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ゴールデン・グローブ賞のあの超過激司会者が主演・監督・脚本で面白くないわけがないNetflix「After Life/アフター・ライフ」

  • 2021.4.5
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●熱烈鑑賞Netflix 60

ゴールデン・グローブ賞の過激司会者

「After Life/アフター・ライフ」は、リッキー・ジャーヴェイスの主演・監督・脚本作品。
リッキー・ジャーヴェイスは、イギリスのコメディアンだ。
2020年第77回ゴールデン・グローブ賞の司会で「ぼくがこの授賞式の司会をつとめる最後の回だ、嬉しいだろ?」と始めて、受賞者や大企業を名指ししブラックジョークを連発した。かつて同賞の司会を務めたときも、主催のHFPA会長を「完全に一線を越えた」と激怒させ、出禁になったのでは? なんて報道されたにもかかわらず、だ。

「ミッションインポッシブル」「ダ・ヴィンチ・コード」等のハリウッド大作のオファーを断り、2013年に主演・監督・脚本で「デレク」を作り、そして2019年に主演・監督・脚本で「After Life/アフター・ライフ」を作った。
「After Life/アフター・ライフ」について、ゴールデン・グローブ賞のオープニングでリッキー本人が紹介している。

「授賞式をいまから3時間もやらなきゃいけないけど、3時間あれば「アフターライフ」がイッキ見できる。妻がガンで死に、自殺したがってる男の話だけど、授賞式より楽しい」
いまはシーズン2も加わり、シーズン1と2合わせて全12話で、1話あたりおよそ30分なので、全部観るには6時間は必要だ。
だが、ぼくは土日でイッキ見した。さらに、主演・監督・脚本の「デレク」を観て、「ジ・オフィス」も観ている。いつまでも浸っていたい。

本当なら死んでるはずだった

「After Life/アフター・ライフ」は、コメディ作品だ。
コメディといっても、明るく分かりやすい笑いではない。クリンジ・コメディと呼ばれるタイプ。
主人公は、社会的な正しさの範疇に留まっていない。たいがいエゴイストで口が悪い。言わなくていいことを言って、周囲を困らせる。常識を壊す。気まずい状況を生み出す。そういった社会的な気まずさを笑うコメディのことをクリンジ・コメディと呼ぶ。

「After Life/アフター・ライフ」の主人公トニーは、無料配布の地域新聞の編集部で働いている。
新しく入ってきた記者に編集長がトニーのことを説明する。
「トニーは素晴らしい記者で性格もいい。ただ今は調子が悪い。不幸があってね。彼は僕の義理の兄なんだ。妹のリサと結婚してたけど、亡くなった。ガンでね」
「お気の毒に」
「トニーは落ち込んで自殺を図った」
「そうですか」
「君にも何か言うかもしれない。ひどい…ことを、気にしないようにして」

もう死んでもいいと思っているトニーは、遠慮なく周りに暴言を吐く。いや、暴言ではなく、ほんとうに思っていることをそのまま言ってしまうのだ。
社会生活を生き残るためにはぐっと呑み込むべきことを、呑み込まない。

「本当なら死んでるはずだった。そこで考えた。最低の奴になってやりたい放題やって、それが限界を超えたら自殺する。一種のスーパーパワーだ」
とまで言い放ち、それを貫く。

仕事仲間とスタンダップコメディを観に行くトニーだが……/Netflixオリジナルシリーズ『After Life/アフター・ライフ』シーズン1~2独占配信中

この世界にもっと浸っていたい

「After Life/アフター・ライフ」は、そんなトニーの日常を描く。

ホームレスの郵便屋に嫌味を言う。
通勤途中に義理の弟の息子と挨拶をする。
地域新聞の取材に出かける(取材相手は、壁のシミがケネス・ブラナーに見えると言う男、鼻で笛を吹く少年、肥満のおかげで内臓にクギが刺さらず通り抜けて助かったと主張する女性、などなど)。
高齢者施設にいる父を見舞う。
生前の妻のビデオを観る。
カウンセリングにかかる。
墓地で、夫を失った婦人とちょっとした会話を交わす。

同じことの繰り返しのように思える毎日の変化を、ていねいに描く。
「この続きはどうなる?」といったスリリングなプロットに引っ張られて観るドラマではない。
毒舌ばかりを吐いているうつ状態の主人公に寄り添うように観ていると、クセになってくる。
この世界にもっと浸っていたいと感じる。

犬のブレンディと亡くなった妻リサとのスリーショット。幸せった日々/Netflixオリジナルシリーズ『After Life/アフター・ライフ』シーズン1~2独占配信中

それこそがコメディだし、ユーモアだよ

コロナ禍でうつうつとした気持ちになりがちなるぼくには、明るく爽快で楽しいドラマはつらい。
ぐったりと倒れて何もしたくないときに、希望を説かれたり、ハッピーでいろと言い出されるのはつらいのだ。
どうにかこうにかやっていくから、しばらくは倒れたままでいさせてほしい。悲しいときは悲しいままでいい。

そう思っているときに、寄り添ってくれるドラマは、自分と同じようにうつ状態でダメで倒れたままどうにかこうにかやっている人たちを描いたドラマだ。

ドラマに浸って、苦笑いして、少し客観的に今の自分を振り返られるようになれば、そのうち、ゆっくりと立ち上がれる。立ち上がれるようになるだろうな、と、ぼんやりと思えるようになる。

リッキー・ジャーヴェイスはスタンダップコメディ「人間嫌い」の中でこう発言している。
「兄のボブがブラックジョークを教えてくれた。何一つ笑えない最悪な状況で彼のジョークに癒された。それこそがコメディだし、ユーモアだよ。最悪の状況を乗り越えるためのものだ」

「After Life/アフター・ライフ」は、まさしくそういったコメディだ。

■米光一成のプロフィール
ゲーム作家。代表作「ぷよぷよ」「BAROQUE」「はぁって言うゲーム」「記憶交換ノ儀式」等。デジタルハリウッド大学教授。池袋コミュニティ・カレッジ「表現道場」の道場主。

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