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傑作か問題作か? 朝井リョウ10周年記念『正欲』の衝撃

  • 2021.4.2
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「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな」――。なにやら突然、鋭利な刃物を突きつけられたような一文である。

朝井リョウさんの作家生活10周年記念作品となる『正欲』(新潮社)が刊行された。本書は「絶望から始まる痛快。あなたの想像力の外側を行く」気迫の書下ろし長篇小説。「読む前の自分には戻れない」......そう心して読み始めたほうがいい。

「生き延びるために、手を組みませんか。いびつで孤独な魂が、奇跡のように巡り遭う」
「あってはならない感情なんて、この世にない。それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ」

あらすじをかんたんに書けない衝撃作

本書は、曇りなく讃美される「誰もが自分らしく生きやすい、新しい時代」の虚像を引きはがし、白日の下に晒す――。ザックリ言うと、これまで特に深く考えもしなかった常識や価値観というものをことごとくぶった斬られ、一から出直しを迫られる感じである。

「この小説は、紹介のあらすじをかんたんに書けない衝撃作です」。出版社がこうした紹介の仕方をすること自体、レアケースだ。「作者が作った爆弾をそのまま受け止めてほしい」との思いで、世に送り出したという。

「呑気に多様性を語る私たちに、〈普通でない〉痛みを負いながら生きること、他者と繋がりつづけることの意味を問い、読者の世界観を一新、さらに自分は、どう考えるのか、刃を突きつけられる小説です」

明らかに大きなターニングポイント

新潮社の公式サイトで本書の試し読みができる。

読み始めてすぐ、これは小説なのだろうかと思った。街を歩いていると視界に飛び込んでくる情報を淡々と描写している。そこで、語り手はふと気づく。

「世の中に溢れている情報はほぼすべて、小さな河川が合流を繰り返しながら大きな海を成すように、この世界全体がいつの間にか設定している大きなゴールへと収斂されていくことに」

そして「多様性という言葉が市民権を得て(中略)時代は変わったよね(中略)高らかにそう宣言するような情報に触れる機会がぐっと増えました」とあり、「たしかに」とうなずきかけたところで......

「この文章を読んでいるということは、あなたもこう思っていると思います。うるせえ黙れ、と」

そこから語り手の本音が出てくる。「多様性、という言葉が生んだものの一つに、おめでたさ、があると感じています」。「自分と違う存在を認めよう」「他人と違う自分でも胸を張ろう」などは「清々しいほどのおめでたさでキラキラしている言葉」だと。

「これらは結局、(中略)話者が想像しうる"自分と違う"にしか向けられていない言葉です。想像を絶するほど理解しがたい、直視できないほど嫌悪感を抱き距離を置きたいと感じるものには、しっかり蓋をする。そんな人たちがよく使う言葉たちです」

「そんな人たち」に自分が含まれているのではないかと、なんとも言いがたい読み心地がしてくる。ここから先、いったいどんな展開を見せるのか。まったく想像がつかない。

■著者コメント
「生き延びるために本当に大切なものとは、何なのだろう。小説家としても一人の人間としても、明らかに大きなターニングポイントとなる作品です」

「これは、共感を呼ぶ傑作か? 目を背けたくなる問題作か?」――。本書を読んで自分はどう感じるか、読んだ後どんな自分になっているか、ぜひ確かめてほしい。

■朝井リョウさんプロフィール

1989年岐阜県生まれ。2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。13年『何者』で第148回直木賞、14年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞を受賞。他の小説作品に『チア男子!!』『星やどりの声』『もういちど生まれる』『少女は卒業しない』『スペードの3』『武道館』『世にも奇妙な君物語』『ままならないから私とあなた』『何様』『死にがいを求めて生きているの』『どうしても生きてる』『発注いただきました!』『スター』、エッセイ集に『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』がある。

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