1. トップ
  2. 社会復帰を目指す男の奮闘記『すばらしき世界』…登場人物たちが息づく物語の舞台“葛飾区”を訪ねる

社会復帰を目指す男の奮闘記『すばらしき世界』…登場人物たちが息づく物語の舞台“葛飾区”を訪ねる

  • 2021.3.5
  • 922 views

映画やテレビドラマに撮影可能なロケ地の情報を提供し、案内、調整も行う組織「東京ロケーションボックス」は、映像作品を通して東京の魅力を国内外に発信しながら、ロケ撮影で地域活性化を図ることを目的としている。その活動内容の紹介として、実際にサポートを受けた作品にフォーカスするこの企画。今回は『ゆれる』(06)、『ディア・ドクター』(09)、『永い言い訳』(16)などの西川美和が監督し、役所広司が人生の再出発に奮闘する男を演じた『すばらしき世界』(公開中)より、撮影場所の一つとなった東京都葛飾区のスポットを巡ってみたい。

【写真を見る】長澤まさみ演じる敏腕プロデューサーの言葉が印象的な焼き肉店のシーン

名優、役所広司が社会復帰を目指す不器用な男を演じる [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
名優、役所広司が社会復帰を目指す不器用な男を演じる [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

直木賞作家の佐木隆三が実在の人物をモデルに執筆した小説「身分帳」を原案とし、西川監督が長編作品で初めて“原案小説あり”の作品に挑んだ本作。主人公である人生の大半を刑務所で過ごしてきた殺人犯の三上に役所が扮するほか、彼が社会復帰する姿をテレビ番組にしようと密着取材を行うディレクターの津乃田役で仲野太賀、テレビ局プロデューサーの吉澤役で長澤まさみが出演し、橋爪功や安田成美、六角精児、北村有起哉ら実力派キャストが名を連ねている。

三上と津乃田の出会いの場となった“東部地域病院”

北海道の旭川刑務所での刑期を終え、揺れるバスの中で「今度ばっかりは“堅気”ぞ」と更生を心に誓う三上。身元引受人の弁護士、庄司(橋爪)とその妻、敦子(梶芽衣子)の世話になりながら部屋探しをし、当面の生活費のため、生活保護を申請することに。しかし、長年の無理がたたり、三上の身体はボロボロで申請中の区役所で倒れてしまう。

三上が運び込まれる病院として使われたのは東部地域病院。コロナウイルス感染症が流行する以前に、診察がない日を丸1日使って撮影が行われた。担当医役の聴診器の持ち方や掛け方、診察室のベッドで横たわる三上に取り付けられた心電図の位置などは、本物の看護師から細かなレクチャーを受けたという。また、三上がCT検査を受けるシーンは、当初はMRIの予定だったものが、磁場による機材への影響を考慮して変更されたという裏話も。

三上と津乃田が初めて対面するのも、この病院の一室だ。身分帳という受刑者の経歴が事細かに書かれたノートを手にやってきた津乃田は、三上が幼少のころに母親と離別したこと、少年院に入所し、10代で暴力団に加わり、前科十犯を重ねてきたことなど、話を聞いていく。殺人犯である三上に最初は戦々恐々としていた津乃田だったが、彼の人懐っこい笑顔や、真っ直ぐでやさしい人柄に触れ、しだいに親しみを感じ始めていく。

病室で撮影した際は、その時間だけ患者に別室へ移動してもらうなど、病院側の協力は不可欠だったという。三上と津乃田が会話するロビーでの撮影は、面会時間が終わったあとに実施。照明は点けず、2階の廊下からライティングをすることで、雰囲気のある場面に仕上げている。

取材を重ねるうちに、人間味あふれる三上に親近感を覚える津乃田 [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
取材を重ねるうちに、人間味あふれる三上に親近感を覚える津乃田 [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

撮影のために蛍光灯400本を総入れ替えした“葛飾区役所の福祉事務所相談カウンター”

三上が生活保護を申請するシーンは、葛飾区役所の福祉事務所相談カウンターを使用している。カウンターを挟んで、三上と庄司、ケースワーカーの井口(北村)が対面するこのシーンで、劇中に映っている北村以外の職員は全員がエキストラとして参加した区役所の職員なのだそう。

また、区役所での撮影で、最も苦労したのが“蛍光灯”だったという。撮影は閉庁日を利用して行われたが、広くて開放的な所内には約400本の蛍光灯があり、そのままカメラを回してしまうと緑色が強く出てしまって、映画全体のトーンから浮いてしまう。そこで照明スタッフの提案で、蛍光灯をすべて撮影用のものに取り換えることになり、照明部と制作部がロケ前夜から現場に入って、撮影に間に合わせたそうだ。

六角精児が何度も全力疾走?三上が万引き犯に間違われる“スーパーシマムラ”

三上は特技の裁縫技術を生かした仕事を希望するが、なかなか彼を受け入れてくれる職場は見つからない。津乃田や井口らの助言を受けて運転手になろうと思い立つが、服役中に失効した免許証をゼロから取り直さなければならないと警察官に告げられ、つい激高し声を荒げてしまう。

得意の裁縫技術を生かした仕事を希望するが… [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
得意の裁縫技術を生かした仕事を希望するが… [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

そんな時、三上はスーパーマーケットで店長の松本(六角)に万引きの疑いをかけられ、またしても感情を抑制できない悪癖を出してしまう。しかし、誤解であったことがわかると、松本は全力で頭を下げ、三上の人間的魅力にも気づき、免許証を取れば運転手の仕事を紹介すると背中を押すのだった。

最悪な出会いをしたものの、その後は友人関係となる三上と松本のシリアスさとコミカルさが合わさったスーパーマーケットでのシーンは、JR金町駅、京成金町駅より徒歩15分のところにあるスーパーシマムラで撮影された。撮影は定休日に実施したものの、地域に根差したお店ということもあり、営業中と勘違いした買い物客がやって来てしまい、休みであることを説明するのは大変だったそうだ。

ちなみに、このシーンは松本役の六角にとってクランクインだったのだが、初日から全力疾走を繰り返さなければならなかったらしい。誤解が解けて意気揚々とスーパーを出る三上。しかし、彼は購入した商品を店に置いたままで、松本が必死で追いかけるはめに。スーパーから三上のいる地点までの距離は100mほどで、本気で走らなければ追いつくことができない。しかも、近くを走る電車やエキストラとのタイミングも合わせなければならず、なかなかOKが出なかったため、汗ばみながら六角は何度もテイクを重ねたのだとか。実は、六角は撮影前日に足を負傷し骨にヒビが入っていたらしく、つらい状態で撮影に臨んでいたそうだ。

スーパーシマムラで撮影された三上と松本のシーン [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
スーパーシマムラで撮影された三上と松本のシーン [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

三上の凶暴な一面が露わになる“稲増建材”

三上と津乃田はすっかり打ち解け、吉澤も交えて焼き肉店で食事をすることに。この場面で吉澤は制作する番組の意義を三上らに説いているが、「社会のレールから外れた人が、いまほど生きづらい世の中はない」という言葉に、三上と津乃田だけでなく、本作を鑑賞している人も深く考えさせられるはずだ。

【写真を見る】長澤まさみ演じる敏腕プロデューサーの言葉が印象的な焼き肉店のシーン [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
【写真を見る】長澤まさみ演じる敏腕プロデューサーの言葉が印象的な焼き肉店のシーン [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

しかしその帰り道、2人組のチンピラに絡まれているサラリーマンを助けるため、三上は彼らを建材置き場で半殺しにしてしまう。初めて目の当たりにする三上の凶暴な一面に津乃田は言葉を失い、カメラを回すことも放棄してその場から立ち去ってしまう。

穏やかな場面から一転、凄惨な空気感に包まれるこのシーンは、コンクリートなど建築資材を販売する有限会社稲増建材の敷地で撮影されている。三上が声を張り上げる場面だったため、近隣への影響も懸念されたが、奥まった場所にあったので難なく撮影は終了したそう。曲がったことが嫌いで正義感にあふれる三上だが、つい暴力に頼ってしまう彼の複雑な人間性が映しだされた印象的なシーンになっている。

サラリーマンに絡むチンピラに立ち向かう三上 [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
サラリーマンに絡むチンピラに立ち向かう三上 [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

これら葛飾区の施設を使用した撮影には、葛飾区観光フィルムコミッションの尽力が欠かせなかった。フィルムコミッションの担当者によると、様々な配慮がなされるなかで特に気を遣うのは、撮影スタッフやキャスト陣の支度部屋の用意だそう。東部地域病院では会議室、スーパーシマムラは2階の宴会場を含むいくつかの部屋、稲増建材で撮影した際は近くのお寺の協力を得て、車移動をしていたという。

刑期を終え、出所する三上 [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
刑期を終え、出所する三上 [c]佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

人がまっとうに生きること、社会の在り方など、誰もが人生で直面する様々なテーマを三上という人物を通して描く『すばらしき世界』。その撮影ロケにまつわるエピソードを知れば、さらに作品を観る楽しみが増えるに違いない。

文/サンクレイオ翼

元記事で読む