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フットサルのトップリーグで親しまれた“トシちゃん”こと田中俊則選手のラストメッセージ!「ファン・サポーターが選ぶ年間MVP」受賞者がFリーグの魅力を語る

  • 2021.4.1
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みなさんは日本フットサルリーグ(Fリーグ)をご存知だろうか?サッカーのJリーグのように、ディビジョン1(F1)、ディビジョン2(F2)の2部制で行われている日本最高峰のフットサルトップリーグ。北は北海道から南は大分まで、F1が12チーム、F2が6チームの計18チームがしのぎを削っている。

【写真】「ファン・サポーターが選ぶ年間MVP!」に選ばれた田中俊則選手

14年目を迎えたFリーグ2020-2021シーズンは、“絶対王者”と呼ばれる名古屋オーシャンズが13回目のリーグ制覇を遂げて2021年3月に幕を閉じた。その直後に行われた「ファン・サポーターが選ぶ年間MVP!」に選ばれたのは、リーグ5位の立川・府中アスレティックFCに所属する田中俊則選手だ。

田中選手は、14年間で通算288試合に出場し、ゴレイロ(GK)ながら6得点をマークしたレジェンドだ。今年1月、クラブのホームページを通して現役引退を表明し、仕事の都合もあり、シーズンを数試合残した1月末をもってチームを離れることになった。その発表直後、1月23日に行われた今シーズン最後のホームゲームに先発出場した田中選手は、なんと自ら先制点を奪ったのだ。相手のシュートをキャッチして、相手ゴレイロが飛び出している隙を見逃さずに放ったパントキックは、キレイな放物線を描いてゴールネットに吸い込まれた。

「トシちゃん」の愛称で親しまれ、惜しまれながら引退する彼の最後の勇姿が、ファン・サポーターの胸に刻まれた。普段はフットサルとは別の仕事に就きながら続けた競技生活。田中選手がこれほどまでにのめり込んだ「フットサル」という競技には、いったいどんな魅力があるのだろうか。田中選手のラストメッセージに耳を傾ける!

【写真】「ファン・サポーターが選ぶ年間MVP!」に選ばれた田中俊則選手 ©FuchuAFC
【写真】「ファン・サポーターが選ぶ年間MVP!」に選ばれた田中俊則選手 ©FuchuAFC

サッカーから未知の競技へ!そしていきなりのトップリーグデビュー!

――田中俊則選手がFリーグ2020-2021シーズンの「ファン・サポーターが選ぶ年間MVP!」に選ばれました。おめでとうございます!

【田中俊則】正直、驚いていますし、選ばれてうれしいです。

――田中選手にとって、ファン・サポーターはどんな存在ですか?

【田中俊則】ファン・サポーターのみなさんがいることは大きなモチベーションでした。コロナ禍で無観客試合になったり、入場制限があったりもしたなか、普段のように応援できなかった部分もあったかと思いますが、全試合生中継してくださったABEMAを通して声援を送ってくれた方もたくさんいますし、感謝しかありません。本当にかけがえのない存在です。

――田中選手は2007年のFリーグ開幕時にデウソン神戸の選手としてピッチに立ちました。改めてフットサルの経歴を教えていただけますか?

【田中俊則】フットサルを始めたのが、リンドバロッサという関西リーグのチームなのですが、大学3年生の頃から1年間プレーして神戸に移籍しました。その2年間は大学サッカーも並行してプレーしていました。

――サッカーとフットサルを掛け持ちしていたのですね。いきなりトップリーグで戦い始めたわけですが、未知の競技に挑戦したきっかけは?

【田中俊則】大学の先輩には元フットサル日本代表の方もいたので、Fリーグができるタイミングで「一緒にやろう!」と声を掛けてもらいました。

――フットサルにはどのような印象をもっていましたか?

【田中俊則】最初は衝撃を受けました。Fリーグが開幕する1年くらい前に出場した大会には現役フットサル日本代表選手もたくさんいましたし、すごくワクワクしました。それに、とてつもなく上手な左利きのテクニシャンがいたのですが、止まった状態から相手を引きつけて足技でかわしてしまうスピード感はサッカーとは違う感覚でしたし、新鮮でしたね。

――デウソン神戸も“サッカースタイル”の超攻撃的なチームでした。

【田中俊則】サッカー上がりの選手ばかりでしたね。関東から移籍してきた選手で、現在はバサジィ大分で監督を務める伊藤雅範さんにフットサルを教えてもらっていました。

――サッカーとフットサルの違いをどのように捉えていましたか?

【田中俊則】僕はキーパーだったのですが、一番大変だったのは、フットサルにはオフサイドがないことでした。シュートを打たれたと思ったらファーサイドへのパスだったりしましたし、横に振られる動きに慣れるのに苦労しました。最初は「ゴールが小さくなるから楽勝だ」と思っていたのですが……。

――ゴールキーパーは「ゴレイロ」と呼ばれていますが、どんなポジションですか?

【田中俊則】僕の考えでは、キーパーは、「ゴールに鍵をかける存在」で、最後の砦というサッカーのイメージと同じですが、その一方で、ゴールに直結するプレーができることはフットサルのゴレイロの魅力でもあります。

田中俊則選手 ©FuchuAFC
田中俊則選手 ©FuchuAFC

――田中選手はどんなタイプの選手ですか?

【田中俊則】僕はどちらかといえばガッシリと守るタイプですね。

――ホーム最終戦では自らゴールも決めましたし、攻撃意識も高いですよね。

【田中俊則】そうですね。たとえば、同じ立川・府中アスレティックFCでプレーしていたゴレイロの黒本ギレルメ選手は、自らドリブルをして、自分のポジショニングを上げていくプレーが得意ですが、僕はキックやスローが持ち味というようにタイプが違いますね。

――ゴレイロがドリブルをしてしまう……フットサルの見どころですよね。

【田中俊則】なかなかサッカーではないですし、面白いところだと思います。

3時に帰宅して6時半に出社!?フットサル選手の生き様!

――田中選手は、今シーズン限りで現役を引退しました。キャリア14年間の最後を飾る立川・府中にはなぜ移籍したのでしょうか?

【田中俊則】神戸時代に一緒にプレーした伊藤さんが引退してから指導者となって監督をしていたので声を掛けてもらったことがきっかけです。

――移籍への迷いはなかったのでしょうか?

【田中俊則】三重県出身でずっと関西圏にいたのでとまどいはありましたし、神戸時代はフットサルをプレーしてお金をもらい、少しだけ仕事をしている“ほぼプロ”だったところから、府中では社会人として働くことになったので環境の変化がありました。

――仕事をしながらフットサルをすることはどんな感覚ですか?

【田中俊則】27歳になる年齢だったので、社会を経験しないとマズイと思っていました。最初は、クラブに斡旋してもらい働いていました。その頃は本州の試合は基本的にバス移動だったのですが、大阪で試合をして、夜中の3時くらいに帰ってきて、6時半の電車に乗って仕事に行くこともありました。そういう経験も、今となれば良かったなと思います。

――どうしてそこまでして選手を続けられたのでしょうか?

【田中俊則】今、振り返ると「納得がいかない」という気持ちが強かったからだと思います。フットサル日本代表を目標にしていましたし、チームとしても、自分が力になれていたのか自問自答して、今やめたとしても納得できないだろうという気持ちがあったので……。

――続けるか、続けないかという選択肢がいつも頭の片隅にあったということですか?

【田中俊則】ずっとありましたね。体育大学には教員を目指して入ったのですが、フットサルを始める頃は、2、3年プレーしてから引退して教員となることを考えていました。ですから、やめるという選択肢はいつもありました。

――毎年考えていた?

【田中俊則】周囲から「やめるやめる詐欺」と言われながら、気がつけば14年が経ちました(笑)。

――そして14年目に引退を決断。どうしてでしょうか?

【田中俊則】僕はケガの多い選手でしたが、30代前半までは治る感覚があったのに、今シーズンにケガしたお尻の坐骨結節の負傷は、全治3カ月から半年と言われていながら半年経っても痛くて、治りも悪かった。それに加えて、仕事の都合で引退を決断しました。

――仕事の環境が変わるということですか?

【田中俊則】そうですね。

――どんなお仕事を?

【田中俊則】障害福祉事業です。ハンデがある子供たちの、学校終わりや長期休みの療育をする仕事です。7年前からこの仕事に就いていて、今は施設長をしています。仕事での立ち位置が変わり、チームの午前練習に出られなくなるので1月末で退団することになりました。

――迷いはなかったのでしょうか?

【田中俊則】資格事業なので、現状では自分がいないと運営できないですし、従業員が働けなくなってしまいますから迷いはありませんでした。

――仕事もフットサルも同じくらいの熱量で取り組まれていた。

【田中俊則】そうですね。どちらも大事にしていました。府中に来たときに、中村恭平GMから、「トシは優しすぎる。もっと欲を持て」と言われて、フットサルも仕事も全力でやることを決めて取り組んでいました。

――両方に全力で取り組めるコツみたいなものがあるのでしょうか?

【田中俊則】一番は、フットサルも楽しいし、仕事も楽しかったということですね。職場で関わる子どもたちがフットサルを応援してくれていたことがモチベーションになりましたし、会場にも来てくれるので良いプレーを見せようと練習にも気合が入る。僕としては仕事とフットサルの相乗効果があったのかなと思います。

――フットサルをやめてから気づいたことはありますか?

【田中俊則】まずは体が太るということですね(苦笑)。2カ月で7キロも太ってしまいました……。それと、精神面でも、仲間とワイワイできないストレスがありますね。若い選手も多かったですし、元気をもらうというか、自分も若くいれる感覚がありましたから。

フットサル観戦は観光とセットで!田中選手から“新規ファン”へのお願い

――田中選手が引退されることを知り、ご家族はどんな反応でしたか?

【田中俊則】両親と兄と弟は、ずっと応援してくれていました。特に母親は、しょっちゅう試合に来てくれましたし、関西や名古屋の試合会場だけではなく、三重から車で東京まで来ることもありました。今年のお正月に実家でやめることを告げたのですが、「トシのおかげでいろんなところに連れて行ってもらえたよ。ありがとう」と言ってくれて、号泣してしまいました。残念だけど(やめることを)感じていたよと声を掛けてくれました。

――ご家族とは仲が良いのですね。

【田中俊則】ちょっと恥ずかしいですけど、すごく仲が良いです(笑)。家族とは年に1回は旅行をしていて、一昨年(2019年)は家族5人で沖縄に出かけましたね。

――チームメートと出掛けることもありますか?

【田中俊則】それもよくあります。沖縄にも行きましたし、鎌倉で釣りをしてしらすを食べました。それとコロナ禍になる前には、“ボーリング部”の活動も頻繁にしていました(笑)。

――フットサルは観光と観戦をセットに楽しめますよね。

【田中俊則】まさに、Fリーグには観光地で活動するチームが多いので、ぜひ前泊・後泊をして遊んでほしいですね。今は関東のチームが多いですが、僕がプレーした立川・府中のホームアリーナがある立飛には、「ららぽーと立川立飛」や「TACHIHI BEACH」があるので、試合観戦だけではなく、家族で買い物をしたり、BBQをしたりして楽しめますよ。

――他にも、フットサルの魅力や楽しみ方はありますか?

【田中俊則】競技フットサルは室内競技なので、お客さんと選手との距離が近く、ボールを蹴る音や体がぶつかる音、シューズが止まる音など、間近で見て感じることができます。それに、ゴール付近のプレーが多いので、得点に直結する攻防を何度も見られることも魅力ですね。いろいろな特徴の選手がいるので、好きな選手を見つけるのも楽しみのひとつです。

――最後に、田中選手のこれからの夢はなんでしょうか?

【田中俊則】今の仕事に就いてから、ファン・サポーターの方の応援はもちろんですが、施設に通うさまざまなハンデをもつ子供たちが目をキラキラしてボールを追いかける姿に元気をもらってきました。今度は僕が、そうした子供たちが安心して元気に成長できる場所をつくりたいです。日々、子供たちの成長の手助けをしていきたいですね。

取材・文=本田好伸

■プロフィール

たなかとしのり●1985年、三重県生まれ。大阪体育大学でサッカーを続けながら、大学3年時に競技フットサルをスタートし、翌年、2007年のFリーグ創設時にデウソン神戸でトップリーグにデビュー。2012シーズンから府中アスレティックFC(現在、立川・府中アスレティックFC)へ移籍すると、持ち味のシュートストップやポジショニングで守護神として活躍し、日本代表としても11試合に出場。2020-2021シーズンをもって現役を引退した。

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