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世界ががらりと変わった「羊の塩ゆで」|世界の煮込み料理④

  • 2021.1.19
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2021年2月号の特集テーマは「煮込む。」です。自転車で世界を回った石田さんは、日本へと向かう旅の途中で、言語や人種、風土の変化よりもとある料理の変化に驚いたといいます。その料理とは――。

世界ががらりと変わった「羊の塩ゆで」|世界の煮込み料理④

■「薄さ」で感じる世界の境界線

※地理が苦手な人は、2段落先の頭「つまりトルコ~」から読んでください。今から少し苦痛な時間が続きます

僕の自転車世界旅行はアラスカから始まって、北中南米縦断→ヨーロッパ一周→アフリカ縦断と続き、アフリカの南端からは飛行機でロンドンに戻って、最後がユーラシア大陸横断だった。ロンドンから日本に向かって、東へ東へ走ったのだ。
ただ、トルコからは南下し、シリアやヨルダンなど中東諸国を巡ってエジプトまで、およそ3000km、約5ヵ月に渡る寄り道をした。
エジプトのカイロからは北上してトルコに戻り、再び東へ、イランに入り、同国を2ヵ月近く旅した。

つまりトルコからの約7ヵ月間はずっと濃い顔の国を旅していたわけだ。
……語弊があるかもしれないが、「濃い顔」という語にはなんらネガティブな要素はない。昔、某新聞に記事を書いた際、「黒人」という語にNGの指示が入ったことがあったので、一応お断りさせてもらった。ちなみにそのとき、「黒人」は「アフリカ人」に書き直されたのが、今考えてもおかしな変更だ。意味も変わるし、アフリカにも白人は大勢いる。そもそも「黒人」はダメで「白人」はいいとはどういうこった?――等々、腑に落ちないことがたくさんあった。黒人という言葉が差別に当たるという考えは、逆に、意識下の差別を掘り起こして人目に見せているようなものだ。

ああっと、なんの話だっけ?……そうだ、煮込み料理の話だ。
そんなわけで濃い顔諸国をまわったあと、イランから中央アジアに入った。その名のとおり、アジア大陸の中央にある地域で、5つの国がある。イランから入ると最初の国はトルクメニスタンだ。国境を越えた途端、世界がガラッと変わった。女性が髪を出して、おしゃれしている!

特にシリアやイランでは、宗教上の理由から、大人の女性は頭髪を隠し、体のラインが出ないダボッとした黒っぽい服を着ていたため、この変化は衝撃的だった。
さらに人々の顔も変わった。濃い顔から薄い顔になった。日本人から見ればどちらも濃い顔で、イランとの違いがわかりづらいかもしれないが、ずっと現地にいてイラン人の顔を見慣れていると、その差は歴然だった。
厳密にいえば、イラン人と同じような顔の人もいるのだが、モンゴロイド系の顔の人もいる。両方のタイプが混じっているのだ。
それだけじゃない。顔はコーカソイドなのに、目が日本人っぽかったり、逆に顔は日本人なのに目が青かったり。大陸の真ん中で人種が混じり合っている。そう感じて痺れるものがあった。人類の果てしない移動と融合を垣間見た気がしたのだ。

トルクメニスタンに入ってからも砂漠が続いた。まだ3月なのに日本の夏のように暑い。
砂漠に小さな食堂が現れた。中に入ると羊のにおいがする。出されたチャイ(茶)を飲むと、おや、と思った。甘くない。これまでずっと甘い紅茶だったのに、ほうじ茶のようなチャイだ。しかもチャイの容器が、これまで中東はガラス製だったのに対し、陶製で日本の湯飲みと同じ形だった。チャイというより完全に「お茶」だ。変わったのは人の顔だけではなかったのだ。

食堂のおじさんにどんな料理があるのかジェスチャーで聞いたら、こっちに来い、と厨房に手招きする。行ってみると、大きな寸胴鍋の中に透明なスープが入り、骨付きの羊肉が煮込まれていた。直感的に、東アジアだ、と思った。

頼むと、丼のような器に肉と透明なスープが入って出てきた。食べてみると、やはり羊の塩ゆでだ。モンゴルや中国東北部の料理だ。塩味のあっさりしたスープには羊の濃厚な旨味が溶け出し、肉を噛むと澄んだ肉汁があふれた。シンプルだけど、完成されている。これ以上何も足さず、何も引かなくてもいい、そんなふうに思える。

これまで煮込み料理といえば、香辛料がふんだんに使われ、またトマトやヨーグルトなどが溶けて渾然一体となり、複雑で、分厚い味だった。塩ゆでというシンプルな煮込み料理は、少なくとも僕が中東にいた7ヵ月のあいだは一度も見なかったのだ。

この料理法の変化は、これまで国境を越えるたびに経験してきた言葉や顔や風土の変化なんかとは比べるべくもなく、何かが決定的に違う感じがした。世界に飛び出して5年あまり、ようやく「帰ってきた」と思えたのだ。
もっとも、トルクメニスタンのこの料理が、モンゴルや中国東北部から影響を受けたものかどうかはわからない。ただ、人の顔が薄くなったことと、塩ゆでというあっさりした煮込み料理が現れたことには、相関関係があるような気がしてならなかったのである。

文:石田ゆうすけ 写真:宗田育子

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