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極私的・偏愛映画論『街の灯』

  • 2021.3.26
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選・文 / 長田佳子(菓子研究家)

出典 andpremium.jp

友人たちを思い出させるヴァージニア・チェリルの演技。

私の映画の見方はとても偏っていて、気に入った作品を繰り返し観ては、発見を積み重ねて満足してしまう。新しい作品を次々観ることができれば、夢も膨らむであろうに少々腰が重いところは、人との関係性をゆっくり深めていきたいところに通ずるものがあるように思う。

チャップリンの作品をはじめて目にしたのは、おそらく幼稚園生の頃で深夜のロードショーだった。モノクロのサイレント映像の中、白化粧をした叔父さんが小刻みに動いている様子に奇妙さを感じるものの、なんだか癖になる。ただただ表情を追うことが新鮮で心地よく感じたのを覚えている。

『街の灯』は、チャップリン演じる放浪者が盲目の花売り娘と出逢い恋をすることからはじまる。放浪者は彼女の眼の治療費のために、体を張ってボクサーになったり、大富豪の社長を味方につけたり、奮闘しながら想いを育む一途な恋の物語。

ヴァージニア・チェリル演じる花売りの娘は、憂いのある笑顔が印象的だ。
細身の体に似合ったクラシカルな装いにはうっとりするし、振る舞いや表情の豊かさも少女のように愛らしい。彼女を見ていると、なぜだかあらゆる知人たちを思い出す。友人や先生や母……。これまで自分と関わってくれた人々の顔が浮かんできてならないのだ。彼女等は全て私の憧れの人たちでもある。

思春期の頃の私は、“私”というものの生き方がわからず、思い悩むことが多かった。
おそらく、「素敵に、まっすぐに生きたい」と過度な期待をしていたのだと思う。

しかしいつからか、大好きな友人たちと時間を共にするなか、背伸びをしないでもたくさんのお手本が近くにあったことを知る。彼女たちの夢の実現を近くでみたり、言葉に耳をすませたりしているとワクワクして堪らず、自分に落胆する暇もなくなっていたのだ。きっと彼女たちが鏡となって、道に迷わない私を作ってくれていたのだと思う。

美しい主人公に心を奪われ陶酔する作品ももちろんあるけれど、ひとりの人物から、多くの友人たちを思い出させるヴァージニア・チェリルの演技、この作品は私にとってとても特別なものである。

illustration : Yu Nagaba

出典 andpremium.jp

白化粧や、人との距離、喜びの後の寂しさ様々な違和感は人の心を惹きつけ、見る側へ想像する時間を与えてくれる。心の声が漏れてしまうような美しさがこの作品にはあるように思います。

出典 andpremium.jp

Title
『街の灯』
Director
チャールズ・チャップリン
Screenwriter
チャールズ・チャップリン
Year
1931年
Running Time
87分

菓子研究家 長田佳子
出典 andpremium.jp

菓子研究家。レストラン、パティスリーなどでの修業を経て、YAECAフード部門「PLAIN BAKERY」でメニュー開発、お菓子の製造を担う。2015年に独立。〈foodremedies〉という屋号でハーブやスパイスなどを使ったまるでアロマが広がるような、体に素直に響くお菓子を研究している。著書に『季節を味わう癒しのお菓子』(扶桑社)、『全粒粉が香る軽やかなお菓子』(文化出版局)などがある。また、&Premium.jpで毎月「長田佳子の季節のハーブを愉しむお菓子」を連載中。

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