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『おちょやん』若村麻由美演じる千鳥のモチーフとなる人物は? “鬼師匠”の裏側にある孤独

  • 2021.1.14
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『おちょやん』写真提供=NHK

「赤ん坊以下! 生まれ直してきなさいっ!!」

もしこの時代にSNSがあったなら、速攻“ブラック劇団”“パワハラ座長”と晒されて炎上案件間違いなし。NHK連続テレビ小説『おちょやん』で千代(杉咲花)が見習いとして働く一座の座長・山村千鳥(若村麻由美)のことだ。

とにかく芸に厳しく、自分にも他者にも一切の妥協を許さない千鳥。稽古中は座員に台本や扇子を投げつけながらの罵詈雑言。身の回りの世話をする千代にも、家の掃除や洗濯、食事の支度のほかに、新聞の誤字脱字や四つ葉のシロツメ草を見つける作業など、常軌を逸した命令を下し、気に入らないことがあればところかまわず怒鳴りつける。

まあまあ言ってもドラマの世界。リアルでこんな鬼師匠がいたら普通の人は逃げ出しますよ……って、いたのである、実際に。

『おちょやん』でヒロイン・千代のモデルとなっているのは“大阪のお母さん”と親しまれた女優・浪花千栄子。その浪花が最初に師事したのが京都の三友座で興行を打っていた「村田栄子一座」の座長・村田栄子だ。村田は癇癪持ちとして有名だったようで、修行中の浪花が彼女の怒りを買い、階段から突き落とされたこともあるほど。

山村千鳥のモチーフとなっているのは、この村田栄子で間違いないと思われるが、彼女も壮絶な人生を歩んだ人である。明治40年、17歳で台湾在住の医師と結婚し、現地に渡るものの3年で離婚。帰国後に女優を目指し、俳優学校卒業後は地方巡業の舞台に立つが、劇団の解散等もあり、しばらく世の中から姿を消す。そんな村田が女優としてふたたび歩みだしたのは大正に入ってから。劇作家との再婚を経て、大正5年に「村田栄子一座」を旗揚げ。浪花千栄子がこの一座の門を叩いたのは昭和元年頃で、当時の村田はすでに30代半ばだった。

『おちょやん』では、千鳥門下の清子(映美くらら)が観客不入りを危惧し、当時の大ヒット漫画「正チャンの冒険」舞台化を千鳥に直訴。自らが正チャンを演じるものの、稽古中に足を負傷し、すべてのせりふを覚えていた千代が代役に立つ展開となるが、浪花千栄子の自伝『水のように』によると、この代役劇はほぼ実際にあった出来事とのこと。

これまで朝ドラでヒロインを鍛えた師匠たち、たとえば『スカーレット』の大久保さん(三林京子)や『あまちゃん』の鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)は、愛情をもって、一見無理難題とも思える“試練”を主人公に与えてきた。それは“今は厳しかったり理不尽に感じることも、あとで必ず本人の役に立つ”という人生の先輩としての教えである。

が、千鳥にはまったくその気配がない。そもそも千代を見習いとして採ったのも、女優として育てるためではなく、下働きと雑用をさせる目的だし、新聞の誤字脱字を見つけるよう命じたのは「あなたの困った顔を見るのが楽しいからよ」という意地悪さ。と、やっていることは滅茶苦茶なのに、どこか千鳥を憎めない。なぜか。

それは、山村千鳥が必死にもがいている不器用な人であるからだ。

千代には「8時間寝る」と言い放ち、じつは1人で深夜に稽古を重ねて、舞台上では完璧な姿を見せる。一座を立ち上げたのも、行き場をなくした女性たちが舞台に立つことで生活の糧を得られるようにするため。

千代になぜ役者になったのか問われた千鳥はこう答える。

「まったく別の自分に生まれ変わって、私を見下した世の中を見返してやるためよ」

芝居では誰にも負けないという自負の裏には、彼女の自己肯定感の低さと最後に頼れる人間は自分だけという哀しみが見て取れる。舞台の上で芝居をしているからこそ、人は自分に価値を見出してくれる、それを取ったら何も残らないと千鳥は自ら思い込んでいるわけだ。

しかし、闖入者ともいえる千代の出現で彼女の心に変化が生まれる。どれだけ厳しい仕事を与えてもそれらをクリアし、ひたむきに真っすぐな情熱をぶつけてくる千代に稽古をつける千鳥。これまで開けまいと必死に守ってきた彼女の心の扉が半分開いた。

そしてやってきた「正チャンの冒険」初日。千鳥に言われた通り、役の気持ちを考えるのでなく、ただ腹から声を出して場を沸かせる千代だが、クライマックスで大事な小道具、聖なる短剣を持っていないことに気づく。窮地に陥った千代は、それまで標準語で語っていたせりふをやめ、普段使っている関西の言葉でこう話し出す。

「山賊さん、僕と友達になろ。ほんまは寂しかったんやろ?」
「今までつらいことばっかりだったかもわからへんけど、大丈夫、だんない。きっとこれからはええこともぎょうさんある。そやさかい、みんな一緒に楽しい冒険つづけよう!」

これは勿論、正チャンとして山賊に語っているのだが、私には袖で舞台を見守っている千鳥に向けて千代が発した言葉のように思えた。ある種の虚勢を張りながら、じつは人とのコミュニケートに不器用で、つねに自らを追い込んでいる千鳥の孤独を千代は深いところで理解していたのだと。

史実によると、浪花千栄子はこのあと一座を離れ、映画の世界へと歩みだす。『おちょやん』の千代にも千鳥との別れが近づいているのか。このふたりの通常の師弟関係とはおもむきの違う丁々発止のやり取りを、もっともっと観ていたいのだが……。(上村由紀子)

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