書には8.2万部のベストセラーとなった『女の運命は髪で変わる』(サンマーク出版)のほか、49歳で亡くなった伝説の女性美容師・鈴木三枝子さんの生き方と働き方を描いたビジネスノンフィクション『道を継ぐ』(アタシ社)が発売即重版し、話題をよんでいる。

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