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想像力は愛の力になる──甘糟りり子が綴る、物語の魅力。

  • 2021.1.28
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映画『カサブランカ』(1942)より。Photo_ Photofest/AFLO
映画『カサブランカ』(1942)より。Photo: Photofest/AFLO

愛とはいったい何だろうか。

必要かどうかは別として、無関係で生きていける人はいないだろう。いい歳をして、改めてそれについて考えてみる。いや、いい歳だからこそ、自分なりの概念を持つべきなのだ。愛について。

そんな時、物語は心強いパートナーだ。小説、映画、歌や音楽、詩、漫画やドラマ、最近は配信作品という選択肢もある。愛などという、わかりにくいものの正体をつかむために作品を利用してはいかがだろうか。

虚構にこそ真実が宿ると私は考えている。現実では情報が多すぎるのだ。何かを探そうと現実をじっと見つめた人の目を通して見えるもの。それを真実と呼ぶ。

物語を受け取ったからといって、共感する必要はない。正直いうと、私はこの共感という言葉が苦手。それが正しい感情だと思い込むのは危険だと思う。だいたい、何かの出来事があって、みんなが同じように悲しんだり喜んだりするのは不自然である。自分の感情は自分のもの。「全米が泣いた」からといって、自分も泣く必要などない(あの類の宣伝文句は作品に対しての冒涜ですよ)。私は小説を書くというスタイルで物語を作っているけれど、物語は読んで下さった方のものだと思っている。こちらが黒と想定して書いたとしても、読んだ方が白と感じたのなら、それは白なのである。

前置きが長くなった。愛を考える、もしくは愛を感じるためのロマンス作品についてである。

恋愛映画というと、真っ先に思い浮かぶのは『カサブランカ』だ。1942年のハリウッド映画である。主演はイングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガート。舞台は戦禍にあるフランス領モロッコの都市カサブランカ。ドイツ軍に占領される前のパリで愛し合った男女が、偶然カサブランカで再会する。女には実は夫がいて、男は心の底でまだ女を思っている。夫はレジスタンスの活動家で、男も女もその活動に敬意を抱いている。

『カサブランカ』に愛とは意志なのだと教わった。

好きとか愛しているなどというと勝手に気持ちだけが動いていくような気がするが、「好き」を継続するため、好きになった相手を思いやるためには志が要る。あのドラマチックな結末、あの飛行場での場面、ハンフリー・ボガートの「Here’s looking at you, kid」はあまりにも有名なセリフである。翻訳は「君の瞳に乾杯」だ。それを告げる男も、涙を隠してそれを受け入れる女も、意志を持って愛を実行する。私のようなだらしのない人間だったら、だらだらと目先の感情に流されてしまうと思う。

何回もこの作品を見ているのだけれど、最後の飛行場の場面ではやっぱり涙が出てしまう。全米が泣いたかどうかは知らないけれど、私は泣く。

フランスの歌姫エディット・ピアフ(左)とフランス出身の英雄的ボクサー、マルセル・セルダン(右)。二人の恋は、セルダンの飛行機事故死という悲劇的な結末を迎えた。Photo_ Getty Images
Piaf And Cerdanフランスの歌姫エディット・ピアフ(左)とフランス出身の英雄的ボクサー、マルセル・セルダン(右)。二人の恋は、セルダンの飛行機事故死という悲劇的な結末を迎えた。Photo: Getty Images

同じように、愛への意志を感じるのがエディット・ピアフの「愛の讃歌」である。

フランスきってのシャンソン歌手の代表曲は、世界各国でさまざまな歌い手にカバーされているので、耳にしたことのない人はいないだろう。原曲の作詞はピアフが手がけている。日本では岩谷時子が詞を訳し越路吹雪が歌ってポピュラーになり、訳詞はそれぞれだが美輪明宏、美空ひばりなど錚々たる顔ぶれが歌い継いだ。2010年には宇多田ヒカルが自ら詞を訳して歌った。

発表当時、ピアフは人気ボクサーのマルセル・セルダンと恋愛関係にあり、それを歌ったものである。彼には妻子がいた。公演でニューヨークにいたピアフが、航路でこちらに来るというセルダンに「早く会いたい。待ちきれない」といった。セルダンはピアフの情熱に応え空路に変えたが、乗った飛行機が墜落してしまう。翌日、それでも悲しみを堪えてステージに立つというピアフに、親友のマレーネ・ディートリッヒは「愛の讃歌」を歌わないよう、アドバイスしたという。「青い空が落ちてきてもこの大地が崩れてもあなたに愛されていればかまわない」という歌を。ピアフは見事にこの歌を歌い上げたそうだ。

フランス語がわからなくても、魂を揺さぶられてしまう。あのメロディやピアフの歌唱に、愛の意志を感じずにはいられない。空や大地といった単語がまったく大げさでもなんでもなく、それぐらいのサイズ感の気持ちだったのだろうなあと思う。

マレーネ・ディートリッヒ(左)は14歳年下のエディット・ピアフ(右)を「小さなすずめ」と呼び、可愛がっていた。ピアフはマレーネからもらった十字架のペンダントを生涯身につけていたという。Photo_ Getty Images
Piaf & Dietrichマレーネ・ディートリッヒ(左)は14歳年下のエディット・ピアフ(右)を「小さなすずめ」と呼び、可愛がっていた。ピアフはマレーネからもらった十字架のペンダントを生涯身につけていたという。Photo: Getty Images

私たちは戦禍にいることはないし(今のところ、ではあるが)、人気ボクサーを愛人に持つことも多分ない。レジスタンスが身近にない私たちが今戦っているのは、ハラスメントやSNSの炎上だろうか。では極端な状況で究極の選択を強いられた時、いったい自分の愛はどんな形でどんな色でどんな大きさになるのか。物語を通せば、想像することができる。イングリッド・バーグマンの、ハンフリー・ボガートの、エディット・ピアフの、マルセル・セルダンの、マレーネ・ディートリッヒの、目や皮膚や心に自分の純度を反射させてみられるのだ。だって、私たちには想像力という技があるから。

誰かを好きになって、大切にしたいと思った時、この想像力は大きな武器となるはずだ。それを磨くためにも、物語に浸ることをお勧めする。

Profile

甘糟りり子

1964年、神奈川県生まれ。玉川大学文学部英米文学科卒業後、アパレルメーカー勤務を経て、作家に。ファッションやグルメ、映画などに関するエッセイや小説を執筆。著書に『みちたりた痛み』『エストロゲン』『産まなくても、産めなくても』『鎌倉だから、おいしい。』など。

Text: Ririko Makasu Editor: Airi Nakano

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