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さとゆみ#131 暇つぶしならぬ、哀しみつぶしに最高です。朝井リョウさん『風とともにゆとりぬ』

  • 2021.2.17
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●本という贅沢131 『風とともにゆとりぬ』(朝井リョウ/文春文庫)

朝日新聞telling,(テリング)

かれこれ月曜日のことだけど、朝起きたら急激に爆裂に死にたかった。

髪の毛の先から足の指の爪先まで、蒼い液体のようなものがひたひたと満ちて、全身が哀しみに染色されていた。
息を吸おうとしても、空気が重くて湿っていてうまくいかない。
かろうじて取り込んだ薄い酸素も、やはり蒼い。哀しみのスライムは細胞を侵蝕して、身体も心もブルーに染まっていく。

年に何度かこういう日がある。

お願いだから、こういうときに「あなたが死にたいと思った今日は、誰かが死ぬほど生きたいと願った今日」とか、説教しないでほしい。
もう、こういう日はどうしようもないんです。

身体を起こそうとすると、頭がぐわんぐわんと痛い。
枕元に常備しているバファリンプレミアムを、水無しで飲み込む。
キッチンまでなんとかたどり着き、窓の外に広がる鈍色(にびいろ)の空を見て理解する。
うわ、これ、殺人低気圧だ。

ケータイで検索すると、今日は台風並みの低気圧ですと、書かれている。
どおりで。

私は背骨の横を通る血管のポンプがヤラれてるので、乱高下した低気圧の日は文字通り血が巡らない。
今日はもう、諦めよう。
幸いにも、超絶久しぶりに締切のない日だった。
ベッドに戻り、布団をかぶる。

と、その時だった。
ケータイにぴろんと通知がくる。

「家にいると仕事する気がわかないので、六本木のシェアオフィスにいます」

以前、このコラムを担当してくれていた編集さんからだった。
「今日、低気圧やばいよね」
と返事すると
「あー、だから朝、ちょっと情緒不安定だったのかー」
と返ってくる。

何度かラリーしてるうちに、そういえば明日締切のtelling,の書籍をまだ読んでないことに気づいた。
読書家の彼女に、最近面白かった本はなに?と聞く。

間髪入れず
「朝井リョウさんの『風とともにゆとりぬ』が2020年一番おもしろかったです」
と、戻ってくる。

タイミングが悪い時は、本当に、悪い。
その本、単行本で買ってから2年積読してたんだけど、先日の地震で積読タワーが崩壊して身の危険を感じたのをきっかけに、読まないまま処分してしまったところだった。
それがちょうど、昨日のこと。

それを伝えると
「ウケる! 私、友達にプレゼントしまくりましたよ」
と、返事がくる。
「何がいいの?」
と聞くと
「いや、何の役にも立たないんですけど、面白くて最高なんですよ。人にプレゼントするのにぴったりで」
と言う。
「人に本を貸すときって、なんかマウント的な要素があるような気がしていたんですが、これだけは『ただ楽しい本だから』って勧めやすいんですよ。何の役にも立たないゆえに」
と、続く。

そういえば、
帯に『読んで得るもの特にナシ!』って書いてあったよな、と思い出す。

「いやマジ、何の役にも立たないんですけど、12月は心がすり減ってたから、毎日1章ずつ読んでいいルールにして、それを楽しみに生きてました」

この短いやりとりの中で、3回も「何の役に立たない」って書いてある。
褒めてるのか貶してるのかわからないんだけど、いや、褒めてるのか。

「私、12月に感謝している人ランキング1位、朝井リョウ様」
というダメ押しのメッセを見て、Kindleをポチッとした。

ここまで、5分。ベッドから一歩も出ないまま、ページをめくる。
あー、こういうやつか。

朝日新聞telling,(テリング)

いやはや。うん。
たしかに、何の役にも立たない。笑。
いや、違うな。
そんなこともない。

いままで身体をパンパンにしていた蒼い憂鬱が、少しずつ揮発していく。
くすっと笑いが漏れていくたびに、一緒に、身体を満たしていたブルーも排出されていく。あ、身体、軽くなってるなと、気づく。

朝井さんの本は、
『桐島、部活やめるってよ』
とか
『何者』
とか、ヒリヒリするものばかり読んできた。だから、この本も多分、こんな時じゃなければきっと読まなかった。

たしかに暇潰しの本、と言われるジャンルかもしれない。忙しさを蹴倒している毎日だったら、きっと読まなかっただろうと思う。得るものは特にないし、むしろ時間が奪われていくだけの本だったけれど。
だけど、役に立たないかというと決してそんなことはなく。

あー、死にたい。
って思った重い重い身体を引きずっている時間を、1時間前に進めてくれただけでも、すごい価値だなあって思う。

死ぬのを1時間先延ばしにしよう。
1時間読んだら、もう少し読みたくなって、もう1時間先延ばしにしよう。
気づけば数時間、時間が過ぎている。
こんな、哀しみつぶしの本、最高じゃないか。

ひょっとしたら、
太宰とか、カフカとか、そういうのだけじゃなくて、こういう本が、人の命を延命してるのかもしれないなあ。なんて、思った。
気づけば、頭痛もだいぶおさまってきた。

編集さんのメッセージには
「朝井リョウ天才だし、こんな文章を書けるようになりたい」
と、書かれていた。
たしかに、朝井リョウさん天才だし、こんな文章を書けるようになりたい。

ところで、このコラム用の書影を撮るために、文庫本を買いました。
単行本→電子書籍→文庫本と、この本を3回も買った女は、私くらいかもしれない。
でも、3冊分のモトは、とりました。

・・・・・・
ちなみにこの『風とともにゆとりぬ』には、が、朝井さんの友人として登場します。
読んでいると、朝井さん以上に、柚木さんのファンになってしまいます。

それではまた、水曜日に。

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■佐藤友美のプロフィール
テレビ制作会社勤務ののち、2001年ライターに転身。雑誌、ムック制作、ウェブメディアの編集長を経て、近年は年間10冊以上を担当する書籍のライターとして活動。 ビジネス書から実用書、自己啓発、ノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者から信頼を得て指名をうけている。一方、読者からは「生まれて初めて書籍を1冊読みきった」「読みやすくてあっというまに読了した」などの感想を多くもらう「平易でわかりやすい文章」を書くライターとして知られる。 著書には8.2万部のベストセラーとなった『女の運命は髪で変わる』(サンマーク出版)のほか、49歳で亡くなった伝説の女性美容師・鈴木三枝子さんの生き方と働き方を描いたビジネスノンフィクション『道を継ぐ』(アタシ社)が発売即重版し、話題をよんでいる。

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