1. トップ
  2. 日本出身アート・ディレクターが明かす「ワンダヴィジョン」の舞台裏!「6時間の映画を作る意識だった」

日本出身アート・ディレクターが明かす「ワンダヴィジョン」の舞台裏!「6時間の映画を作る意識だった」

  • 2021.4.2
  • 559 views

マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)フェーズ4の第1弾としてDisney+で配信中の「ワンダヴィジョン」は、MCU初のドラマシリーズにして、シットコム(観客を入れた公開録画風ドラマ)スタイルという意欲作だ。ニュージャージー州ウエストヴューの“完璧な街”に暮らすのは、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(18)で壮絶な運命を辿ったアンドロイドのヴィジョン(ポール・ベタニー)と、恋人のワンダ・マキシモフ(エリザベス・オルセン)。2人が“完璧な生活”を送る瀟洒な家や美しく整備された町並みは、美術部ことプロダクション・デザインの仕事だ。「ワンダヴィジョン」でアート・ディレクターを務めた鈴木智香子に、細かなこだわりやハリウッドでの仕事について聞いた。

【写真を見る】モノクロのヴィジョンは実は青色だった?マーベル初のシットコム作品「ワンダヴィジョン」のマル秘エピソード

ハリウッドで活躍するアート・ディレクター、鈴木智香子
ハリウッドで活躍するアート・ディレクター、鈴木智香子

――今日はどうもありがとうございます。

「どこまで私が答えられるかわかりませんが(笑)。もう全話配信されているのでネタバレは心配ないのですが、マーベルって奥が深いので、この作品に関わっているからといって、マーベルのことをすべて知っているというわけではないので…」

――ハリウッド映画やドラマは、たとえ1日だけ取材するにしても、必ずNDA(秘密保持契約)を結びますよね。現代のSNS普及度なども関係しているのでしょうか。

「撮影中も、作品に関わっていることを公にはできないんです。最初に担当したマーベル作品は2015年から2016年に放送された『エージェント・カーター』で、そのころに比べると更に厳しくなっています。次が2017年から2019年に放送された『マーベル ランナウェイズ』で、その間にマーベルが情報の価値について調査をしたらしく、新作の情報が漏洩した際にマーベルが被る損害を数値化すると、かなりの高額になることがわかったんだそうです。それが厳しくなった理由とも言われています。映画でも大作はコードネーム(仮のタイトル)を使ってやるのがハリウッドのスタンダードですね」

これまでも「エージェント・カーター」などマーベル作品に参加した経験のある鈴木 画像はAgent Carter(@agent_carter)公式Instagramのスクリーンショット
これまでも「エージェント・カーター」などマーベル作品に参加した経験のある鈴木 画像はAgent Carter(@agent_carter)公式Instagramのスクリーンショット

――「ワンダヴィジョン」もコードネームで呼ばれていたんですか?

「なんだったかは言えませんが、最初はそうでした。例えば、美術の素材発注の際にもどの作品に使われるかを隠すために、コードネームで発注するんです。看板などを発注する時も、印刷屋さんともNDAを結びます」

――そもそも、鈴木さんが「ワンダヴィジョン」に参加されたきっかけは?

「プロダクションデザイナーのマーク・ウオージトンは、カーネギーメロン大学の大学院での先輩で、“ハリウッドの父”と呼んでいる方。駆け出しのころからとてもお世話になっていたんです。もともと彼のアシスタントからこの仕事を始めました。実はこのお話をいただく直前に、関わっていた映画の『AKIRA』の制作がストップしちゃったんですね。同じ頃に、『ワンダヴィジョン』のスーパーバイジング・アートディレクターのシャロン・デイヴィスからも電話があって、参加することになったんです」

アンドロイドのヴィジョンと、ワンダ・マキシモフの“完璧な生活”を彩った美術セット [c]Marvel Studios 2020.All Rights Reserved.
アンドロイドのヴィジョンと、ワンダ・マキシモフの“完璧な生活”を彩った美術セット [c]Marvel Studios 2020.All Rights Reserved.

――基本的な質問ですが、プロダクション・デザイナー(美術監督)とアート・ディレクターのお仕事の違いはなんですか?

「プロダクション・デザイナーは全体的なイメージ・デザインの構想を練ります。そのイメージを具現化するのがアート・ディレクターです。プロダクション・デザイナーからイラストやイメージ・ボードと言って、イメージに沿う資料を集めたものをもらい、そこから製図を描き始めます。最近だとプロダクション・デザイナーが3Dモデルを立ち上げて、アート・ディレクターが色調や素材を提案していくこともあります」

――「ワンダヴィジョン」だと何名くらいのチームなんですか?

「アシスタントも含めて全部で15名くらいですかね。アート・ディレクターは3名で、その下にアシスタントがいて、そのほかにセット・デザイナーといって製図を描く担当と、グラフィック・デザイナーがいます。そして事務的な役割を担うコーディネーターと、プロダクション・アシスタントがいます。それぞれ、アトランタ撮影チームとLA撮影チームがいました。テレビ・シリーズにしてはめちゃくちゃ大きなチームでしたね」

――「ワンダヴィジョン」の美術に関して、どんなリサーチをされたんですか?

「いろいろな年代が混じるピリオド・ピース(時代もの)なので、各年代のシットコムやCMを観たり、その年代に出版された建築雑誌などを参考にしたりしました。具体的には、1961年から66年に放送されたホームドラマ『ディック・ヴァン・ダイク・ショー』、1964年から1972年放送の『奥さまは魔女』、1987年から1995年放送の『フルハウス』、最近の作品だと2009年から2020年に放送された『モダン・ファミリー』などですね。年代が分かれているので、幅広いリサーチが必要だったんです」

「モダン・ファミリー」など様々な年代のシットコム作品をリサーチしたという 画像はModern Family(@abcmodernfam)公式Instagramのスクリーンショット
「モダン・ファミリー」など様々な年代のシットコム作品をリサーチしたという 画像はModern Family(@abcmodernfam)公式Instagramのスクリーンショット

――大きな違いとして、シットコムは“3カメラ”で撮り、通常のドラマを“シングルカメラ”という呼び方をしますが。

「シングルカメラと言いますが、実際には2台くらいカメラが回っているんですよ。Aカメラ、Bカメラというように。シットコムは据え置きの大きなカメラがどーんとあるスタイルです。映像業界には、シットコム、シングルカメラ、映画と3つパターンがあって、各分野を行き来するスタッフは少ないですね。最近は映画とテレビの境界線はなくなって来ていますが、シットコムは作品の作り方もスケジュールの組み方も違うので、スタッフが混じることはあまりないです」

――シットコム設定でのこだわりは?

「マークと冗談で言っていた、『普段だったらやらないけど、シットコムならできるよね』というものがありました。観葉植物や植木も美術部の仕事なんですが、シングルカメラの場合は極力本物の素材を使いリアリティを追求します。でもシットコムだとプラスティックのほうが世界観と合うこともある。『ワンダヴィジョン』をご覧になっていて気づいたかもしれませんが、シットコムの世界は“完璧”なんです。完璧さを出すために、わざとプラスティックの植物を使ったりしました」

“完璧さ”を演出するためプラスティック製の植物が使用されている場面もあるそう。目を凝らして見てみよう [c]Marvel Studios 2020.All Rights Reserved.
“完璧さ”を演出するためプラスティック製の植物が使用されている場面もあるそう。目を凝らして見てみよう [c]Marvel Studios 2020.All Rights Reserved.

――セットデザインができあがるまでどれくらいの期間がかかるものですか?

「作品によって異なりますが、『ワンダヴィジョン』は準備期間に2、3か月あって、余裕がないということはなかったですね。通常は1、2週間でデザインして、みたいなこともざらにあります。『ワンダヴィジョン』は全9話のテレビシリーズを作るのではなく、6時間の映画を作る意識で作っていました。通常のテレビシリーズだと1話ごとに監督も撮影監督も変わったりしますが、今回は長編映画を作るように1話から9話まで、監督のマット・シャックマンも撮影監督のジェス・ホールも、スタッフも同じメンバーで作っています。だから準備期間を長く取れたというのもありますね」

――なるほど。脚本はエピソードごとに分かれていて、撮影前にすべて上がっていたんですか?

「ほとんど上がっていましたね。最初のほうのエピソードは結構順撮りで、年代ごとに撮影していました。ウエストヴュー以外の現実世界のシーンの撮影が始まってからは、行ったり来たりですが。年代別に撮っていた理由は、1話、2話はモノクロ撮影で色味が変わってくるから。実際に目にする色味と、モノクロ用のカメラを通した時に映る色の違いがあるので、最終的にどのように見えるかをテストしながら撮っていました。普段、サンプルボードというものを使ってカメラの色味テストをするんですが、ボード数が半端なかったですね。モノクロだけでなく、テクニカラーも特殊なので、撮影監督とはかなり念密にミーティングしました」

――「Entertainment Weekly」の記事によると、モノクロ撮影の際のヴィジョンの顔は赤ではなくて、青く塗られていたそうですね。

「ああ〜、そうでしたね(笑)。撮影監督とメイクさんが何度も色味を試していました。モノクロの撮影では、普通に見ると『え、ちょっとそれはない』と思うような色の組み合わせを使っていたりもします」

【写真を見る】モノクロのヴィジョンは実は青色だった?マーベル初のシットコム作品「ワンダヴィジョン」のマル秘エピソード [c]Marvel Studios 2020.All Rights Reserved.
【写真を見る】モノクロのヴィジョンは実は青色だった?マーベル初のシットコム作品「ワンダヴィジョン」のマル秘エピソード [c]Marvel Studios 2020.All Rights Reserved.

――シャックマン監督とはどんなことを話し合われたのですか?

「マットは、プロダクションデザイナーのマークとも付き合いが長いので、美術部にも頻繁に来ていろいろな意見のやり取りをしました。実際に3Dモデルの中でカメラを動かしてみて、セットの大きさや壁の高さを調整しました。今は、実際にセットを立ち上げる前にそういうことができるから助かるんですよね」

――マーベル作品はとても熱心なファンが多くて、新エピソードが公開されるごとにあらゆる考察が行われていましたが、例えばダーシー・ルイス演じるキャット・デニングスが「誰かダーシーの腕時計に気づきました?」とツイートしていたのはご存知でしたか?

「これ、全く知らなかったんですよ(笑)。おそらくこの件に関しては監督と小道具(プロップ・マスター)が話し合うなかで出てきたんじゃないですかね。特に、腕時計というのは衣装ではなくて小道具(プロップ)に入るので、プロップ・マスターのラッセル・ボビットとマットが話して出てきたアイデアかもしれません。彼はMCUをがっつりやってるので、マーベルについてすごく詳しいですよ」

――撮影はほぼアトランタで行われていたとのことですが、ウエストヴューの街はワーナーのスタジオですよね。

「あれはロサンゼルス近郊のワーナーランチというスタジオと、ディズニーランチのオープンセットの2か所で撮っています。少しアトランタも混じっていますが。ワンダとヴィジョンの家のセットがある通りは、実際にいろいろなシットコムの撮影に使われているオープンセットなんです。アグネス(キャスリン・ハーン)の家は『奥さまは魔女』で実際に使われていた家です。『アグネスは魔女だし、おもしろいんじゃない(笑)』ということで決まりました。それから、マット・シャックマン監督は子役出身で、彼が出演していたシットコムもあの道で撮られていたんだそうです。企画の最初からそこにはこだわっていて、『家の外観はワーナーランチのあの道で撮ろう』と言っていました。完璧な世界を作り上げるためにも、アトランタではなくロサンゼルスの青い空が大切だったんです」

最強の敵である魔女、アグネスの家は『奥様は魔女』でも使用されていたそう! [c]Marvel Studios 2020.All Rights Reserved.
最強の敵である魔女、アグネスの家は『奥様は魔女』でも使用されていたそう! [c]Marvel Studios 2020.All Rights Reserved.

――シットコムの特徴として、観客を入れて撮影していますが、印象に残っていることはありますか?

「観客用の客席も作ったんですよ。スタジオには客席はないので、シットコム用に客席を作って、50年代っぽい椅子を集めて…というところから始めました」

――鈴木さんはハリウッドの作品を手掛けられていますが、日本映画やドラマを観ていて、美術で最も違うのはどんなところだと思いますか?

「はっきり言うと予算ですね。日本の美術監督協会のようなところの会長とお話する機会があっておもしろいお話を聞きました。ハリウッドでは窓の向こうの景色に“バッキング”と呼ばれる背景を使うのがスタンダードなんですが、日本ではほとんど使われることがないらしい。スタジオが小さいから場所の問題かと思っていたんですが、どうやらそうではないようで。昔はスタジオの壁に書き割りのような絵を描いたりしていたらしいんですが、現在では窓の外から光を入れまくって、白く飛ばして処理しているんだそうです。それが気になってしょうがないんですよ(笑)。そこが一番大きな違いなんじゃないでしょうか」

日本とハリウッドにおける美術の違いや問題点を語った
日本とハリウッドにおける美術の違いや問題点を語った

――ハリウッドは細かなところにもこだわりがありそうですし。

「それはすごくこだわりますよ。『マッドメン』(07-15)のプロダクションデザイナーはダン・ビショップという人なんですが、ダンはその年代のネジにまでこだわって揃えたという逸話を聞きました。そのノリはあって、私たちも蛇口からドアノブから金具から、年代にはこだわります。デザインチョイスの一つとしてこだわるんですが、金具は意外に大きな役割を担うんですよ。現代劇でもドアノブや壁紙、床など結構こだわります。逆に、日本の映画やドラマの美術さんは力が入りすぎていて、美術に目を奪われすぎちゃうこともあります。最近観たドラマでいくつかありましたね。監督が思い描く物語を伝えるために美術があるのであって、自己主張しすぎてもいけないんです」

――ここ何年か、ハリウッドでは多様性、包摂性が言われて久しいですが、撮影現場でそれを感じることはありましたか?

「年を追うごとに高まっているのは実感としてあります。撮影現場も昔は本当に男性社会で、テック・スカウト(ロケハン)の時にバスに乗ると男性の割合が多くて、女性は私も入れて1人、2人ということもよくありましたが、最近は女性も増えてきました。そして、スターがマイノリティ出身だと、スタッフにもマイノリティが多い印象があります。オクタヴィア・スペンサー主演のApple TV+のドラマ『真相-Truth Be Told』は、黒人のスタッフも多かったし、ショーランナーも女性だったので女性スタッフも多かったですね。ぶっちゃけてしまうと、『ワンダヴィジョン』のアトランタ撮影のアート・ディレクターはほとんど女性でしたが、その他はあまり多様性があるとは言えないスタッフ構成でした」

オクタヴィア・スペンサー主演の「真相-Truth Be Told」では黒人スタッフが多かったという 画像はTruth Be Told(@truthbetold)公式Instagramのスクリーンショット
オクタヴィア・スペンサー主演の「真相-Truth Be Told」では黒人スタッフが多かったという 画像はTruth Be Told(@truthbetold)公式Instagramのスクリーンショット

――出演者によって変わるのは、つまり「インクルージョン・ライダー」(『スリー・ビルボード』(17)で主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドがスピーチで述べた言葉で、出演契約の付帯条項に包摂性を入れること)ということなんでしょうか。

「ハリウッドではスターがプロデューサーに名を連ねることも多いので、そこから変わっていきます。オクタヴィアだとメイクさんに黒人女性を起用したり、まずは彼女の周りから変わっていきますよね。アジア系米国人はたまにいますけれど、総じてアジア系は少ないです。『ワンダヴィジョン』のアトランタ撮影で日本人は私1人で、ロサンゼルス撮影では撮影部に1人日本人男性がいて、『日本人だよね?』とお互いびっくりしたり。あれだけのスタッフがいて2人ですからね。アニメーション作品には日本人も多いと思いますが」

――ロサンゼルスでJapan Cuts Hollywood映画祭を開催されるなど、日本人クリエイターのハリウッド進出支援にも取り組まれていらっしゃいますが、現状においては国際的な進出はなかなか難しいようです。海外を目指す日本のクリエイターへのアドバイスなどありますか?

「日本のクリエイターの方々、すごくかわいそうだなと思うんですよ。国からのサポートが足りないし、支援があってもどうしても大きな作品に行ってしまう。Japan Cutsで見つけたおもしろい作品にはまだ字幕が入っていなかったんです。字幕作成に関して政府の支援はあるんですが、著名な映画祭でないと支援できないと言われてしまったんです。逆に、大きな映画会社が作っている作品は日本国内で資金を回収できるように作っているので、海外進出を求めていない。いい作品を海外に持って行こうとしても、面倒くさがられてしまうんですよ。間に挟まれるクリエイターはすごくかわいそうだなと思います。まずは、政府を含めて映画業界全体の意識改革をしていかないとなかなか難しいですよね」

文/平井 伊都子

元記事で読む