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神田と日本橋に残る「奇跡の食堂」 日替りランチはワンコイン、昭和の香りに浮かぶ商売人の魂とは【連載】アタマで食べる東京フード(13)

  • 2021.2.7
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味ではなく「情報」として、モノではなく「物語」として、ハラではなくアタマで食べる物として――そう、まるでファッションのように次々と消費される流行の食べ物「ファッションフード」。その言葉の提唱者である食文化研究家の畑中三応子さんが、東京ファッションフードが持つ、懐かしい味の今を巡ります。

創業は明治22年、重厚な洋風建築

日本各地の古い洋風建築を愛でるサイトで、中央区日本橋小網町にある「桃乳舎(とうにゅうしゃ)」を発見し、ひと目ぼれしてしまいました。外壁はレンガ色のスクラッチタイル張りで、2階の窓を重厚な円柱とアーチ、手すりが囲み、その上部中央に刻まれた桃のレリーフが、なんとも個性的な名看板建築です。

看板建築は、木造2、3階建ての建物の表面だけを銅板、モルタル、タイル、スレートなどの耐火素材で覆い、装飾した商店建築で、関東大震災後に流行したスタイル。表面全体を看板に見立て、こう名づけられました。

大きなビルとは違って名のある建築家が設計したわけではなく、型にはまらない自由なデザイン、多様なデコレーションが魅力です。どんどん数が減り、きれいな状態で保存されている桃乳舎は貴重な近代遺産です。

さらに興味をそそられたのが、桃乳舎の来歴。1889(明治22)年に牛乳屋として創業し、その後1904年からミルクホールとしても営業するようになり、この建物は1927年(昭和2)に建てられました(1933年とする説もあり)。

現在は「喫茶・洋食」の看板を掲げていますが、信じがたいほど激安のランチ食堂として、地元のサラリーマンに愛されているとのこと。

明治期の東京の牛乳屋は牛を飼い、乳を搾って売る牧場兼店舗が多かったのですが、桃乳舎は販売専門でスタートしたようです。たしかに、日本橋川がすぐそばを流れる立地は、湿気を嫌う牛を飼うのには不向き。建物の格調高さからすると、客筋がよく、繁盛したミルクホールだったと思われます。

学生で賑わった「ミルクホール」とは

現在の東京でミルクホールから続く店は数軒しか現存せず、戦前のままの建物は唯一かもしれません。きっとミルクホールのなごりが、店内に残っているに違いない。ちょうど仕事で近くへ行く予定があり、寄ってみました。

スコッチエッグとハムサラダのランチ。半ライスにしたので30円引きで490円(画像:畑中三応子)

ところで、ミルクホールとは、名前の通り牛乳を飲ませる店で、明治30年代に都市部に出現し、あっというまにブームになりました。日本初とされるカフェ「メイゾン鴻之巣」が同じく日本橋小網町に開業したのが1910(明治43)年ですから、それより早かった。

ホールといってもたいがい小さく、牛乳だけでなく、軽い食事を取りに気楽に寄れる庶民的な店で、雰囲気はそこそこおしゃれ。新聞と雑誌、そして必ず官報が置いてありました。

明治時代のさまざまな職業風俗を回想する随筆『明治商売往来』(仲田定之助著)によると、ミルクホールは日本橋、京橋あたりは少なく、神田、本郷、三田など学生街のいたるところにあり、「官報と密着していた」そうです。進学志望の学生たちは、入学試験の告示や合格者が発表される官報を読みに行く必要があったからです。

ようするに、ミルクホールは若者にはなくてはならぬ情報収集と読書の場で、女給仕(女給)のサービスがあるカフェにくらべて懐にやさしかった。仕事や勉強にいそしむひとり客でいっぱいの現代のカフェと似たような存在でした。

牛乳を飲みやすくするためコーヒーを混ぜて出す店も多く、ミルクホールの流行が牛乳とコーヒー両方の普及を促進したと言われています。

500円でおつりが来るメニューも

さて、桃乳舎を訪ねたのは緊急事態宣言下の雨の日の午後でしたが、それでも外で待つ先客がふたりいて、人気のほどがわかりました。店内の奥にある喫茶用のカウンターと、壁に飾られた年月を経たとおぼしき絵画が、ミルクホールの面影を感じさせ、自分が生きた時代でもないのに郷愁を誘います。

そして、なによりうれしくなるのが、洋食が発展した大正時代から昭和前期を偲ばせてくれる料理メニューと、驚くべき値段の安さです。

フライエッグ260円、カレーライス、ハヤシライス、スパゲティー各490円、オムレツライス、ハンバーグライス、ハムエッグライス、野菜サラダライス各520円、カツカレー、カツハヤシ各570円、ポークカツライス、ポークソテーライス各630円。

いちばん高いエビフライライスでも730円! 以上がグランドメニューで、そのほかにおかずが2種つく日替りランチ520円と黒板メニューが数品。

頼んだのは、スコッチエッグとハムサラダのランチ。スコッチエッグはゆで卵をメンチカツのたねで包み、パン粉の衣をまぶして揚げる英国料理で、一般的な洋食メニューとして高級な部類に入ります。

肉の部分はしっとりして、衣はカリカリ、サクサク。スパゲッティーと一緒にマヨネーズであえたハムサラダは山盛りで、別にせん切りキャベツとレタスもたっぷり。しかも、白飯がすこぶるおいしい。東京のまんまん中の歴史的建造物のなかで、これだけ上質な洋食を520円で食べられるとは、現実とは思えないほどでした。

いまや珍しい“東京味”ラーメン

現存するミルクホールでもっとも知られているのは、神田の「栄屋ミルクホール」(千代田区神田多町)でしょう。

この店も、銅板張りの看板建築が一見の価値あり。創業は1945(昭和20)年の終戦直後で、当初は飲み物や甘味メニューを出していたそうですが、現在はラーメンがメイン。ラーメンとセットで注文されることの多いカレーライスも定番です。

シンプルな東京味のラーメン700円。お店の人は「そば」と呼ぶ(画像:畑中三応子)

そのラーメンは、いまは珍しくなった端正で純粋な東京味。鶏ガラと昆布でとったと思われるスープは、薄からず、濃からずの醤油味で、ショウガがすっと香るのが清々しい。細めのストレート麺は、主張しすぎず、やさしくのどを通ります。ひと言で表現するとすれば、品格の高いラーメンです。

桃乳舎、栄屋ミルクホールの両方に共通するのは、建物は古いけれど、掃除が行き届いて、店内のどこを見てもピカピカと清潔なことと、地元の常連らしきひとり客がひっきりなしにやって来ること。

食べ物がおいしいのは当然として、コロナであろうとなかろうと、店をいつもきれいにしているから建物が長持ちするのだろうし、そういう店は客を大切にするもの。飲食を商(あきな)ううえでの矜恃を感じます。

ミルクホールで洋食、ミルクホールでラーメン。歴史の流れを食べるような体験になりました。

畑中三応子(食文化研究家・料理編集者)

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