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中学受験塾に洗脳されていた私……「T学園に入りたいのは、僕じゃなくてママ」息子の涙に目が覚めて

  • 2021.3.29
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“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

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写真ACより

わが子を中学受験に参入させる親の動機の一つに、中等教育以降の「上質な教育環境への期待」というものがある。

中学受験生の親には、「最難関校でなければならない」とか「偏差値60以上ないといかせない」とか、偏差値ばかりに気を取られる者もいるが、彼らだって、最初からそうだったわけではないのだ。

しかし、中学受験塾に通っているうちに、まるで洗脳されたがごとく、「偏差値至上主義」に変わってしまう。ここに、中学受験の恐ろしさが隠されていることも、また事実なのである。

菜々美さん(仮名)も、そんな親の一人といえるかもしれない。

菜々美さん自身は地方出身者ということもあり、中学受験は未経験。しかし、県立トップの公立高校を経て、関西の最難関私大を卒業した。やがて、一人息子の義則君(仮名)が誕生したものの、その後、夫の不倫が原因で離婚。以降、シングルマザーとしての道を歩んでいる。

「中学受験塾へ行かせるきっかけは、私の配置転換でした。残業が欠かせない職場になったので、義則の預け先として中学受験塾を選んだだけで、そこまで深く考えてのことではなかったんです。ただ、地元小学校が荒れていたので、できれば中学は義則が落ち着いて過ごせる環境を選びたいという気持ちはありました」

ところが、たまたま選んだのは、スパルタ系で有名な塾。しかも、難関校に行かせることに熱意を持った室長が君臨している教室だったという。

「面談でも、初めは『自宅から近くて、雰囲気もいいB学園』を希望していたんです。でも担任の先生が『何を言ってるんですか! 義則には力がある! 絶対にT学園に行くべきです!』って強く推してくるので、『そんなにいい中学に行けるんや?』って思って、舞い上がってしまったんですね……」

「親を喜ばせたい」自分より親の意思を優先させる子ども

5年生に上がると、講義のスピードも上がり、塾の宿題も相当な量が出されたという。

「義則はテニスをやっていたんですが、塾から『テニスと受験、どっちが将来に大事だ? お前はT学園に行きたいんじゃないのか?』って迫られて、結局、5年の秋にテニスもやめてしまいました。その頃からですね、義則に謎の湿疹が出るようになったのは。かきむしるので、血だらけになっていることもありました。それにチックの症状も出るようになってしまって」

5年生の頃の義則君は、T学園も十分合格圏内という偏差値をキープしていたのだが、それから徐々に成績が下がっていくようになったそうだ。

「あの頃の私は、塾に洗脳されていたとしか思えません。もう『義則を絶対にT学園に入れなければならない!』ってことしか考えてなかったんです」

そんな6年初夏のある日、菜々美さんに塾からこんな電話があったという。

「義則君が『T学園特訓講座』に来ていません」

義則君は、塾のある駅で降りずに、そのまま電車に乗って、他県にある終点まで行っていたということが判明。夜遅く、自宅に戻って来た義則君に、菜々美さんは怒りをぶつけてしまったそうだ。

「アンタ、どういうつもり? 特訓講座は高いねんで? みんながT学園目指して、頑張ってるのに、こんなことして入れるわけないやろ! もう、受験なんてやめてしまえ!」

義則君はその時、泣きながら菜々美さんに言ったという。「T学園に入りたいのは、僕じゃなくママやろ?」と。

「ショックでした。その通りだったんです。思えば、義則の口から『T学園に行きたい』なんて言葉は出たこともない。私が『T学園に行きたいんやろ?』って言って、頷かせていたんです」

菜々美さんは当時、「私は母親失格」と言って、筆者に相談してくれた。

よくよく聞けば、別れた夫は、「T学園より偏差値や大学合格実績で見劣りする」という中高一貫校の出身。菜々美さんには、一人息子に、元夫よりもいい学歴をつけて、見返してやりたいという心理が働いていたようだ。

これは「中学受験あるある」なのだが、子どもが受験を頑張る理由に「親を喜ばせたい」というものがある。お母さんやお父さんの喜ぶ顔が見たくて、自分の気持ちを殺してでも、親の意思を優先してしまうことは珍しいことではないのだ。

そして、中学受験から撤退……現在は

義則君に話を戻そう。彼は今、T学園の高校生である。あれから、義則君は中学受験から撤退。かかりつけ医に「勉強よりも健康!」と言われたことも大きかったそうだが、結果的に中学受験を見送り、公立中学に入学した。

しかし、もともとポテンシャルが高かったこともあり、自分の将来についてゆっくり考えたところ、「やはりT学園」という結論を自ら下したのだそうだ。そこで、高校入試でT学園に合格。今では、チック症状も収まり、肌の調子もいいという。

当時のことを振り返って、菜々美さんは言う。

「やはり、人生って自分で決めないといけないんですね。思えば、私のつまらない意地で、義則にはかわいそうなことをしました。でも、こないだ義則が『あれがあったから、今がある』と言ってくれたんです。少し、救われた気がします」

断言するが、中学受験参入は、親の意思である。もちろん「子に良かれ」と思ってのことであるが、何事もバランス。もし、偏差値至上主義に陥ってしまったならば、その「良かれ」の本当の意味を考えることが、親の仕事だといえよう。

鳥居りんこ(とりい・りんこ)
エッセイスト、教育・子育てアドバイザー、受験カウンセラー、介護アドバイザー。我が子と二人三脚で中学受験に挑んだ実体験をもとにした『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などで知られ、長年、中学受験の取材し続けている。その他、子育て、夫婦関係、介護など、特に女性を悩ませる問題について執筆活動を展開。

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