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『逃げ恥』が描いた2021年の世界への希望 改めて教えてくれた“他者と寄り添う大切さ”

  • 2021.1.5
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『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!』(c)TBS

あの『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)が、4年ぶりに、このコロナ禍の2021年に戻ってきた。日本中がその恋の行く末に熱狂した、星野源演じる平匡と、新垣結衣演じるみくりが、本当の夫婦になり、出産・育児に奮闘し、そして、『逃げ恥』において重要なコミニュケーションツールであった“ハグ”も危ぶまれるコロナ禍に直面した。おなじみの登場人物たちが、私たちがつい最近歩いてきた道をなぞるように、コロナ禍の様々な苦悩と向き合っていく姿を通して、視聴者は各々の1年を反芻せずにはいられなかったのではないだろうか。

海野つなみ原作、野木亜紀子脚本、金子文紀演出による『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!』は、約2時間半という限られた時間において、これでもかと言うほど現代における社会問題を詰め込んだドラマだった。選択的夫婦別姓、育児休暇所得問題、共働き世帯の家事・育児の分担問題といった様々な問題が、平匡・みくりに次々と降りかかっていく。夫婦は、その一つ一つの問題を、新居になっても変わらない、ダイニングテーブルで向かい合い話し合うことで、2人にとっての最適解を見つけ出していった。

そこには、多くの夫婦、またはこれから夫婦になっていこうとする人々がぶつかるだろう様々な現代社会における「違和感」が描かれていて、彼らのそれらに対する真摯な向き合い方は、多くの視聴者にとって、考えるためのヒントとなったのではないだろうか。

韓国で一大ムーブメントを引き起こした書籍『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)には、制度が変わり整っても、規則や習慣は大きく変わらない社会のことが描かれていた。日本は、選択的夫婦別姓問題がまさかの『ねほりんぱほりん』(NHK)とのコラボで描かれたように、制度さえ整っていない部分もあるが、平匡がぶつかる男性の育児休暇所得を巡る、上司・灰原(青木崇高)の抵抗はまさにそれであった。

また、テレビドラマにおいて活気的とも言える無痛分娩という選択肢の呈示が「逃げるは恥だが役に立つ」というタイトルと絡めて描かれるというのもまた興味深かった。平匡が語る「後に続く人のためにも道を作る」ための「普通のアップデート」こそが、このドラマが目指したところなのではないだろうか。

もう一つ描かれたのは、それぞれの「心の中の孤独」だった。「近くて38万キロ」の地球と月の距離にちなんで「私たちは、その道のりは、地球と月ほどに遠い」と、出産・育児を巡る男女間の意識の違いが露呈した、みくりと平匡はそれぞれに独白する。月を眺めるのは彼らだけではない。

沼田会を終えて山さん(古舘寛治)のバーから出てきた風見(大谷亮平)は、空に浮かぶ満月を見つめ「月がきれいだと誰かに送りたくなりますよね」とほほ笑み、写真を撮る。恐らく同じことを思ったのだろう、別の場所にいる百合(石田ゆり子)も満月に向かってスマホを構えるが、「撮ってもどうせ送る人いないし」と言ってやめる。連続ドラマ版での最終回ではうまくいくように見えた百合と風見は、年の差のギャップを埋めることができずに別れていた。そして、切なげな表情の百合と綺麗な月の光景に誘われたように「高校の頃、土屋のこと好きだった」と吐露する、百合の高校時代の同級生・花村(西田尚美)。

この三者三様の思いの吐露。誰かを思いながらも、かつて思いながらも、繋がれないままの恋もある。私たちは孤独だ。それでも、花村の言葉を百合が「一筋の光」だと感じ、それに対し花村がかつての自分を認められたような気がしてほっとして涙するように。心を寄せ合うことはできるのである。

家族になったみくりと平匡、一人で生きると決めた百合と風見、セクシャルマイノリティである沼田(古田新太)と梅原(成田凌)、そして花村。ドラマはそれぞれの生き方の多様性を肯定する一方で、社会の不寛容さと、それぞれが抱える生きづらさを描いた。

また、連続ドラマ放送時とは違い、放送後に噴出した賛否両論も印象的だった。家事代行サービスに頼ることや、保険適用外の高額な手術を受けるという解決策に辿りつくみくりや百合に対し、「結局はお金でしか解決できない」「彼女たちはハイクラスだから」といった言葉が飛び交ったり、世代間、男女間で巻き起こる激しい拒否反応を散見したりしたのも、コロナ禍によってより一層深まってしまった、個々人の、あるいは物語の、限られた時間の中で全てを伝えようとした「正しさ」が生んでしまった、零れてしまったとでも言うべき疎外感、分断であるとも言える。また、それだけ我々を取り巻く問題は一筋縄ではいかないほどシビアであるということを暗に指摘する。

それでも、「それぞれの小さな宇宙を抱えて、近くて遠いお隣さんとして生きていければいい」とみくりが最後に独白するように。それぞれに「心の中の孤独」を持っている彼らが、彼らなりの幸せを模索して、それぞれの「普通」を持ち寄り、大切な誰かと寄り添うために少しずつでも自分を変えようともがきながら生きている姿には、どこか切なくもありながら、「世界はまだ、こんなにも美しい」と言えるだけの素晴らしさと希望があった。(藤原奈緒)

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