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『君の名は。』実写リメイク版も控えるチョン監督が明かす『ミナリ』制作秘話「映画が終わった瞬間、家族全員で抱き合うことができた」

  • 2021.4.4
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今年のアカデミー賞で作品賞、監督賞など6部門でノミネートを達成した『ミナリ』(公開中)。リー・アイザック・チョン監督は、賞レースでの自作への高い評価に対し、あくまでも謙虚な表情で次のように語り始めた。

【写真を見る】アメリカ南部に越してきた韓国人移民一家がひたむきに生きる姿を描く(『ミナリ』)

「こうして『ミナリ』が評価されることに心から敬意を表しますし、なにより、受賞やノミネートによって多くの人が作品に興味をもってくれる状況がうれしいです。もし『ミナリ』がオスカーに輝けば、出演者、スタッフと一緒に“チーム”として誇りに感じることでしょう。とにかくいまは心を平穏に保つことにしています」

「受賞やノミネートによって多くの人が作品に興味をもってくれる状況がうれしい」

ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞受賞に喜ぶリー監督 (c)NBC
ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞受賞に喜ぶリー監督 (c)NBC

『ミナリ』は、ロサンゼルスから南部アーカンソー州に移り住んだ、韓国系移民一家が主人公。チョン監督も移民の両親の下にコロラド州で生まれ、家族と共にアーカンソー州へ引っ越したので、半自伝的なストーリーなのである。一家の幼い息子デビッドには、明らかに監督自身が投影されている。

「本作で最も重要視したのは、家族関係と、それぞれの考え方の違い、そして人生への向き合い方です。あくまでも物語はフィクションですが、私の両親は現在もアーカンソー州に住んでいますし、『ミナリ』の家族構成は、私たちとまったく同じ。ですから両親は『自分たちの映画が作られるのでは?』と心配していたと思います。ただ両親はユン・ヨジョンさんの大ファンで、彼女が息子の映画に出ると知って、その部分だけは興奮していましたが(笑)」

【写真を見る】アメリカ南部に越してきた韓国人移民一家がひたむきに生きる姿を描く(『ミナリ』) [c]2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.
【写真を見る】アメリカ南部に越してきた韓国人移民一家がひたむきに生きる姿を描く(『ミナリ』) [c]2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

こうした状況から、完成した映画を真っ先に観てもらったのも家族だったと、チョン監督は付け加える。

「映画が公式上映される3週間前の、2019年の感謝祭で、私は家族に『ミナリ』を観てもらいました。姉は『家族みんなにストレスを与えたのよ』と、私を犯罪者扱いしましたが、映画が終わった瞬間、そのストレスは一気に解消され、家族全員で抱き合うことができたのです。あの夜は、一生忘れられない美しい時間になりましたね」

どこか懐かしい家族の風景が描き出される(『ミナリ』) [c]2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.
どこか懐かしい家族の風景が描き出される(『ミナリ』) [c]2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

ちなみにチョン監督の父親が「あの描写は懐かしかった」と感激したのが、一家4人が床の上で並んで寝そべるシーン。しかし監督によると「あれは私の創作で、父の思い出と重なったのは偶然」とのこと。『ミナリ』が移民という枠を超えて普遍的な感動を呼ぶのは、誰の心にもある家族の原風景が紡がれるからかもしれない。

父ジェイコブは、息子に成功する姿を見せたいと奮闘する(『ミナリ』) [c]2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.
父ジェイコブは、息子に成功する姿を見せたいと奮闘する(『ミナリ』) [c]2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

そうした普遍的な感動を呼び起こすドラマを後押ししたのは、『ミナリ』を製作、配給した会社である。プランBエンターテインメントとA24。映画ファンにはおなじみの“傑作保証”の2社だ。アカデミー賞に絡む映画を次々と送り出し、両社が組んだ『ムーンライト』(16)は2016年度、アカデミー賞作品賞に輝いている。

「他のスタジオなら敬遠するであろう韓国人移民のドラマを、リスクを恐れずに引き受けてくれただけあって、プランBもA24も、私のビジョンを全面的に支持すると断言してくれました。『ミナリ』は脚本も私が手掛けたので、作家性を重視してくれたようです。そのうえで彼らはスタジオとして、そしてプロデューサーとしての適切なアドバイスを与えてくれました。しかも韓国語も使ってサポートしてくれたのです。特に参考になったのが編集に関してのアドバイスで、私と編集者はそれらの多くを納得して取り入れました」

「『小津さん、愛してます』と心の中で叫びながらカメラを向けました(笑)」

プランB、A24からの的確なバックアップに加え、リー・アイザック・チョン監督によると、過去の巨匠たちへのリスペクトも『ミナリ』に息づいているという。子どもたちの心情にはスティーヴン・スピルバーグ作品から、そして空間設計には小津安二郎作品からの影響があるのだ。

「小津安二郎監督は、誰も真似のできない、唯一無二の世界を作り上げました。今回、私は彼の作品に漂うヒューマニズムにインスピレーションを受けました。小津監督は、主人公の家族関係に多大なる愛を注いで演出したと感じるからです。さらに小津作品では、深刻なドラマの中の絶妙なユーモアも印象的です。子どものオナラをうまく使った『お早よう』(59)から、『ミナリ』のトイレにまつわるジョークが浮かんだんですよ。また子どもが怒られるシーンでは、小津作品のアングルを思い出し、私は『小津さん、愛してます』と心の中で叫びながらカメラを向けました(笑)」

子どもたちの描かれ方にも小津安二郎監督の影響が(『ミナリ』) [c]2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.
子どもたちの描かれ方にも小津安二郎監督の影響が(『ミナリ』) [c]2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

今回のアカデミー賞では、一家の父親、アイザックを演じたスティーヴン・ユァンが、アジア系では初めてとなる主演男優賞ノミネートを果たした。実はユァンの妻が、チョン監督といとこという関係。しかし『ミナリ』の出演オファーを「あなたのいとこが監督ですよ」とエージェントから受けたユァンは「いとこ? 誰それ?」とわからなかったと告白する。親戚の結婚式で顔を合わせたくらいの関係が、『ミナリ』でのコラボによって絆が深まったと、チョン監督は語る。

「アジア系アメリカ人としてのジェイコブを、芯の部分から体現するうえで、スティーヴンは最高のキャストだと思ってエージェントを通してオファーしました。一緒に仕事をするのが家族や親戚だったとしても、こちらの期待を暗黙の了解でかなえてくれるとは限りません。でもスティーヴンは謙虚な性格なので、私とウマが合ったのだと思います。いまでは兄弟のように親密な関係になりましたよ(笑)」

ジェイコブ役は「ウォーキング・デッド」シリーズなどでも知られるスティーヴン・ユアン(『ミナリ』) [c]2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.
ジェイコブ役は「ウォーキング・デッド」シリーズなどでも知られるスティーヴン・ユアン(『ミナリ』) [c]2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

この『ミナリ』は、2020年の1月、サンダンス映画祭のグランプリ(審査員賞)と観客賞をW受賞し、映画界の注目の的となったが、その後、新型コロナウイルスによって世界は一変した。

「サンダンスの後、アメリカは本当に厳しい状況になって、私の作品も忘れ去られたような時期が続きました。娘がリモート授業になったことで、私と妻はラップトップを持って別の部屋へ移動したり、仕事をするスペースにも試行錯誤する日々でしたね。ただ幸運にも、私の家族は健康でした。とにかくなにからなにまでが初めての体験で、コロナ禍でなにを学んだのかも把握できないというのが本音です。2〜3年後にはすべてが戻っていると願いたいのですが…」

コロナの影響は、チョン監督の次回作にも影響をおよぼしているようだ。それは、あの『君の名は。』(16)の実写リメイクである。

「コロナによって『Your Name(原題)』の製作も少々遅れ気味で、現在はまだ脚本の段階です。でも興奮していますよ。あれだけ大ヒットしたアニメを受け継ぐことは、とにかく光栄。新海誠監督も地方で育ち、大都会にあこがれを抱いたという点で、私は強いシンパシーを感じてきました。愛や家族の物語を、地球の環境にも結びつける新海作品を、私が生身の俳優でどのように“翻訳”できるのか。実写としての映画の魔法に、日本の皆さんにはぜひ期待してもらいたいです」

アカデミー賞監督賞にノミネートされたリー・アイザック・チョンが、日本の大ヒットアニメを新たなスタイルで再生する。それだけで楽しみになってくる!

取材・文/斉藤博昭

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