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震災のトラウマで妊活がストップ!そのとき話し合った夫婦の決断とは… #あれから私は

  • 2021.3.11
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私には小学校と幼稚園に通う子どもたちがいます。東日本大震災が起こった10年前、私は妊活中でしたが、震災のさまざまなショックで生理が止まってしまい……。そのときの体験談と、その体験を今の子育てにどう生かしているかをお伝えします。

熱を出して寝込んでいた私

東北地方太平洋沖地震が起きた10年前、私は東京に住んでおり通勤に1時間かかる会社に勤めていました。結婚4年目だったので、そろそろ子どもが欲しいねと妊活をスタートさせたところでした。

そんなある日、高熱を出し仕事を休んで自宅のベッドで寝ていた私は、突然激しく揺さぶられたような衝撃に驚き、目を覚ましたのです。それと同時に、自宅で仕事をしていた自営業の夫が寝室に飛び込んできて、「起きて! トイレに避難しよう!(※)」と叫びました。高熱と揺れにフラフラしながら、壁をつたってなんとかトイレまで移動したのを覚えています。

(※)家の構造によっては、トイレが安全な場所であるとは限りません。また、揺れによりドアが歪んで開かなくなり、閉じ込められてしまう危険性もあるので注意が必要です。

テレビから流れてくる衝撃の映像に震え

激しい揺れがおさまったのでトイレから出て、事態を把握しようとまずテレビをつけました。そしてはじめに目に飛び込んできたのは、爆発し、激しく炎上している石油コンビナートの映像でした。

次々と流れてくるニュースが、馴染みのある地名の映像でありながら現実とは思えない光景で、頭が真っ白になり、何これ?と、ショックでしばらく何も言えず立ち尽くして震えていたあの時間は、忘れられません。

その後、断続的に起こる余震に恐怖を感じながらも我に返った私は、夫と一緒に家の中を点検し、落ちた小物や割れた食器を片付けながら次の揺れに備えました。

精神的な不安で生理がストップ

その後、都内と近県に住んでいた両親や親戚、会社の同僚の安否を確認しホッとしたのも束の間……物流が乱れ、買い占めが起こり、自宅付近のお店の棚から商品がなくなりました。計画停電もありました。日常は取り戻したものの、しょっちゅう余震があって緊急地震速報が鳴り、精神的に落ち着かない不安な日々が続いたのです。

そして気が付くと、生理が3カ月きていませんでした。震災の日から妊活もストップしていたので、妊娠による体の変化ではないことは明らかでした。以前からストレスで生理が止まることはあったので、夫と話し合い、体が自然に戻ることを待つとともに、落ち着くまで妊活はストップすることにしたのです。

転職、妊活再開、そして出産

その後も仕事は続けていましたが、震災当日に出勤していた同僚が帰宅困難者となりオフィスに泊まったり、何時間もかけて歩いて帰宅した話などを聞いたりしていたので、妊活の再開も視野に入れて自宅から近い職場に転職することにしました。

そして、6カ月ほど経ったころにようやく生理が再開。同じ年の暮れに妊娠が判明しましたが、もしものことを考えて自宅から一番近い病院でお産することに決めました。引き続き余震は起こっていましたし、胸を痛めるニュースが流れている状況で、常に不安を感じていたように思います。

電力不足で駅のエスカレーターやエレベーターが止まっていることもあり、大きくなるおなかで階段を上り下りすることも負担でしたが、避難所や仮設住宅で長く生活している人たちのことを思い、踏ん張りました。翌年の夏に無事出産したときも、震災の当日とその前後に出産した妊婦さんの状況を想像すると、なんとも言えない気持ちになりました。

子どもたちが大きくなった今、幼稚園や小学校で避難訓練や引き取り訓練がおこなわれますが、そのたびにあの日の話をして訓練に真剣に向き合っています。同時にいざというときの待ち合わせ場所や、非常用持ち出し袋の中身の確認、できるだけ徒歩で行ける学校や習い事にすることなども話し合っています。震災の体験を忘れず、未来に生かしていきたいです。

監修/助産師REIKO


著者:坂井香子

おだやかな娘とわんぱくな息子の母。夫は別居中のため、完全ワンオペ育児奮闘中。自身の体験をもとに、妊娠・出産・子育てに関する体験談を中心に執筆している。

ベビーカレンダー編集部

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