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【麒麟がくる】第42話。光秀の涙はもはや枯れ尽きたのか。信長と光秀の関係を振り返ってみる

  • 2021.1.30
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光秀の釣り針に鯛が

大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK総合日曜夜8時〜)第42回「離れゆく心」(脚本:池端俊策 演出:一色隆司)。長らく揺れ動いていた光秀(長谷川博己)と信長(染谷将太)がサブタイトルどおり決定的に決裂。信長が光秀を扇子で激しく打ちのめした。

きっかけは光秀の長女・岸(天野菜月)の夫の父である荒木村重(松角洋平)が信長を裏切ったこと。足利義昭(滝藤賢一)が京に戻るのなら将軍につきたいと村重が考えていると聞いた光秀は急ぎ義昭のいる備後の鞆の浦に向う。
「すべての争いが公方様に向かっておる。このまま放ってはおけぬ」

義昭は日がな一日、鯛釣りをして暮らしていた。仏様が一匹だけもたらす鯛を皆で分け合うのを楽しみにしていると言う。
光秀が確認すると、この地を治めている毛利は、義昭を己の威光を高めるために利用しているだけで上洛には興味がなかった。
「(毛利は)わしが能役者のごとく将軍の役を演じてくれればそれでよい」と考えている義昭に、京に戻らないかと光秀は誘う。将軍が京に戻ればみな鉾をおさめると期待して(ここの光秀の表情の変化がじつにこまかい)。
とにかく戦を終わらせたい一心の光秀。だが、義昭は、兄・義輝は京を美しく飾る人形として利用され殺された。自分もそうなることを恐れ、信長がいる京へは戻らぬと答える。
「そなたひとりの京であれば考えもしよう」と言われたとき、光秀の釣り針に鯛がかかる。これはもしや……、光秀が信長の代わりになるという仏様の報せに感じられないこともない。

結局、荒木は寝返り、闘いが1年もかかってしまう。信長は荒木の関係者は女、子どもも関係なくひとり残らず殺せと命じるのだった。闘いの前に岸が離縁されて光秀のもとに戻ってきていた。もし岸がそのまま荒木の家に残っていたら、ここで信長と光秀の関係は切れていたかもしれないが、ここはまだギリギ踏みとどまる。
そんなとき、三河へ戻った菊丸(岡村隆史)が戻ってきて、家康(風間俊介)に会ってほしいと切り出す、
光秀は舟のうえで家康と密会。竹千代時代に出会ってから30年。人質になっていたあの頃からずっと束縛されたままだと嘆く家康。己の思うままに生きてみたいと思っているという。いま、彼を束縛しているのは信長だ。
そんな話をなぜ信長の家臣である光秀に言うのか?と問うときの光秀の顔つきはかなりダークだ。でも家康は三条西実澄(石橋蓮司)と通じていて、光秀を信じている様子。
義昭も家康も光秀が信長を裏切ることを暗に期待している。光秀としては、どうすりゃいいの……って感じじゃないだろうか。

信長と光秀の関係を検証

築山殿と信康を家康に殺せと命じた信長を、穏便に説得しようとする光秀。
「わしは白か黒かはっきりさせたい」
「(自分に)ついてまいらねば成敗するだけじゃ」と突っぱねる信長。まさに「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」である。
「頼むこれ以上わしを困らせるな」と光秀に懇願するように言いながら、「だが……そなたは近頃妙な振る舞いをしておる」と本題へーー。
帝とどんな話をしたのか聞く信長の目がどんなに怖くても絶対に言わない光秀。
信長に扇子で何度も強く打たれても、歯を食いしばって耐える。
「帝を替えよう」とどんどんエスカレートしていく信長。
言うことを聞かない光秀に「帰れ」「帰れ」と強く命じる。
これまで光秀は、残酷な岐路に立たされたとき、よく涙目になっていたが、ここで信長にどんなに責め立てられても泣いていない。信長に従わないことは光秀にとって涙することではない。もはや涙も枯れているのかもしれない。光秀は感情と理性とがせめぎあった結果、理性が勝つような表情をしている。

ここで信長と光秀の関係を振り返ってみる。
第27回:義昭が将軍になったとき、光秀は「将軍のおそばに参ります」と言った光秀に信長が「残念だがわかった。以後そのように扱う。よいな」と返した。このときは、たとえ信長直属の部下にならなくても光秀と信長の信頼関係は変わらなかった。

第38回:信長は光秀と対立して、「帰れ」「帰ります」と痴話喧嘩のようになり、怒りながら「帰せ」と部下に命じつつすぐさま「呼び戻せ」と言い直していた。

第40回:光秀が平蜘蛛のゆくえを隠したときに、信長は「十兵衛がはじめてわしに嘘をついたぞ。このわしに嘘をつきおった。十兵衛が!」と慄くように言う。27回では偽らない本音を言っていた光秀がついに信長に嘘をついた瞬間だった。

第42回:信長は光秀を叩きのめし、「帰れ」と冷たく言い放つ。

信長と決裂し、額に怪我をして城に戻ると、駒がいて、義昭から手紙がきて「十兵衛となら それ(麒麟)を呼んで来れるやもしれぬと そういう埒のないことを思った」と書いてあったと伝える。そこで光秀はまだ義昭に心が振れる。

分け合うものと相手を間違えている

今一度、光秀と信長の関係を振り返る。
第8回:天文17年(1548年)、信長と光秀は海で出会う。このとき、信長は海で漁をしてとった魚を民に安く分けていてそれを光秀は好ましく見ていた。
第42回、天正6年(1578年)では、義昭が鯛一匹を分け合い、信長は鯛を独り締めしているようなもの。蘭奢待は帝と分け合おうと思ったけれど、分け合うものと相手を間違えている。そんなだから、光秀は信長から離れて、義昭にもう一度賭けてみようと考える。

こうして振り返っていくと、この30年間、光秀だけが変わらぬ心を持ち続けている。家康は幼少期、聡明だったが長い人質生活で諦念を抱き愚痴っぽくなってしまった。秀吉(佐々木蔵之介)はギラギラと野心にあふれているところは変わらないようだが、31回で秀吉が殿をつとめたときに皆に認められず悔し涙に暮れたとき、光秀が「誰のおかげでその酒が飲めるのか」とかばったが、いまの秀吉には「軍議の席でひとかどの武将の顔につばをはくべきではない」と叱責する(31回と42回の演出は同じ一色隆司で対比になっているように見えた)。
家康はさておき、信長も、秀吉も、権力をもった途端、他者への気配りがなくなり人間が変わったようになってしまう。光秀だけが変わらぬ倫理観を持ち続けている。光秀が三英傑のようにヒーローになりきれないのは、ものの道理がわかり過ぎた人の悲劇にほかならない。

〜登場人物〜

明智光秀(長谷川博己)…麒麟がくる世の中を目指し、戦をなくそうと奮闘している。

【将軍家】
足利義輝(向井理)…室町幕府13代将軍。三好一派に暗殺される。
足利義昭(滝藤賢一)…義輝の弟。室町幕府15代将軍。信長に追放される。

細川藤孝(眞島秀和)…室町幕府幕臣。義昭を見限った。
三淵藤英(谷原章介)…室町幕府幕臣。藤孝の兄。最期まで義昭に殉じた。

【朝廷】
正親町天皇(坂東玉三郎)…第106代天皇。光秀を気に入っている。
三条西実澄(石橋蓮司)…公卿、古典学者。光秀と帝を引き合わせる。
近衛前久(本郷奏多)…前関白。京都を追われている。

【大名たち】
織田信長(染谷将太)…尾張の大名からのし上がり右大将となる。
帰蝶(川口春奈)…信長の正室。信長を見捨て美濃に戻る。斎藤道三の娘。
羽柴秀吉(佐々木蔵之介)…信長の家臣。
佐久間信盛(金子ノブアキ)…信長の家臣。
柴田勝家(安藤政信)…信長の家臣。
徳川家康(風間俊介)…三河の大名。信長の娘が嫡男の嫁。
菊丸(岡村隆史)…家康の忍び。
松永久秀(吉田鋼太郎)…平蜘蛛を残して死亡。


【明智家】
煕子(木村文乃)…光秀の妻。病死。
たま(芦田愛菜)…細川ガラシャ。光秀の次女。藤孝の嫡男・忠興に嫁ぐ。
岸…光秀の長女。
明智左馬助(間宮祥太朗)…光秀のいとこ。
藤田伝吾(徳重聡)…光秀の忠実な部下。
斎藤利三(須賀貴匡)…明智家家臣。

【庶民たち】
伊呂波太夫(尾野真千子)…近衛家で育てられたが、いまは家を出て旅芸人をしている。
駒(門脇麦)…光秀の父に火事から救われ、その後、伊呂波に世話になり、今は東庵の助手。よく効く丸薬を作っている。
東庵(堺正章)…医師。敵味方関係なく、帝から戦国大名から庶民まで誰でも治療する。

■木俣冬のプロフィール
ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。

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