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「バブル入社組が70歳まで居座る」これから現役世代が被る重すぎるリスク3つ

  • 2021.3.25
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4月1日から改正高年齢者雇用安定法が施行される。努力義務ではあるが、70歳までの雇用が促進された場合、若い世代への影響は大きい。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「数年後にバブル入社世代が定年にさしかかる。彼らを70歳まで雇用し続けるのは厳しいと考える人事部は多い。新規採用や昇進・昇給の抑制、定期昇給の廃止など、現状の制度の抜本的な見直しが必要」と指摘する――。

笑顔のシニア男性にあいさつする若い男性
※写真はイメージです
2025年度以降は70歳までの雇用義務化へ

70歳まで雇用する改正高年齢者雇用安定法(高齢法)の施行が4月1日と目前に迫っている。今回は努力義務であるが、政府の工程表では2025年度以降の義務化も視野に入っている。

加速する少子高齢化による生産年齢人口の減少や年金・医療などの社会保障をカバーするのが最大の目的だが、個人にとっては老後の生活資金を得るために働かざるを得ないという事情もある。

現行の高齢法は①65歳までの定年引き上げ、②定年制の廃止、③65歳までの継続雇用制度(再雇用制度等)――の3つの選択肢のいずれかを実施することを義務づけている。最も多いのは希望者全員を再雇用する継続雇用制度で導入企業は全体の76.4%を占めている。従業員301人以上の企業では86.9%と圧倒的に多い(厚生労働省「高年齢者の雇用状況(2020年6月現在)」)。再雇用制度は60歳で定年退職後に1年の有期雇用契約を結び、65歳まで更新する。給与は60歳以前より3~4割下がるのが一般的だ。

フリーランスとして働くことも可能に

今回の改正高齢法は、65歳から70歳までの就業を確保する措置として上記3つの選択肢を70歳まで引き上げることに加えて、新たに2つの選択肢を用意している。

①70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度
②70歳まで継続的に社会貢献事業に従事できる制度(事業主が自ら実施する社会貢献事業と事業主が委託、出資等=資金提供する団体が行う社会貢献事業の2つ)

今の会社と業務委託契約を結んでフリーランスとして働くことも可能になる。社会貢献事業は上記2種類があり、自社で実施する社会貢献事業は、会社の事業以外のSDGsなどの活動も入り、会社の歴史や商品の歴史を説明するセミナーや講演会の講師、植林事業など自然再生の環境プロジェクトのボランティア活動のリーダー役などが想定されている。もう一つの会社が委託・出資する団体とは、財団法人やNPO法人など、すでに企業と一定の関係を持っている団体で働くことが想定されている。

「対象者基準」を設ける場合は具体的にする必要がある

ただし、今回は努力義務なので66歳の従業員全員を対象にする必要はなく、対象者を限定する基準を設けることができる。だが厚労省の指針では、対象者基準を設ける際には「事業主が恣意的に高年齢者を排除しようとするなど法の趣旨や、他の労働関係法令に反する又は公序良俗に反するものは認められない」としている。

たとえば「会社が必要と認めた者に限る」とか「上司の推薦がある者」とすること、あるいは一定の基準を設けた上で「その他必要と認める者」を入れるのは、基準がないことと同じであり、今回の改正の趣旨に反するおそれがある。基準の例としては「過去○年間の人事考課が○以上」とか「過去○年間の出勤率が○%以上」といったふうに具体的かつ客観的であることを求めている。

退職金のプランと電卓とメガネ
※写真はイメージです

70歳まで働くことを法的に保障されることは社員にとっては朗報だろう。野村総合研究所の調査(2020年7月21日)によると、55~64歳の正社員のうち「70歳まで(以降も)働く」と答えた人は27.2%、「多分、70歳まで働く」が23.2%。合わせて約半数が制度の活用を考えている。

70歳までの雇用延長で生じる5つのリスク

一方、会社にとってはそんなに簡単な話ではない。60歳定年企業にとっては現在の65歳までの再雇用年齢がさらに5年延びることになる。これまでは給与を下げる代わりに現役世代のじゃまにならない程度の簡便な仕事を与えて65歳まで福祉的に雇ってきた企業も少なくない。それが10年間に延長されることになれば、さまざまなリスクが発生する。具体的なリスクとは以下の5つだ。

① 数年後にバブル入社世代が定年に達し、高齢社員が急増する。
② 65歳から70歳に雇用延長されることで人件費が増大する。
③ 60歳までの正社員と給与が低い60歳以降の有期契約社員の二極化が顕在化する。
④ ITスキルの習得などビジネスモデルの変容に応じた再教育が必要になる。
⑤ 雇用延長で増加する人員に伴う新卒・中途社員採用戦略の見直しを迫られる。

バブル入社世代を70歳まで雇用し続けることは厳しい

バブル入社世代は1987年~1992年入社だが、大卒だと50代後半にさしかかっている。一部上場企業の流通業の人事部長は「今の再雇用者は毎年50~60人程度だが、数年後には毎年数百人単位で増えてくる。今は現役時代の仕事を続けながら後輩のサポートをお願いしているが、増えてくると新たな仕事先を見つけないといけなくなる。70歳まで雇用し続けるのは正直言って厳しい状況だ」と語る。

加えて②の人件費の増大も避けられない。多くの企業が人件費の総原資枠を設定し、それを超えない範囲での経営を強いられている。少なくとも中・長期的に人件費を維持するための賃金改革が必須となる。ただし、高齢社員が増加すると、③のように世の中の正社員と非正規の格差が企業内で顕在化してくる。今でも定年前より低い給与で働く再雇用社員のモチベーションの低下が大きな問題になっている。必然的にその働きぶりが現役社員にも悪影響を与えかねず、処遇を向上させることが求められている。

現役世代にとってリスクが大きい制度変革3つのシナリオ

また、コロナ禍のビジネスモデルの変容やデジタル技術の進展によって高齢者に限らず、社員の新たなスキル習得が必要になっている。④の新技術の習得については比較的柔軟な若い世代と違い、高齢世代を再教育するにはより困難さを伴うだろう。

さらに⑤については、多くの企業では人件費管理と同じように事業に必要な人材を極力増やさない「定員管理」を実施している。高齢社員が増えることになれば、新卒採用数にも影響を与える。これまでは定年退職者数や離職率を考慮して新卒や中途社員の採用数を決めていたが、定年後も会社に留まる人が増えれば、従来のように新卒一括採用による大量採用も難しくなるだろう。

こうした課題を克服するには抜本的な賃金・雇用制度の変革が不可欠であり、現役世代も間違いなく影響を受けることになる。では企業は具体的にどういう行動を取ってくるのか。考えられるシナリオは以下の3つだろう。

① 新卒採用の抑制と厳選採用
② 脱年功制による賃金制度改革と昇進・昇格の厳格化
③ 早期退職募集制度を活用した定期的なリストラの実施

新卒の厳選採用の徹底、降格人事の増加

新卒採用に影響を与えるのは避けられないと語るのは広告会社の人事部長だ。

「新卒採用がなくなることはないが、これまでのように景気が回復しても多く採用することはしないだろう。以前は景気が良ければ多少多めに採用し、ハズレ社員が出ても歩留まり率を高く維持することもできた。しかし今後は業績に関係なく毎年一定数を着実に確保していくことになるので、厳選採用を徹底することになるだろう」

次に70歳までの雇用を前提にすれば、現役世代を含む賃金制度の見直しも避けられない。建設関連会社の人事部長はこう指摘する。

「雇用期間が延びる65歳から70歳までの給与は下げざるをえない。一方、現役世代についてもすでに脱年功制に向けた見直しに着手している。若くても優秀であれば昇格スピードを今以上に早めるだけではなく、同時に従来少なかった降格者を増やしていく予定だ。たとえば若手を含めて毎年200人を昇格させるとすれば、逆に100人の降格者を出すなどパフォーマンス重視の賃金体系にしていくつもりだ」

定期昇給、家族手当・住宅手当の廃止

賃金制度の変革で今、注目を集めているのがジョブ型雇用と称される“日本版”職務給だ。従来の年功的賃金と違い、職務スキルとパフォーマンスで給与が決まる職務給は、高い専門性を持つ外部人材を獲得するのにも有利であり、反面、年功的賃金が払拭されるために同じ職務レベルにとどまっている限り、給与が上がることはない。必然的に現在の定期昇給制度も廃止され、中・長期的には社員の高年齢化によって増加する固定費としての人件費を中・長期的に流動費化できるメリットもある。さらに定期昇給制度の廃止にとどまらず、職務給はあくまでも仕事基準なので、年功制時代の家族手当・住宅手当等の属人手当の廃止も可能になる。

賃金制度の変革はそれだけではない。長期雇用の前提となっていた退職金制度のも変革も加速するだろう。従来の退職金は年齢や成果・役職に応じて退職金額が積み上げられ、その原資の運用を会社が行っていた。しかし、運用損が発生すると会社が補塡ほてんしなければならず経営上のリスクとなっていたが、近年はそうした退職金リスクを回避するために社員個人に運用を任せる確定拠出年金に移行する企業が急増している。

早期離職を促す仕組みが整備されていく

最後に「定員管理」を適正に行うには定期的な人員の調整も必要になる。22歳で入社し、70歳で退職するまでの約50年間を同じ会社で過ごすことになると、当然、その間にモチベーションの低下やスキルの陳腐化も発生する。働く意欲を失わずに、スキル転換のための新たな学びが求められるが、それでも会社への貢献度と給与にミスマッチが生じる社員も発生する。そうした社員に対して早期に“転身”という名の早期離職を促す仕組みも整備されるだろう。

実際に早期退職募集を実施する一方で、中途採用を行っている企業もある。医療機器メーカーの人事部長は「ビジネスが大きく変わる中で、新しい分野に挑戦することに消極的な社員も一定数いる。それなら今のスキルを必要とする企業に転職し、活躍できるのであれば本人にとっても良いこと。一方、新しいビジネスに必要なスキルを持つ中途人材を会社としても積極的に採用することも必要だ」と語る。

すでに70歳までの雇用を前提に45歳や50歳の節目にキャリア開発研修を実施し、人によっては退職勧奨を行う企業もある。その支援制度として「早期退職制度」を常備している企業も少なくない。今後は早期退職制度の活用による“人材の入れ替え”でによる流動化を促す企業が増える可能性もある。

法的に70歳までの雇用が保障されても、漫然と働いているだけだと給与が減少したり、途中で退職勧奨されることになりかねない。逆に働く人にとっては今以上のリスクを抱えることになるかもしれない。

溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。

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