1. トップ
  2. おでかけ
  3. スラム街に投棄された電子廃棄物が、数千万円の価値を持つアート作品に。持続可能でクリーンな社会を目指すアーティスト・長坂真護さんの挑戦。

スラム街に投棄された電子廃棄物が、数千万円の価値を持つアート作品に。持続可能でクリーンな社会を目指すアーティスト・長坂真護さんの挑戦。

  • 2020.12.29
  • 588 views

ハナコラボ パートナーの中から、SDGsについて知りたい、学びたいと意欲をもった4人が「ハナコラボSDGsレポーターズ」を発足!毎週さまざまなコンテンツをレポートします。第15回は、エディター、ライターとして活躍する大場桃果さんが、アーティスト・長坂真護さんのアトリエを訪問。ガーナのスラム街に捨てられた廃棄物を再利用したアート作品の制作や、彼が提唱する「サステイナブル・ キャピタリズム」について話を聞きました。

先進国の大都市での活躍を経て、未知のスラム街へ。

東京・日本橋にある長坂さんのアトリエ。電子廃棄物をキャンバスに貼り付け、それを人や動物の顔に見立てた作品を制作中の様子。

ーー長坂さんは服飾の学校を卒業後、ファッション関係の仕事や音楽活動などさまざまな分野で活躍していたそうですが、アートの制作はいつ頃からやっていたんですか?

「油絵はまだ始めて2、3年で、それまで日本画をメインに制作していました。美大に通っていたわけではないのですべて独学です。もともとは歌手を目指して上京したのですが、徐々にファッションやアートの世界へと進んで行きました。ただ、現実はとても厳しくて、路上で絵描きをしている期間が長かったです」。

ーーそうだったんですね。2017年にガーナのスラム街・アグボグブロシーを初めて訪れる以前も、環境や貧困への関心が高かったのでしょうか。

「世界にそういう問題があるってことはもちろん知ってましたけど、初めから熱心だったわけではありません。それまでに世界15、16ヶ国を旅する中で、貧困はけっこう目の当たりにしていて。例えば、上海のような大都会でも道を一本外れるとスラム化していて、物乞いをするような人たちが当たり前のようにいるんです。僕は大きな野心を持って上京して、それでも飽き足らずにニューヨークに住んだけど、そうやって先進国に暮らす中でずっと違和感があったんですよね。現代アートのギャラリーで何千万円もするような作品を見ても『くだらないな』って思ったりして。それよりも、自分の知らない世界の困っている人たちのことが気になっていたから。そんなことを考えているうちに、僕の作品が数十万円で買われるようになり、新宿の商業施設で僕が出演するムービーが流れることになったんです。自分がデザインした服を着て、歌って、絵を描いて…やりたかったことを叶えられたはずなのに、なぜか心の底から喜ぶことができなくて。それで、貧困の地で世の中の矛盾を目にしたいって思ったんです」。

アグボグブロシーから届いた電子廃棄物。ゲーム機やテレビのリモコンなど、日本の製品も多く見られる。

ーー長坂さんの目線や気持ちが、すでに日本や先進国という枠組みの外へ向いていたということですかね。たくさんの貧困エリアがある中で、アグボグブロシーへ行こうと決めたのはなぜですか?

「ある日、雑誌を読んでいたらフィリピンのスモーキーマウンテンの記事が書いてあって。ゴミ山にたたずむ子どもの写真を見た時に、『直接この目で確かめるしかない』と無性に胸騒ぎがしたんです。それでいろいろと調べたら、ガーナに“電子機器の墓場”と呼ばれる場所があると知って。すぐにチケットを買って、日本人渡航禁止エリアであるアグボグブロシーへ一人で向かいました」。

ーー初めて訪れたときの印象はどうでしたか?

「当時の僕は、何事もちょっと成功したらすぐに辞めてしまう自分にうんざりしていて。だから、もちろん怖い気持ちも強かったけど、どこかで『急にナイフで刺されてもいいや』くらいの覚悟がありました。いざスラム街へ足を踏み入れてみると、プラスチックを燃やした時の鼻をツンとするような臭いがして、金属を解体するカンカンという音も聞こえてきて。スモッグで視界もどんどん曇っていくんです。まるで映画のセットの中に入ったような感覚になるけど、それは紛れもなくリアリティで。ここで生活をしている人がいて。そこには彼らのコミュニティがあるので、僕みたいな外国人が行くとかなり目立つんです。最初は歩くたびにブーイングの嵐で、『金か食べ物を置いて帰れ!』みたいなヤジばかり言われてましたね。そんな中、マックス君という男の子が『何しに来たの?』と声をかけてきて。『焼き場を知らないか』と聞いたら『僕の友達がそこで働いてるから』と案内してくれたんです。このままどこか危ない場所へ連れて行かれるかもしれないし、見ぐるみ剥がされるかもしれないけど、まあいいやと思ってついて行きました。そして辿り着いた先には、僕が想像していた以上の“資本主義の不都合”がありました。絶対に現実なんだけど、自分の想像を絶するような世界がそこにあって。思考が追いつかなかったけど、逆に冷静になって感覚が研ぎ澄まされましたね」。

『また来るね』を実現することで関係性を築いた3年間。

ーー2018年にはスラム街初の学校〈MAGO ART AND STUDY〉を作り、2019年には美術館〈MAGO E-Waste Museum〉を設立しました。これまでの活動を経て、現地の人たちの関係性も変化しましたか?

「1回目と比べたらだいぶ変わりましたね。最初に行った時に僕は自分のガスマスクだけ持って行ったんですけど、帰り際に『また来るよ』と言ったら『次に来る時は君が着けているガスマスクをうちのメンバー全員に持ってきてほしい』と頼まれて。その後、東京で僕が出演していたムービーのイベントがあったんですけど、そのときのスポンサーがガスマスクを販売している『3M』だったんです。それで事情を話したら、なんとガスマスクを250個も提供してくれて」。

ーーすごい偶然!ありがたいことですね。

「そうなんです。提供してもらったガスマスクを持って再びアグボグブロシーを訪れたら、彼らは『また来るよって言って本当に来た人は初めてだ』と迎え入れてくれました。そこから少しずつ関係性を築けるようになりましたね。一過性のものではなく持続的な付き合いだって彼らも理解してくれたようで。そのエリアでは政治と同じくらいチーフ制度が強くて、日本で言う区長のような存在の“チーフ”たちが強い力を持っているんです。その中でも一番偉いのが“トラディショナルチーフ”なんですけど、今では僕はその人にやたらと気に入られているんです。先日、ドキュメンタリー映画の撮影でインタビューをしたら、彼は消防用の通路を整備することで火災を減らしたりと、街を良くするための活動を積極的にしてきた人物らしくて。きっとそういう点で僕に共感して応援してくれているのかなと思いました。前回訪れたときには、ついに『お前はうちのチーフになれ』って言われて。そうすると、周りのみんなが『おめでとうございます!』って僕のことを認めてくれるんですよ。3年前にブーイングを受けてた男がチーフになれるって、すごい変化ですよね。いまだに人種にこだわってるのは日本のような島国くらいで、彼らは想いを分かり合えれば人種に関わらず受け入れてくれるんです。信頼関係を構築できたことで、アグボグブロシーに安全なリサイクル工場を作り雇用を生むという僕の目標もより実現しやすくなりました」。

少しでも環境を改善するために、毎日作品を作り続ける。

ーー現地で目の当たりしたものをどうやって発信しようかと考えた時に、音楽を作るとか映画を撮るとか、きっといろんな手段があったと思います。アートを作るという選択肢をとったのはなぜだったのでしょうか?

「理由はすごく単純です。例えば、目の前で子どもが怪我をして泣いているとして、ポケットにハンカチが入っていたらそれを差し出すじゃないですか。それと同じで、当時の僕はポケットの中に筆しか入ってなかった。もしそこに現金で100億円があったら、すぐにそのお金で助けることができるけど、そんな大金を持っていなくて。だから、自分の持っているものをどうやったら効率的にお金に変えられるかを考えたら、ここに落ちているゴミをアート作品に変えようっていう結論になったんです。そうすることで現地のリアルな質感を表現したアート作品を作れるし、物理的にゴミを減らすことにも繋がるなと」。

高さ2mほどの大きな立体作品も。
作品の足元に廃棄物を配置することで、スラム街の地面を表現。

ーー先ほど「自分の作品を多くの人の手に行き渡らせたい」とおっしゃっていましたが、作品の価値がどんどん変動する中で適正な価格をキープするのは難しいと思います。そのあたりのバランスについてはどう考えますか?

「今は世界中の人たちが一瞬にして情報をシェアできるから、一極集中の時代なんですよ。僕より才能のある絵描きはたくさんいるはずなのに、僕の作品の方が高く売れることもあるんです。それはなぜかというと、情報を選択できる時代だけど、結局その情報がとても偏っているからなんです。例えば、インターネットで『現代アーティスト 環境保護』とかって検索すると僕の名前がたくさんヒットすると思うし。そうやって限られた情報しか目に入らないから、資本主義の先進国では上手くプロモーションできている人ばかりが売れてしまう。有名な現代アーティストの作品が数億円で売買されているのも、資本主義の人間の欲が作り上げた価値でしかないと思うんです」。

ーーなるほど。

「僕は世界のそういう仕組みに違和感を感じているけど、消費社会に反対だからって田舎で完全に自給自足の生活をできるのかって言われると、すぐに実践するのは難しい。でも、僕らは一人の人間であるのと同時に地球に住む動物でもあるから、地球を美しく保ちたいっていう本能的な願いもあると思うんですよ。完全に“脱・資本主義”じゃなくて、長く持続できるよう価値観をブレンドすることが大事だと思っていて。僕はそれを『サステナブル・キャピタリズム』と呼んでいます。持続可能な資本主義の社会。つまり、みんなで金を稼ぎまくろうぜって。人は進化せずにいられないし、みんな本能的に競争が好きなのは仕方ないから」。

「そんな中で、僕は自分の作品を富裕層だけじゃなくていろんな人に見てもらいたいから、価格のバランスには気を遣うようにしています。これからプロモーションを始めるドキュメンタリー映画がアメリカで公開されたら作品の価値もまた変わるだろうし、先のことはわからないですけどね」。

ーーオークションなどの第二の市場で価格が上がってしまうと、ご自身で作品の価値をコントロールしきれなくなってしまいそうで怖いなとも思います。

「それは一番の懸念点です。そういうことを防ぐ一つの手段として、国内外に自分のギャラリーをたくさんオープンする予定です。そこで適正な価格で販売できるようにすれば、オークションで作品が出回るのを防ぐことができるし、訪れた人が環境問題について考えるきっかけの場所にもなればいいなって」。

ーー現地にリサイクル工場を作るための100億円は、いつまでに貯めたいと計画していますか?

「2030年を目標にしています。それ以上先になると、地球環境がヤバいだろうなって。詳しくは言えないのですが、実は今『サステナブルキャピタリズム』の秘策をもう一つ持っていて、それがうまくいけばもっと早く実現できるかもしれません」。

ーーどんな内容なのか気になります。他に何か計画していることはありますか?

「僕の活動に共感してくれた人たちがより作品を身近に感じられるように、幅広い方が飾りやすいアート作品を作りたいなと思っています。あとは、自分の絵をモチーフにした絵本やアニメの制作にも興味があって。環境についての理解を深めるような内容のアニメ作品を作りたいですね」。

ーー映像だと、伝えたいメッセージをよりわかりやすく発信することができそうですね。

「そうですね。アニメの収益が環境保護に直接繋がるような新しい仕組みも計画しているので、早く形にしたいなって思います。今はとにかく、スラム街に工場を作るためにやれることをやるだけですね。それを叶えられたらまた次の目標に向かって頑張ろうかなと」。

長坂真護(ながさか・まご)
1984年、福井県生まれ。2017年にガーナ・アグボグブロシーへ単身渡航。先進国が投棄した電子廃棄物を再利用した作品を制作・販売し、スラム街に無料の小学校や美術館を設立。2030年には現地にリサイクル工場を建て、新たな雇用を生み出すことを目標に活動を続ける。ハリウッドの映画監督がその姿を追ったドキュメンタリー映画が2021年に公開予定。また、2021年1月中旬には倉敷に、2月には青山に自身のギャラリー〈MAGO GALLERY〉をオープンする。

2020年12月23日(水)〜12月29日(火)、〈名古屋栄三越〉にて個展を開催中。詳しくは
こちら

元記事で読む
の記事をもっとみる